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幕切れ

深紅の髪を靡かせながらカトレアを睨めつけるようにして視線を向けるシルヴィア。 金の双眸が射抜くのは一体何なのか。 先程までとは違い余裕があるようにも見えるシルヴィア。 微笑を浮かべ、姿がブレるように消えた。


カトレアは背後に魔法陣を展開させてから後ろを振り返る。 と同時にガラスの割れるような音が振り向きざまに鼓膜を揺らす。


「そんなちんけな魔法陣で私を止められるとでも? 血の宴を奏でるとしようか…… "鮮血の宴"」


魔法陣を粉々に打ち砕いたシルヴィアがカトレアの視界に入ると、カトレアの視界が血で染まっていった。


「なっ……!!」


驚愕が支配し思考が停止寸前まで追い込まれるカトレアであったが何とか落ち着こうと自分に言い聞かせ、瞳の色を変えていく。


「 "オールブラッド" に死角は無い!! 絶望に染まれシルヴィア!!」


高らかに叫ぶカトレアは青紫色に輝く双眸をシルヴィアに向ける。 同時にシルヴィアに双剣を具現化させて斬りかかった。 激しい連撃にシルヴィアも表情を歪ませ、切り傷が増えていく。 しかしそれでも致命傷にならないのはシルヴィアの人並み外れた反応速度があってこそだ。



(……ここで接近戦になるとは思いもしなかったな)


予想外のカトレアの連撃を凌ぎながらシルヴィアは次の一手を練っていた。 この猛攻を凌ぎ切れる時間も、次の戦略を考える猶予も微々たる程しか無いがそれでもシルヴィアは受けに徹する。 そして思考する……自分達が勝利出来る最善の手段を。



「っ!! しまっ……」


シルヴィアは最後まで言葉を発する事が出来ず、腹と頬の肉を抉り取られるようにカトレアの刃が突き刺さる。 苦悶の表情を浮かべ、片膝と片手を地面についてしまう。 しかし間髪入れずにカトレアの強烈な前蹴りがシルヴィアの鼻ごと捉え、シルヴィアは吹っ飛ばされる。


「ぐうぅっ……!」


シルヴィアは体勢が良かったのか、すぐに立ち上がると上空にいるカトレアを視認する。 シルヴィアの血が滴っていたがシルヴィアは気にする様子は微塵も感じられない。 一瞬の間にカトレアは高密度に圧縮した超高温エネルギーの塊を生成するとシルヴィアに音速で向かわせた。


短距離での音速で飛来する物体を躱せるはずもなくシルヴィアに直撃し、その余波で周辺の地面が消し飛ばされた。 さらに高温の熱波が気温を急激に上昇させていきシルヴィア達にさらなる苦しみが襲う。


「ぐっ……く……」


意識も朦朧とするシルヴィアだが気力で立ち上がり、依然として上空に佇むカトレアを睨む。 するとカトレアはシルヴィアの目の前まで移動し、シルヴィアの髪を乱暴に掴んだ。


「クスクス……その根性としぶとさだけは買ってあげるわシルヴィア。 結局、その変な力を解放させたのは良いけど、とんだ肩透かしだったわね……」


勝ち誇った笑みを浮かべカトレアはシルヴィアの腹部の傷口に拳をめり込ませる。 途端にシルヴィアの表情が歪み、体勢が崩れるがカトレアの掴んでいる髪が引っ張られるため倒れる事は許されなかった。


「……ありがとうカトレア。 まんまと騙されてくれて」


シルヴィアのその言葉と共に、信じられない光景がカトレアの網膜に焼き付いた。 空中に展開されるは巨大な深紅の魔法陣。 魔法陣の外側の紋章が時計回りに、魔法陣の内側の紋章が逆時計回りに至極ゆっくりと回転している。 そしてその魔法陣の影響なのか、空が薄い赤色に染めあがっていた。 この一連の超常現象には流石のカトレアも頭が真っ白になる。


「な、何をした! これはあなたの仕業!?」


しかし直ぐに血相を変えてシルヴィアに掴みかかる。 シルヴィアは痛みで顔を歪めるものの、ボソボソと喋り始めた。


「奥の手を解放している事を前提に、私の血液が体外にニ五〇ml以上流れ出る事で発動条件を満たす空間支配系の魔法……。今、その発動条件を満たした。 これであなたの勝ちは絶望的になったわよカトレア」


「〜〜〜〜!!!」


歯軋りをしたカトレアから殴り飛ばされるシルヴィアだったが、これで自由の身となれた。

血の入り混じった唾を地面に吐き捨てるとスッと右腕を開いて突き出す。 一呼吸置いて、右手を握り締める。 すると空間の各所にヒビが入り、徐々にヒビが大きくなっていく。


ヒビが限界まで広がった所で世界が一変した。 空が深紅に染め上がり、その影響下で地面までも深紅に染まる。 世界が深紅に染まり上がったその様は鮮血のようだった。


「散々好き勝手やってくれたわねカトレア……次は私の番よ。 "狂気の鮮血"」


そう言ったシルヴィアは自身の飛び散った血液を地面から抽出し、血で出来た剣を形作った。 目をカトレアに向けると、カトレアは諦めたのかシルヴィアから一〇〇メートル程離れた所に立っていた。


(この魔法は超広範囲だからどこまで行こうが無駄。 油断は禁物だけどモタモタするとヤバイ。 早く……!)


シルヴィアは超速でカトレアとすれ違う。 すれ違いざまにカトレアの胸を縦に斬り裂く。


「がっ……!!」


噴水のように夥しい量の血が噴き出し、カトレアの身体が大きく仰け反る。


「カトレア、悪いけど君の血は貰ったよ。 そして、この空間内において私は血の一滴でも取った生物の能力を得る事が出来る……これが何を意味するか分かるね? 」


シルヴィアがゆっくりとカトレアと向き合う。


「つまり、こういう事さ」


カトレアと対峙したシルヴィアの双眸が、碧と赤に変わっていた。


「っっっっ!! それは……それはああああああああ!!!」


叫ぶカトレアは吐血しようが傷口がさらに開らこうがどうとでも良かった。"敵であるシルヴィアに能力を得られた事自体が不味かったのである" 。 これで一気に形勢を逆転されたようなものだった。 しかし、カトレアは俯くと嗜虐的な笑みを浮かべた。


「……時間切れよシルヴィア」


その呟きはシルヴィアには聞こえなかったがソレは直ぐに現れた。 シルヴィアの絶対の領域である "血塗られた世界" が突如としてガラスのように砕け、先ほどと何ら変わらない世界が出現した。


「っ!?!?」


シルヴィアが目を丸くし辺りを見回す。 そしてその表現のまま恐る恐るカトレアを見る。

カトレアの歪んだ笑みがシルヴィアの視界を埋め尽くした。シルヴィアの両目も元の金色に戻っていた。


「あっははははははは!!! 良い夢見れたかしらシルヴィア? 言ったでしょう? "オールブラッド" に死角はないと! あなたは私の掌で踊っているに過ぎないのよ!!」


狂った高笑いをするカトレアにシルヴィアは超高速で移動し無言で殴り掛かる。 カトレアは抵抗する素振りすらみせず高笑いをしていたためシルヴィアの拳が当たり、地面に叩きつけられた。 その衝撃で地面が抉られていた。


殴られたにも関わらずカトレアは未だ高笑いをしている。 いくら何でも度が過ぎており、狂気すら感じる。 ゆらりと立ち上がるとカトレアは口内に溜まった血を吐き出す。


「さて、まだ打つ手はあるかしらシルヴィア? さぁ、まだまだ私を楽しませて頂戴!!」


両手を広げるカトレアはまだ余力がありそうにも感じられる。 対するシルヴィアは立ち眩みが起き、視界が微かに霞んでいた。 今までのダメージも蓄積しており、今の今になってここまで形となって現れるのはシルヴィアの限界を示していた。


「ぐっ……これ以上は使いたくなかったんだけど、これを使わないと勝てないな。 カトレア、今までの私の力は表層的な力に過ぎない……。 君の "オールブラッド" のようにね」


「あなた何を言って……」


「一気に終わらせる…… "神の力"」


その瞬間シルヴィアを中心に暴風が吹き荒れ、瓦解した建物の残骸が細切れに散って行く。 シルヴィアの全身にまで及んでいた傷は全快し、目付きも今まで以上に殺気を含んでいた。


「かっ、"神の力" だと!? まさか、まさかあの女と同じ……!!」


「黙れ。 この力はより深層から引き出された力だ。 君の力とは本質的に違う。 故に私がこの力を扱っている間、私の負けはなくなった」


有無を言わさない厳しい口調のシルヴィア。


「っっ……!!」


カトレアは今この瞬間、あらゆる場面からシルヴィアに仕掛けたイメージをした。 が、その全てにおいてカトレアは殺される運命しか見えなかった。 想像だけで殺す……カトレアほどの猛者でもこの世界では感じた事のない絶対的な壁だった。


「 "神の力" が何だ! 私は……"厄災の魔女" カトレア・ブラッド! 負けはありえないのよ!!」


カトレアが半狂乱になりながらシルヴィアに襲い掛かる。 勝負事に於いて冷静さを欠く事は絶対にやってはならなかった。 その隙を突かれて食い破られるからだ。


「……散りなさいカトレア。 圧倒的な力の前に」


その瞬間、カトレアの身体を神の裁きが断罪を執行した。 カトレアとは比にならない程の極限まで圧縮された光柱が天を衝いた。




「はぁ……はぁ……」


息を荒げながらシルヴィアが地面に転がるカトレアを一瞥する。 カトレアの身体は酷いものだった。 両腕は左腕が肘から先が無く血塗れになっており、右腕は根元から抉り取られたようになっていた。 胴体も腰から下が消し飛ばされており凄惨を極めた。


血の臭いがシルヴィアの鼻を突くが大した事ではなかった。 身体の殆どを失ったカトレアが生きている可能性は考えにくいという結論に至ったシルヴィアは、横たわるカトレアを後にしてその場を離れる。 足が絡まり体勢を崩すシルヴィアだったが、不意に肩を掴まれ何とか倒れずに済んだ。


「ヴァルグ様の言い付けを守らずに結局使っちゃったんだね……シルちゃん」


「クラウディア……」


シルヴィアの肩を掴んだのはクラウディアだった。 クラウディアはそのままシルヴィアの腕を自分の肩へと回してシルヴィアの歩幅に合わせる。


「カトレアはそこまでしないと勝てない相手だった。 "神の力" まで使わされたんだ。 無理をしなきゃいけない時もあるさ」


シルヴィアのその言葉にクラウディアは相槌を打つだけだった。 聞き手に徹するのだろう。


「私にはまだ扱い切れてない力の方が多い……徐々に増やして行かないとね。 帰ってからが大変だ」


そう言ったシルヴィアは力無く笑った。


「シルちゃん……いえ、シルヴィア様。 くれぐれも無理をなさらずに」


「分かってるよ」


その会話を最後に二人は歩を進める。 ゆっくりとではあるが力強く歩いていた。そこに意識を取り戻したアイラも加わり、アイラは腰を支えに入る。


「お役に立てなくて済みませんシルヴィアさん……まだ実力不足でした」


アイラがぺこりと頭を下げる。 それに対しシルヴィアはアイラの頭にポンと手を置いて優しい笑みを浮かべた。


「大丈夫……私はそんな事思ってないから。

焦らずゆっくりと私たちと歩いていこう」


「はい……分かりました」


そしてさらに歩みを進めていく。 そこに立ちふさがるようにして現れたのがタツヒコと長谷川の二人だ。


「タツヒコ君、長谷川さん……お疲れ様。

長谷川さん、腕は大丈夫?」


長谷川の腕は未だ失ったままだが長谷川は力強く頷く。


「ああ……こうすりゃいい。 "失業保険"」


すると長谷川が光に包まれると刹那の間に消し飛ばされた筈の右腕が再生していた。これにはシルヴィアも目を丸くする。


「……そんな能力があったんだ」


「ああ……。 "失業保険" は失ったモノを補完する能力だ。 これくらい訳ない」


長谷川はドヤ顔をするとシルヴィアの胸に飛び込んでいく。


「俺の心の浄化場所はここだけだー!!」


「この馬鹿……させる訳ないでしょ?」


見事ひざ蹴りが顔にめり込んだ長谷川はあえなく撃沈した。これには全員が引きつった苦笑いを浮かべるしかなかった。



「ふふ……一旦聖サラスメント学園に戻るよ。 ラーシア達が心配だ」


そのシルヴィアの意見に反対するものは誰一人居なかった。


聖サラスメント学園に戻ってきたシルヴィア達は直ぐさま理事長室へ向かい、ラーシア達の様子を見に行った。 タイミングが良かったのか、二人ともちょうど目を覚ましていた。

ただ、気を失う前の出来事は覚えてないとの事。



「……そう。 あなた達がカトレアを……恩にきるわ。 あなた達がいなかったら世界は一瞬で滅ぼされてた」


理事長のリターナがシルヴィア達に頭を下げる。 ラーシアもにわかには信じられないと言った様子で半信半疑ながらも理事長に倣った。


「そうね、お礼と言ってはなんだけど、もう少しゆっくりしていきなさい。 近い内に面白い事を都市全土を挙げて開催するからね」


リターナが意味深な発言をし、それにシルヴィア達が食い付く。


「面白い事?」


「ふふふ、それはお楽しみよ……兎に角ありがとう……あなた達のおかげでこの世界の平穏が保たれたわ」


再度頭を下げるリターナにシルヴィア達は困惑しながらも、近い内に起こるという面白い出来事に内心胸を躍らせていた。





「ぐっ……、このまま終わるもんですか」


意識を失っていたカトレアが目を覚まし、空中に浮遊する。 身体の半分以上を消し飛ばされたとは言え、それでも生きているのは "オールブラッド" のおかげでもあった。


「この借りは必ず返す……次会う時までに "オールブラッド" の能力の全てを……引き出す。 全てが引き出された時があいつらの……世界の最後よ」


カトレアは言葉に憎悪を含みながら忌々しそうに吐き捨てる。 カトレアの背後の空間に大きな穴が開くと、それにカトレアが吸い込まれていく。 カトレアを吸い込み終わったそれは余韻のように空間が揺らいでいた。

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