巨竜襲来
ある日の早朝、不意にけたたましいサイレンが目覚ましがわりとなってシルヴィア達は飛び起きた。 サイレンが鳴ったと言う事は『隔離技術システム』が作動したと言う事。
魔物がこの街にヒビから降ってくるというのを散々体験したシルヴィア達。 条件反射でカーテンを開け空のヒビを見上げると、小さな点が四つ見えた。 それは段々近付くにつれその正体が判明した。シルヴィアはその姿を確認すると振り返り、顔色を変えて叫んだ。
「竜だ! 今までのやつとは一味違う! 今すぐ光君と灯ちゃんをシェルターへ!! 氷雨!」
「竜ですって……!? ちっ、確かにそれはヤバイわね。 今すぐあの二人を避難させるわ」
シルヴィアの指示で氷雨は光と灯を核シェルターへと避難させた。 シェルターには備蓄してある食料や飲料水などがあるためシェルターの中でもある程度の生活は出来るようになっている。 さらに内蔵式のモニターもあるため地上の様子も分かると言った優れものだった。
「避難させてきたわよ」
氷雨が戻ってきた。 それを聞いたシルヴィアは頷くと視線を空へと戻す。 もう既に肉眼ではっきりと確認出来るくらいまでの距離まで来ていた。 銀色の鱗が光る巨竜は今までの魔物とは一線を画す雰囲気を醸し出していた。
「住民の大半が避難してる事を祈るよ。 まさかこんな早朝に襲ってくるとは……」
「……一応家から出た方が良くない? すぐに対応出来るように」
「それもそうだね……出よう」
氷雨も提案でシルヴィア達は橘家から出ると同時に四体の内の一体がシルヴィア達の目の前に落ちて来た。 落下の衝撃で多数の家屋が潰れ地面が陥没する。 銀色の鱗はさも強固そうで、巨大な爪、尾も持っている巨竜。
巨竜は赤い瞳を開くとシルヴィア達を一瞥し空に轟く咆哮を挙げる。 大気が震撼し、音圧となってシルヴィア達の鼓膜に大きく響いてくる。 尾を振りながらシルヴィア達を退屈そうに見下ろす巨竜。 竜からすればシルヴィア達は虫ケラに過ぎない……そう捉えられてるとすら感じていた。
「クラウディア」
シルヴィアがクラウディアの名を口にすると地面に魔法陣が展開され、光で満たされていく。 光が止むとそこには体長五メートルはくだらない三つ頭を持つ魔獣が現れる。
魔獣……クラウディアは三つの口から涎をだらだらと垂れ流すと対峙する巨竜に咆哮を挙げ威嚇をする。 しかしその巨竜はクラウディアよりも一回り巨大だった。
「任せたよクラウディア……アイラちゃん、君は氷雨と協力して一体の竜の討伐を頼むよ。 流石に長谷川さん達には任せられないしね」
「あ、はい。 分かりました」
今になって長谷川とタツヒコが居ないという事に気が付いたアイラ。 しかしそれも当然だろう。 他のあの二人では恐らく巨竜に近付く事さえ出来ない。 仮に出来たとしても強固な鱗で覆われている巨躯を傷付ける事など不可能に近かった。
シルヴィアに指名された氷雨は不満なのか顔を不機嫌そうに歪めていた。
「サラディウス、ミラディウス」
氷雨がそう言うとサラディウスとミラディウスの二人が出て来た。 ミラディウスもサラディウスと同様に二本の角が生えており、顔立ちもサラディウスに似ていた。 ミラディウスは氷雨を見ながら厭らしそうに口角を歪めた。
「あら氷雨。 お姉様はともかく、私まで呼び出すなんて珍しいわね。 そんなに緊急事態かしら?」
セミロングの金髪を揺らして赤い目を細めながら氷雨を見るミラディウス。 そのミラディウスに対し氷雨は舌打ちをするとミラディウスの頭頂部にチョップをかます。
「ふざけるんじゃないわよ。 話は聞いてたでしょ? アイラと一緒に竜を討伐してきなさい。 私は一人で竜を倒しに行く」
氷雨は竜のいる場所を睨みながら語気を強めて言った。
「一人で!? いくら何でもそれは……」
流石のシルヴィアも止めに入るが氷雨は嘆息を吐くと半目でシルヴィアを見ながら口を開いた。
「シルヴィアも一人で倒しに行くんだからお互い様じゃないかしら? なんならミラディウスを付けるわよ? ミラディウスとサラディウスは一応魔王だし、実力はあなたも分かってるでしょう?」
「うっ……バレてたか。 ならサラディウスを貰うわね。 流石に一人じゃ時間掛かりそうだし」
(その魔王を手懐けてる氷雨は何者なのよ……)
心の声をしまい込むと、シルヴィアはサラディウスの手を取ると目測で一番近い距離の竜の討伐に向かって行った。 いつの間にかアイラ達も氷雨の視界から消えていた。
「さて、私も行きますか」
氷雨も巨竜討伐へと足を運んだ。
*
「かなり大きいわねこの巨竜……」
竜の目下へと移動したサラディウスとシルヴィアは竜の大きさに唖然としていた。 シルヴィア達の五倍以上はある体躯をしている。
サラディウスは手始めに一発巨竜の鱗を殴ってみる。 鈍い音が響き、サラディウスの右手の骨が悲鳴を上げた。
「くぅ……ビクともしないわね。 硬……」
サラディウスは言葉の途中で竜の巨大な爪の直撃を受けると住宅を何十も破壊しながら吹っ飛んで行った。
「!! サラディウ……っ!?」
シルヴィアもやはり言葉を遮られるように竜の巨大な尾が命中するが、寸前で腕で防いだ事により大して吹っ飛ばなかった。
シルヴィアの後方で闇の球体が具現化すると破裂し、その中からサラディウスが現れる。 右手にはクラディウスを顕現させており、その全身から溢れ出るは禍々しいまでの闇だった。
「ふん、私を怒らせたらどうなるか、その身に教えてやるわ! 宵闇に沈め……"ブラックヘヴン"」
サラディウスは怒りの形相で巨竜を睨む。 巨竜は大気を震撼させる咆哮を挙げると口内に莫大な熱を溜め込み、炎の塊として射出する。 しかしサラディウスを覆う闇に阻まれ、炎は掻き消されてしまう。
「私も援護するサラディウス! "ダークネスワールド"」
シルヴィアは巨竜の足元にダークネスワールドを展開させ、巨竜の巨躯を縛り付ける。
竜はもがくが巨躯に纏わりつく巨大な闇色のツタは解けず、サラディウスの斬撃が巨竜の腹部に直撃する。しかし竜の腹部は少し切れた程度の傷が多少見受けられた程度である。まともに直撃したのにも関わらずだ。
「ふん……一筋縄では行かないって事ね。 上等じゃない」
サラディウスが唾を吐き捨てるとシルヴィアと共に空中に滞空し、竜の様子を見始めた。
巨竜は無理矢理拘束を解くと、翼を広げシルヴィア達より更に上空へ行くと旋空しながら口内に炎を溜め込む。 隙間から炎が漏れ出しているがそれを気にした様子はさして無さそうだ。
「……! マズイ……この辺りを炎の海にするつもりだ! サラディウス、私が何とかしてみせるけどあなたは私が押し負けた時の保険として力を溜めといて」
巨竜の意図を感じ取ったシルヴィアが全身に雷を纏わせる。 バチバチとスパークを起こしており、シルヴィアが指先に力を溜めて行く。
シルヴィアが指先から雷の奔流と巨竜から放たれた炎の塊はほぼ同時。 そしてシルヴィアの雷が巨竜の炎を貫いて炎が爆散し、膨大な熱と衝撃波が全方位に駆け巡る。 一直線まで駆けた雷は巨竜の強固な鱗の鎧を貫き、遥か彼方へと消えて行った。 しかし巨竜は身体を貫かれた筈なのに低い唸り声を挙げるとシルヴィア達目掛けて急降下してきた。
今度はシルヴィア達を纏めて圧死させるつもりである。
「ちっ……しつこいわねぇ」
シルヴィアの髪の色が半分だけ赤色に染まっていた。 忌々しく吐き捨てると右手に血で形成された剣を顕現させる。 地を蹴って巨竜に剣を振り翳す。
「これで終わりよ!!」
シルヴィアがすれ違いざまに巨竜の身体を切り裂く。 巨竜はバランスを崩し、不安定な格好で落下していく。 さらに追撃でサラディウスが三つの黒い斬撃を放つ。 巨竜の巨躯は的みたいなものでいとも容易く直撃し、直撃と同時に住宅に突っ込む形で落下した。 衝撃で辺りが粉塵に包まれる。
さらにシルヴィアは魔法陣を展開させると無数のナイフを魔法陣から雨のように射出させ、その全てのナイフの爆発範囲を最小限にさせ貫通力、破砕力特化にさせてから爆発させた。
"剣戟爆破" 。 シルヴィアの得意としている魔法の一つである。 噴煙、爆炎が噴き出す形となり巨竜の姿が見えなくなる。
「これでどうかな……」
シルヴィアがサラディウスの隣に降り立ち、噴煙が立ち昇る住宅街に目をやる。 すると大気を裂く咆哮が挙がり、まだ巨竜が生きているという事実を叩きつけられる。
「……ただの巨竜じゃなさそうだ。 サラディウス……何とかならない?」
呆れたようにシルヴィアがボヤく。 サラディウスはシルヴィアを見やるとサラディウスも呆れたように嘆息を吐く。
「しょうがないわねぇ……。 我、血の盟約を結びし者なり。我と盟約を結びし者の力を我に一時分け与えん……"血の盟約"」
サラディウスの身体に冷気が纏われ始める。
冷気を纏った剣を顕現させるとそれを天へ掲げる。
「凍てつきなさい……"氷結結界"」
サラディウスがそう呟くと次の瞬間に噴煙が四散し、巨竜の姿は氷に包まれていた。 シルヴィアが感心したようにサラディウスと巨竜を交互に見ると口を開いた。
「サラディウス……その技は……」
「そう氷雨のよ。 私とミラは氷雨と血の盟約と血の契約を結んでいるの。 これはお互いの力を少しだけ分け与えてくれる効果もあるのよ。 最初からこうしとけば良かったわね〜」
サラディウスが辟易したように嘆くと同時に巨竜の氷像が音を立てて崩れ始めた。 巨竜は氷に包まれたまま身体が分解された為、生き絶えた。
巨竜の一体を討伐したサラディウスとシルヴィアはその残骸を一瞥した後、未だ巨竜と戦っているクラウディアが目に入る。 遠目から見ても傷だらけなのが分かった。
「ちょっとクラウディアの援護に行ってくる……あれじゃ分が悪い。 サラディウスもアイラちゃん達の援護へ……。 じゃあ行ってくる」
シルヴィアがサラディウスにそう告げると足早にクラウディアの元へ行き、クラウディアに回復魔法をかけ始めた。 サラディウスも遠目でそれを見ていたが、アイラ達の方を向くと巨竜の咆哮が大地を揺らした為、すぐさまサラディウスもアイラ達の元へ瞬間移動で向かった。




