状況把握
光の自宅まで案内されたシルヴィア達は今現在、光の家で食事を楽しんでいた。 食卓机に並ぶのは肉じゃが、焼き魚、味噌汁、そしてホカホカの白米だった。
「悪い……こんな大人数来たの久しぶりだから分量が分からなかったけど、食べていってくれ」
光が申し訳なさそうに謝るがシルヴィア達はさして気にしてない様子だった。 長谷川は飯を美味い美味い言いながら食べていたが。
「和食を……和食を食べたのはいつぶりだ! ありがとう光! お前のおかげで俺は希望にありつけた」
再度光に感謝しつつ長谷川は食事に戻る。 破竹の勢いで平らげて行っている。
「長谷川さん……凄いですね。 私が居た世界では箸……というのが無かったので使いづらいですが、何とか食べれてます」
アイラも物を掴むのに悪戦苦闘しながら食事を楽しんでいる。 シルヴィアは手足のように箸を使いこなして軽々と物を口に運んでいた。
「中々行けるじゃない……及第点ってとこね」
氷雨は食べ終えたのかハンカチで口元を拭いている。 きちんと完食していた。
「なんだそりゃ……まぁきちんと完食してんのなら良いが」
氷雨の態度に呆れながらも光の表情はどこか嬉しそうに見えた。 そして次第に皆が食べ終わっていく。
「ご馳走様……美味しかったよ光君」
と笑顔満開のシルヴィア。
「ご馳走様でした……ありがとうございます光さん。 お腹一杯です!」
天使のような笑顔で光にお礼を言うアイラ。この二人の笑顔で光の疲れが吹っ飛んだのは言うまでも無い。
「二階行っててくれ……ちょっと洗いもんやるからな。 終わったら俺もそっちに行くからゆっくりしててくれ」
「分かった。 じゃ二階行くわよ」
氷雨のその合図で全員の姿が光の視界から消える。
「夢でも見てんのかな……俺。 それか目の錯覚か?」
*
二階に移動したシルヴィア達は今後の事を話合おうとしていたが、その前に状況把握の方が大事との氷雨の案で今は氷雨から大体の事を説明してもらっていた。
「私達がこの世界へ来た目的はこの世界の空間にヒビが入っているから。 そのヒビが自然に出来たものなのか人為的に出来たものなのかを調べるためよ」
「ヒビ……?」
氷雨の言葉にアイラが首を傾げる。すると氷雨は意外そうに目を丸くすると嘆息を吐いた。
「見てなかったの? 空にヒビが入ってたでしょう? まぁ良いわ。 ここから見えるかしら?」
氷雨がおもむろに立ち上がると二階の窓を開けて身を乗り出しながら空を見上げた。
「あー見えた見えた。 ここからでもくっきり見えるわ。 アイラ……あれが空間のヒビよ」
氷雨がアイラに手招きをする。 アイラもその空間のヒビを見るために窓から顔だけを出してヒビを視認する。
「あれですか……かなり大きいですね」
空間を裂くかのような亀裂が入っており、それがいつ裂け目となってもおかしく無いような大きさのヒビだった。
「まだヒビ……もしくは私達が視認出来ていないだけで空間に少し穴が空いてるのかも知れないけど、あそこから魔物が出てくるところを私と氷華で確認できたわ」
氷雨が二階の窓を閉めながら告げる。 その言葉にシルヴィアは眉根を寄せた。
「魔物? まさかそのヒビ……異世界に繋がってるんじゃ……」
「まだそれは断定出来ないけど、繋がり掛けているのかも。 異世界の異物質が入ってくる事によって世界を保てなくなるのは無いことも無いわ……寧ろ何らかの原因でそれらが起こる事の方が多いくらいよ」
氷雨が淡々と呟く。
「ま、どちらにせよアレを止めない事には何も始まらないわね。 ただ今すぐ止めれる訳でも無いわ。 暫くは魔物狩って様子見。 おそらくヒビが徐々に広がって行くはずだから目に見えて大きくなったら勝負所よ。 あそこに乗り込む」
氷雨が真剣な面持ちで口にする。 それは確固たる決意に満ち溢れており、何が何でも止めてやるという強い意志の現れでもあった。
不意に扉からノック音が聞こえてきた。シルヴィアが促すと扉が開かれる。 そこには光と一人の少女が立っていた。
「ちょうど妹が帰ってきたから紹介しようと思ってな。 ほら灯……自己紹介しろ」
「橘 灯 です。 よろしくお願いします」
少女……灯は黒髪のポニーテールで同色の瞳、制服に身を包んでおり、シルヴィア達に頭を下げて一礼する。 光は灯の頭に優しく手を置くと灯の顔を見る。
「じゃあ灯、仲良くやるんだぞ? 俺はもうちょっと片付けてくるから」
「お兄ちゃん……頑張って」
灯は眉を下げたが、それも一瞬で笑顔になると光を見送る。 光も灯の笑顔を見てから扉を閉めると階段を降りて行った。
「橘 灯、暫くこの家に居させてもらうけど大丈夫かしら?」
「はい! こんな所で何ですがゆっくりしてってください」
氷雨の問いに元気よく答える灯。
「元気良いねぇ」
灯に微笑み掛けるシルヴィア。 シルヴィアに気付いたのか灯はニコニコしながらシルヴィアを見やる。
「こんなに人が集まるなんて楽しいですし、賑やかになりそうです。 そりゃ元気良くなりますよ!」
灯はやはりニコニコしていたため、周りも明るくなりすぐさまシルヴィア達と灯は打ち解けあったのだった。
*
「へぇ……ここが『世界の狭間』か。 そして君がここの住人って訳か」
「いきなり入ってきて……何者だ?」
世界の狭間……眼下には米粒くらいの大きさの住宅街が広がっている。 もっとも、この亜空間からのヒビで見えているだけだが。
そしていつの間に居たのか、黒いローブを着た少女が男の眼前に立っていた。少女は男を見つめながら開いた。
「ボクが誰がなんて君には関係ないだろ? 大丈夫……少し借りるだけだから」
少女の呟きは既に男に届いてなかった。 崩れ落ちた男を尻目に、少女はフード越しに見える瞳の視線を眼下に落とすと米粒のような小ささの住宅街を視界に入れる。
「さて、ちょっと遊んで見るかな……。 ボクの暇潰しの始まりだ」
黒いローブの少女は楽しそうに呟いた。




