第五の世界を終えて
魔王城の会議室に戻ってきたシルヴィア一行は暫しのクールタイムを楽しんでいた。
シルヴィアは紅茶を飲みながら鼻歌を歌い、タツヒコと長谷川は何やら楽しそうに話している。 アイラも紅茶を飲んでリラックスをしているようだった。
「ふぅ……やっぱここの紅茶が一番だな。
落ち着くよ」
シルヴィアは至福の溜め息を溢すとティーカップを受け皿に静かに置くとアイラに視線をやった。
「どうアイラちゃん? ここの紅茶は。 口に合うかな?」
「はい……! スッキリした甘さで後味も良いです。 私がいた世界には紅茶は無かったので……シルヴィアさん達に勧められた時に初めて飲んで意外にもハマりましたね」
何気なく話し掛けたシルヴィアだが思いの外食いついてきたアイラに多少のギャップを感じてしまう。 目をこんなにも輝かせるアイラを見たのは初めてかも知れないと思わざる得ないシルヴィアだった。
「そ、そう……ハマってくれて嬉しいよ。 また今度呑み明かそうか」
そう言うとシルヴィアとアイラは紅茶を飲む作業に戻っていく。 途中で無くなってしまった為クラウディアを呼び出してお代わりのティーポットを持ってきて貰い、また飲み始めるのだった。
「……ちょっとハメを外し過ぎたな。 長谷川さん達寝てるし」
頬を掻きながら困惑したようにシルヴィアが呟く。 シルヴィアの視線の先には会議室の机に突っ伏した長谷川とタツヒコの姿だった。
大層にイビキまでかいており少し耳障りでもあったシルヴィアは早々に二人を各部屋まで転移させる。
アイラとシルヴィアの二人きりになった会議室は思ったより広く、紅茶を啜る音だけが響く。
「いつもの反省会……これじゃあ寂しいですねシルヴィアさん」
「ん……まぁね。 まぁしょうがないよ。 さて、後であの二人はクラウディアに任せるとして……アイラちゃん、人間についてどう思った?」
シルヴィアが単刀直入にアイラに問う。アイラは少し考える素振りを見せた後シルヴィアを見据えて口を開いた。
「そうですね……仮にも私もそういう組織に属してましたから色んな面を見てきましたが、世界が変わるごとに思想も変わると言いますか……人間の思想は短絡的だと思いますね」
「ほう……」
意外とも言えるアイラの発言に思わずシルヴィアも唸りを見せる。アイラは構わず続けた。
「集団的思想は個人の思想及び欲望の集まりでしかないと考えてます。 何が間違いか正解かまでは分かり兼ねますが、一時の感情で走る行為は間違い無く破滅を呼び込みます。 それがあの世界の惨状……ですね。 長期的に物事を考えてないとも言えてます」
「だから短絡的と……?」
シルヴィアの言葉に首肯するアイラ。 いつもの無口なアイラとは違い、今は饒舌になっている。
「後先考えずに行動をするから自分達の首を絞める結果になる。 それは私達にも言える事ですね……。 ただ、先の事を考えていてもそうなる可能性もあります。 先の事なんて誰も分かりませんし……不測の事態が起こるかも知れない。 ちょっと熱くなっちゃいましたね」
アイラがシルヴィアに謝るが、シルヴィアは感心したようにアイラを見る。 心なしかアイラを見るシルヴィアの目が輝いていた。
不意にアイラの肩を掴むシルヴィア。 突然のシルヴィアの行動にアイラは思考を止めざるを得なくなる。
「えっ……シルヴィアさん?」
「まさかここまで考えてるなんて!! 凄いよ! 私は驚きを隠せないよ! それがアイラちゃんが認識する人間の姿か……私ももう少し人間に関しての認識を改めないとなぁ」
アイラの肩を掴みながら揺さぶるシルヴィアは、感激したのか興奮が収まらないのか、やはり目を輝かせている。
「シ、シルヴィア……さぁぁん、痛いですぅぅ〜」
「あ、ごめんごめん……!」
思い出したかのようにアイラの肩から手を離す。 そしてシルヴィアは咳払いをするとおもむろに喋りだした。
「アイラちゃんの考えは良く分かったよ。ほぼ私が人間に対する認識と同じだ。 ふふふ、案外似た者同士なのかもね私達」
そう言うとシルヴィアはアイラの頭を撫で始める。 アイラは満更でもなさそうに気持ちよさそうに身を捩った。
「ただ、そういう人間を正す事が出来るのもまた、人間にしか出来ない事だと思います。
何ていうのかな……気付かせる人間と気付かされる人間の二通りに分類されると思うんです。 過ちを気付かせる人間と過ちに気付かされる人間です」
アイラは紅茶を手に取ると啜る。 そして受け皿に置くと紅茶の水面に起きた波紋を凝視した。
「私もあまり難しい事は分かりませんが、そういう人間もいるという事だけは覚えといてください。 いくらこの世界を守る為だと言っても……過剰に殺すのは極力止してくださいね」
「分かったよアイラちゃん……。 ただ向かってくる火の粉は全力で振り落さないと熱いでしょ? 世界の滅亡と人類は天秤には掛けられない。 世界の滅亡を食い止めるのが私達の役目だから」
シルヴィアは自分に言い聞かせるように呟くと静かに目を閉じた。
*
「運命が狂い始めた……」
そう呟くのは、滑らかな銀髪に水晶のような金の瞳を持つワンピースを着た色白の少女だった。 俗世とは掛け離れた幻想的な雰囲気が漂う一角に少女はしゃがんでいた。 咲き乱れる花に囲まれながら静かに呟く。
「少し、遊んでみるのも良いかも知れない。 気晴らしに『下』の世界に出掛けてみようかな」
一輪の花を凝視しながら少女は言う。 ただただ少女は退屈だった。 その退屈凌ぎの為の思い付きでもあった。 少女は おもむろに立ち上がると咲き乱れる花に目を向ける。
「結果の見えてる物事ほどつまらない物もない。変化があるからこそ楽しさを見出せる……か」
少女は悲壮を垣間見せる。 が、刹那の間に元の無表情に戻っていた。
「少し……変化があっても良いでしょう? ねぇ……『ゼロワールド』」
少女が抑揚の感じられない声で口にする。
そして数瞬の間を置いて口元に笑みを浮かべる。
「例え運命が狂っても……その全ては私の掌の上にある。 これでどんな風に変化するか……私も『下』に行って確かめてきた方が良さそうね」
少女は楽しげに呟くと次の瞬間には既にいなくなっていた。 少女の居なくなった空間はただただ花が咲き乱れていた。




