巨竜討伐
アイラとミラディウスは巨竜と対峙していた。 巨竜は銀の鱗を輝かせながらアイラとミラディウスを唸りながら見ていた。
その圧巻とした巨躯と迫力にアイラは多少気圧されたが自身を奮い立たせるように紅色のオーラを纏う。 ミラディウスもクラディウスを具現化させ臨戦態勢に入る。アイラはミラディウスと顔を見合わせるとお互いが出せる全速力で巨竜に突っ込んだ。
「はああああああ!!!」
アイラの方が速力で上回っており、巨竜の眼前まで移動したアイラは全力で顔面を殴り付けた。 轟音が鳴り響くと同時に巨竜の顔面が弾け、巨竜が一歩後ずさった。 同時にアイラに向かって巨竜の尻尾が飛んできた為それを避けると、入れ替わるようにミラディウスが巨竜の尻尾をクラディウスで叩き斬った。
尻尾は見事に切断され、巨竜の痛みに耐え兼ねた咆哮が地に突き刺さる。
「凄い音……!」
あまりの五月蝿さにアイラは耳を塞ぐ。痛みで暴れる巨竜にミラディウスは縦、横、斜めからの斬撃を繰り出し巨竜に命中させるが巨竜の鱗に少し傷がついただけだった。
「硬いわね……。 アイラ、少しの間時間を稼いでくれないかしら? 私が魔力を練り上げてそれを解放させる。 それをするには時間が掛かるからアイラに頑張って欲しいの」
「……分かりしました。 私でどこまで時間が稼げるか分からないけどやってみます!」
「悪いわね……任せたよ」
頷くアイラにミラディウスは一瞥した後、魔力を練り上げ始める。 膨大な魔力が一気に膨れ上がった為、空間が軋み始めた。
対するアイラは巨竜相手に一歩も引かずに戦っていた。 尻尾による攻撃が無くなったのはありがたい事で、巨竜の腕の短さを逆手に取って絶対に届かないであろう腹部に潜り込むと紅いオーラを両腕に一極集中させ拳を連続的に叩き込んだ。
巨竜のくぐもった声が聞こえ、ある程度の手応えを感じたアイラはここで蹴りもめり込ませる。 花火のような重低音が響き、巨竜の巨体が一瞬だけ浮き上がる。しかし巨竜もやられっぱなしではなく、両翼をバタつかせて暴風を起こしアイラを飛ばそうと試みる。
「きゃああっ!?」
アイラはいきなりの事で踏ん張れずに暴風に巻き込まれ民家に突っ込んでしまう。 それでも地を蹴って巨竜に突っ込む。 巨竜はその巨体に見合わない反応速度で鋭利な爪を振り下ろすが、アイラに当たる直前でアイラの姿が消える。
アイラは巨竜の真後ろに移動しており、がら空きな後頭部にかかと落としを決める。 巨竜の首が大きく下がり、態勢が前かがみになる。 ここで本来なら尻尾の攻撃が飛んでくる筈だが斬り落としているのでその心配はなかった。
「アイラ! もういいよ! あとは私に任せなさい!」
ミラディウスの声が聞こえたと同時に膨大な魔力を纏ったミラディウスが巨竜の前に現れた。 アイラは雰囲気で危険だと察知しある程度の避難をする。
ミラディウスは天を揺るがす咆哮をする巨竜を見据え、自身の身体に浮き出た鎖を砕くように解放する。 途端に魔力の質と量が跳ね上がりミラディウス周辺の空間が軋んでいた。ミラディウスは冷徹な瞳で巨竜を射抜くと、手を翳す。
「堕ちろ……"深淵の一撃"」
巨竜の真上から深淵を思わせる闇が全てを呑み込まんとするように巨竜を瞬く間に呑み込むと、すぐさま小さくなりそのまま巨竜と一緒に消え去った。 ミラディウスは巨竜の気配が消えた事を確認すると自身を包んでいた膨大な魔力を消す。
「アイラ、終わったよ」
と笑顔でアイラに駆け寄るミラディウス。 アイラもぎこちない笑みで返した所にサラディウスが現れる。
「あらお姉様どうしたの?」
「あらお姉様、じゃないわよミラ。 あんた達が苦戦してるかと思って駆け付けたらもう終わってたんだから……杞憂だったわね」
サラディウスが肩を竦めながら嘆息混じりに呟く。 ミラディウスはそれに可笑しそうに肩を震わせていたがサラディウスの脳天チョップを食らうと涙目になってしまう。
「ま、無事ならそれで良いわ。 さて、氷雨はどうしてるかな?」
「呼んだかしら? サラディウス」
不意に呼ばれた為サラディウスの肩が震える。 振り向くとやはり氷雨が背後に立っており、それに腹を立てたサラディウスが顔を真っ赤にしながら怒っていたが氷雨は何処吹く風と聞き流す。
「氷雨は一人で巨竜を倒したのかしら? 」
サラディウスが一番気になっている事を氷雨に聞いてみる。 氷雨は当然というように胸を張りなりながら鼻息を荒くする。
「当たり前じゃない。 巨竜一匹もまともに倒せなかったら私もまだまだって事になるから……だから巨竜を一人で倒しに行ったのよ。
序盤は楽しめたけど、すぐに飽きて殺しちゃったわ」
氷雨は退屈そうに伸びをすると目に溜まった涙を指で拭う。 サラディウスは氷雨の発言に目を見開いて驚いたように上体を氷雨にくっつけた。
「飽きたから殺したぁ!? 何でそんなサクッと殺せるのよ! ま、まぁ私もサクッと殺せたけど……」
サラディウスが悔しそうに歯ぎしりをし、氷雨はそれを薄笑いで返す。
「普通に戦ってただけよ。 魔法もかなり使ったしそれなりに手強かったわよ。 ま、それでも奥の手を発動させるには足りなかったわねぇ」
氷雨がニヤリと笑うと腕を組んでサラディウス達を見る。
「氷雨の奥の手って何よ? あの炎のやつ?」
サラディウスが奥の手に気になったのか氷雨に食いつくように質問をする。
「違うわよ。 言ったら奥の手にならないでしょ? 切り札ってのは逆転を狙って使うものなのよ……そうポンポンと喋れないわね。 まぁそうね、仮に私が奥の手を使った場合、おそらく全員が束になっても私には勝てなくなるわね」
氷雨の自信に満ち溢れた発言にサラディウスは強い戦闘意欲に駆られた。
「ちょっと待ちなさいよ戦闘狂。仲間同士で戦ってどうするのよ……落ち着きなさい」
サラディウスの鋭い突きをギリギリで躱しながら氷雨がサラディウスを宥める。しかしサラディウスは聞く耳を持たず、さらに攻撃速度を加速させ氷雨に猛撃を浴びせる。 氷雨は何とかその猛撃を防いではいるが切傷が増えていく。
「ほらほら! 早くその切り札ってやつを見せなさないよ! 死ぬわよ!」
サラディウスの剣戟は氷雨の持っていた剣を弾き飛ばし、丸腰状態の氷雨にサラディウスの猛威が襲った。 しかしサラディウスの剣が氷雨の首を刎ねる寸前で両者の動きが止まってしまう。 先に動き出したのは氷雨だった。
氷雨はサラディウスの動きが止まっている事を確認するとサラディウスの間合いの外に出て指を鳴らす。
「はっ! 私は……何を」
サラディウスが我に返り、剣が地面に落ちる。 氷雨は安堵したように胸を撫で下ろし地面に落ちた剣を拾い上げるとサラディウスに返す。
「分かったでしょう? 私の切り札が……サラディウス」
氷雨の言葉にサラディウスは唖然とした様子で頷くと口に出すのもおぞましい様子で口を開いた。
「……あなただけは敵に回したくないわね」
「たった今敵に回した奴が言える台詞かしら?」
サラディウスの発言に氷雨は呆れながら肩を竦める。ミラディウスとアイラは何が何だか分からずに首を傾げていた。そんなアイラ達に気付いたのか氷雨が少し逡巡を見せてからアイラ達に簡単に説明した。
「あんた達には何が何だか分からなかった……っていう顔してるから説明にならないかも知れないけど説明しとくわね。 私の認識を超える速度の攻撃を応用して奥の手を発動してサラディウスを懲らしめた……って感じよ」
「はぁ……」
説明になってない説明を聞き反応に困るアイラ達は相槌を打つ事しか出来ず、氷雨の説明が大雑把過ぎてこれっぽっちも伝わってこなかったが強いというのだけは分かったアイラ達。
「楽しそうな事やってるじゃん……氷雨?」
「あらシルヴィア……遅かったわね。 随分手こずったのかしら?」
シルヴィアとクラウディアが氷雨達の前に現れる。 シルヴィアは氷雨の言葉に肯定をすると地面に座り込んだ。
「全く……クラウディアを下げて巨竜と一対一で戦ったんだから当然でしょう? あの巨竜達の強さははっきり言って異常だった。 私達の攻撃がほとんど通用しなかったんだから」
辟易した様子で呟くシルヴィア。 二度も巨竜を相手にして疲れないはずも無く、心底疲れ切った表情を浮かべていた。 巨竜の異常な強さには氷雨もアイラもサラディウスも同意で、そこだけが腑に落ちないでいた。 ほとんどの攻撃を強固な鱗で弾く防御性は凄まじいものだった。
強力な技を使わざるを得ず、巨竜の攻撃も凌ぎながらの戦闘はそれなりに過酷と言っても過言では無かった。 そんなシルヴィア達にまた、けたたましいサイレンが耳を刺激する。
「隔離技術システムを作動します。隔離技術システムを作動します。 住民の皆様は核シェルターから住宅へお戻りください。繰り返します……」
機械的で抑揚の無いアナウンスが街中に木霊すると瓦解した家屋や半壊した家屋が次々に元の住宅へと戻っていく。 それを見ながらシルヴィアはおもむろに立ち上がると口を重々しく開いた。
「もう戻ろう〜? 流石の私も疲れたよ」
肩を落とすシルヴィアの意見に誰一人反対する者は無く、素直に橘家に全員が帰宅した。 帰宅したシルヴィア達を待っていたのはエプロン姿と光と灯で、この後すぐに朝食を取ってからシルヴィア達はまたすぐに眠りにつくことになった。
*
「全く……ボクの力で強化した竜達が全員やられるなんて恐れ入ったなぁ」
黒ローブの少女が感心したように呟く。 瞳は楽しさに満ち溢れてるかのように輝いており、シルヴィア達の強さに期待をしてるような、そんな眼差しにも見えた。 しかしすぐに真剣な目になると右往左往し始める。
「さて、次は何を使って暇を潰そうか……」
黒ローブの少女は徐々に広がって来たヒビの真下の住宅街を見ながら呟く。 その表情はおもちゃを与えられた子どものような表情になっており、少女は心底楽しそうであった。
「まだボクの渇きは癒せない……この渇きを癒せる時は来るだろうか……」




