第五の世界 アンドロイド・ワールド
「皆おはよう。 ぐっすり眠れたかな?」
会議室でシルヴィアが笑顔で全員を見回す。 長谷川とタツヒコは眠そうだったが、アイラとクラウディアは元気そうに頷いた。
「良し。 アイラちゃん達は元気でよろしい。
タツヒコ君と長谷川さんもシャキッとしなさい!」
シルヴィアの怒号が飛び、長谷川達の身体に電流が迸る。
「ぐぅおおおお!?」
「シルヴィアっ!? ぐあああっ!」
タツヒコと長谷川の苦痛に満ちた声が木霊すると電流が止まる。
「どう? 目が覚めた?」
「ああ、もうバッチリさ……」
二人ともぐったりとした様子で同時に答えた。 どうやらシルヴィア流の荒療治らしい。
シルヴィアも満足気に頷くと、会議室全体に魔法陣が展開され光に満たされる。
「さて、今回の世界はどんな世界なのか……個人的にはとても楽しみだ」
シルヴィアが言い終わると同時に一層激しい光に包まれ視界が白で覆われる。 光が収まるとそこには無人の会議室だけがあった。
*
「ほっ……。 ここが次の世界か……随分と酷いな」
シルヴィアの目に飛び込んできたのは瓦解した街並み、所謂廃墟だ。 建造物の残骸、ガラスの破片が散乱しておりとても生活出来るような場所ではなかった。 人の気配は感じられず不気味な雰囲気だけが漂っていた。
そして廃墟の目と鼻の先には無数の岩が突き出した荒野と、砂漠地帯という少し異常な環境が広がっていた。
「ん……? あそこ、人いない?」
シルヴィアが何かに気が付いたのか荒野地帯を指差す。
「……確かにいますね。 三人、いや四人ですかね?」
アイラもシルヴィアの指差す方向に目を凝らしてそれを確認する。 タツヒコと長谷川は何も見えないのかキョロキョロとしていた。
「何か手掛かりがあるかも知れない。 急いで行ってみよう」
シルヴィアの提案でその荒野地帯へ足を運ぶ事になる。 しかし、半分程進んだ辺りでその異変に気が付いた。
「っ!! 戦闘だ……! それも一人に対して三人で。 今すぐ助太刀に行く!!」
シルヴィアはそう言うと凄まじい速度で駆けて行った。 アイラ、タツヒコ、長谷川もそれに続く。
「加勢する!」
シルヴィアが一人の少女の前に割って入る。
それに遅れてアイラ達も合流する。
「は……? あんた達……どこから……」
少女はシルヴィア達を前に間抜けな声が喉から出た。 少女の出で立ちは胸から下腹部までを覆う薄型の装甲を纏っており、肩に掛かる水色の髪と翡翠の瞳をした顔立ちの整った少女だ。
右腕の肘から先は高圧水流で形成された刃を射出している。
「そんな事は今はいい……それより問題はこいつらだ」
シルヴィアが少女の言葉を一蹴すると眼前に対峙する三人の敵を一瞥する。 シルヴィア達と敵対する三人はシルヴィア達が現れたにも関わらず冷静で眉の一つも微動だにさせなかった。
「敵だな。 やれやれ、この世界の奴等じゃなさそうだ。 "因子" で構成されてないぞ……?」
「どうやらそうらしい。 まぁ良い……そこの裏切り者共々始末すれば済む話だ」
抑揚の感じられない機械的な音声がシルヴィア達の耳を刺激する。 赤髪の男と青髪の男、そして緑髪の女が膝の屈伸を利用して間合いを詰める。
「遅い」
アイラが赤髪の男の顔面に飛び蹴りを喰らわす。 その時にアイラは奇妙な違和感を感じた。
(手応えが人間じゃない……この人達、何者?)
硬い鉄を蹴ったかのような感触にアイラは警戒心を強め、何事も無かったかのように立ち上がった男を一瞥する。
「女、やるな。 ちっ、やはり解析は出来んか……まぁ良い。 俺らを簡単にやれると思うな」
「っ!!」
「ちょっと身体が硬い程度じゃ私は殺れないよ? しかしその身体……驚いたな。 機械になってるなんて」
シルヴィアが片膝をつく青髪の男に対して口を開く。 シルヴィアは無傷だったが青髪の男は右腕が肩から先が無くなっており、普通の人間ならば血が噴き出すであろう箇所は機械で構成されており、切断された部分はショートを起こしていた。
「この女、戦闘能力が異常に高いな。 それに特殊金属で出来ている俺の身体をこうも易々と……。 損傷率七五%と言ったところか。 これ以上の戦闘は続行不可能だ。 撤退に専念する」
青髪の男は形勢が不利とみるや素早くその場を後にする。 シルヴィアは追うか迷ったが時間の無駄と思考すると、残りの二人に目を向ける。 赤髪はアイラが、緑髪の女はタツヒコと長谷川とあの少女の三人掛かりで終始圧倒していた。
「っ、待てっ!」
赤髪の男と緑髪の女が撤退を始めたのを少女は追おうとするが長谷川とタツヒコに止められてしまう。
「ちっ! 離しなさい!! あいつらも同罪なの! 絶対に殺してやる!!」
少女は明確な怒りを露わにしながら力の限り叫んだ。 が、それだけで精一杯だったのか落ち着いたように動きを止めると長谷川とタツヒコを振りほどいてシルヴィアの元へ歩みを進めた。 高圧水流の刃となっていた右腕はいつ間にか普通の腕へと変化している。
「取り敢えず助かったわ。 礼を言わせてもらうわ。 ところで、あなた達はこの世界の人間じゃ無いわね……全く、あんた達めちゃくちゃな奴等ね?」
少女は軽く頭を下げるとシルヴィア達を呆れたような目で見回した。
「こっちも腕が高圧水流の刃に変化する人間なんて初めてなんだけど? それに今の奴等は?」
シルヴィアの質問に眉をピクリと動かす少女。
「そうね、ちょうど良いから説明してあげるわ。 ついでに私の名前も教えといてあげる。
名前と言っても識別番号なんだけどね」
*
「汎用戦闘特化型アンドロイドXシリーズNo.X-04ぉ!?」
「そう……それが私の製造番号及び識別番号であり唯一の名前よ。 人造人間や人型決戦兵器とも呼ばれてたわね」
少女が声色一つ変えずに言葉を続ける。
「それで? 大抵の事は聞き終わったかしら?」
「うん、ありがとう。 名前、呼びにくいから私が付けても良い?」
シルヴィアが笑顔で少女に詰め寄ると、少女の返答も待たずに口を開いた。
「あなたの名前はシオン……シオンよ」
「……シオン」
少女、シオンは微かに目を見開くと唇を僅かに緩ませた。そしてシオンは何度も名前を繰り返し呟いていた。 大切にするように、忘れないように。
「それでシオン、あなたが言った事だけど未だに信じれないんだけど? 人類が滅び掛かってるって……」
シルヴィアが神妙な表情でシオンに問う。 シオンは軽く唸った後にシルヴィアに言い返した。
「旧文明……度重なる戦争で遂に、五〇〇年前に旧時代の人間の文明が滅びたのを境に、僅かに残った人類は地下に逃げ込んで種の繁栄に全力を注いだらしいわ。 地上は核の汚染でとても住めるような所じゃなかった」
シオンはそこで一旦話を切る。 シオンはアンドロイドの為、情報回路というのが存在するらしい。 そこで検索しているのだろう。 再びシオンが話始めた。
「そして五〇〇年の時を経て地上に上がった人類……の子孫が私達アンドロイドを作り、また愚行を繰り返そうとしてるの」
「つまりシオンは……アンドロイドというのは人間の手で作られ、戦争の兵器として扱われる予定だったと?」
シルヴィアがシオンに質問するとシオンは躊躇なく頷く。
「私とあの三人はある組織で作られたアンドロイドの同型機で、何回か人類の行った戦争に参加したわ……いや、あれは虐殺に近かった。 私は他の三人と違い、実験的に感情というのがインストールされてた。 感情の有無で能力が変わるかどうか、だったらしいわ。 でもある日馬鹿馬鹿しくなってその組織を半壊させて脱出してきた。 当然よね……感情があるからこそ私は反乱を起こし、全てを壊そうと思った」
シオンは忌々しそうに言葉をを吐き出すと握り拳を作る。 シオンは感情があるからこそ人類が行おうとしている愚行にいち早く気づき、滅ぼそうと決意した。
「でも、結局は半壊で終わった。 逃げ帰って来てこんな旧時代の廃墟にまで足を運んできた。 そこにあの三人が現れて戦闘開始……。
あの三人相手に私が善戦出来た理由があるの。その前に "因子" についでに説明するわ」
「私達アンドロイドの身体に組み込まれてる "因子" というのは、身体能力の上昇の効果やら魔法という異能が使える特別な魔力構成の施された細胞の事よ。 私はそれの上……この力が使える原因は分からないけど、私の『感情』に起因して発現したと解釈してる "適応因子" というのが使えたのが大きいわ」
シオンは長々と説明するとシルヴィア達を見やる。 長谷川とタツヒコはまるで話についてこれないのか処理オーバーと言った感じで思考停止していた。
「簡単に説明すると "適応因子" は身体能力を劇的に底上げさせて尚且つ相手の弱点を把握出来る代物よ。 それを使って戦ってたのは良いけど、そこにあなた達が来てあの三人を圧倒したって訳」
「ふむ……分かりやすかったよシオン。 ありがと」
シルヴィアがシオンに向け笑顔を見せてお礼を言う。 シオンはそれが嬉しかったのかシオンも微笑み返した。
「感情も案外捨てたもんじゃ無いのかも知れない……こうやって『嬉しい』 って思えるんだから……分かち合えるんだから」
シオンは噛みしめるように呟く。 シオンは端から見れば完全に人間のソレだった。 それ程までに精密で完成度の高いアンドロイドだ。
「ふふふ……それは良いことだよシオン。 ところで成り行きで仲間になっちゃったけど大丈夫なの?」
シルヴィアのその質問にシオンがどんな受け取り方をしたのかは定かではないがシルヴィアの発言を耳にしたシオンは決意した面持ちで答える。
「あなた達はとても強いから安心するわ……。 これで "白の組織" を……私を作った発端の元凶を潰せるんだから」




