意外な人物
ラーシアは酷く困惑していた。 今目の前にいる人物がどれほどの危険性を孕んでおり、何故この学園にいるのかが理解できなかった。
「メア・ロデウス・クロウデルディアナよ。
少し訳ありでここにいるけどここにいる間は仲良くしましょうか」
ゴムで括った銀色の髪に異様に白い肌はそのままだったが吸血鬼の特徴である紅い目は何故か茶色に変わっていた。 笑みを携えたメアが恐ろしく不気味に見えた。
「ハワード先生っ! そ、そいつは……」
思わず席を立ちメアを指差してしまうラーシア。 担任のハワードは咳払いをしてラーシアを席に座るように促す。 ラーシアは仕方なしに着席した。
「余計な私情は挟まない方が身の為よラーシアさん。 死にたくないならな」
「ぐっ……」
メアのその一言で怒りが爆発しそうになったが唇を噛み締めてそれを堪える。そして事もあろうにラーシアの後ろの席にメアが座る事になったのだ。 その事にも驚きと怒りで身が震える思いだった。 ハワードが質問タイムという単語を残して教室を後にすると即座に皆がメアに群がる。
メアは冷静に皆から寄せられる怒涛の質問攻めに答えており、とても好印象を与えていた。 クールな見た目や口調も後押しして男女共に人気が爆発した。 これには遠巻きに見ていたシルヴィアも呆れを隠せずに乾いた笑みを浮かべていた。
「こんな所に呼び出して何の用かしら? ラーシアさん」
「何の用? 何故貴様がここにいるかと聞いているんだ!!」
メアを屋上に呼び出したラーシアの怒号が響く。何故か屋上にシルヴィアも来ていたが大した問題では無かった。 メアは冷笑を浮かべるとラーシアに対して口を開いた。
「人の話もまともに聞けないのかしら? 呆れるわね。 一方的に捲し立てるだけのあなたにはもう興味は失せたわ……それよりも今私が興味あるのはあなたよ……シルヴィア」
「へぇ……? まだ名乗った覚えはないんだけどな」
シルヴィアが嬉しそうに口角を歪める。 メアはゆっくりとシルヴィアに近づきながら喋り始める。
「私は部下の情報を共有してるのよ。 だからあなたが私の部下に対して放った発言なども覚えてるわよ。 ま、その部下もあなたにやられちゃったけどね」
「まさか情報を共有してるとは……無闇に名前を名乗るんじゃ無かったな」
「あとあなたが "転移者" だという事も会話で察しが付いたわ。 それだったらあの異常な強さにも納得が行くわね。 ま、短い間だけどよろしくお願いするわ」
そう言って手を差し出すメア。 シルヴィアもその意図を読んだのか手を出すと互いに握手を交わす。 それをするとメアはラーシアに視線を戻す。ラーシアを 冷静沈着と踏んでいたメアはそのあまりの性格の違いに辟易を隠せなかったがなんとか耐える。
「……で? 話を戻すけど何で私がここにいちゃ駄目な訳?」
話を振られたラーシアは表情を歪めながらメアを睨む。
「お前は危険過ぎるからだ。 今まで昼間に活動出来る吸血鬼なんて聞いた事もなかったしあの強さだ。 生徒に危害が及んだらどうする」
「はぁ……あなたの基準で喋らないでくれるかしら? 凡愚過ぎて驚きを隠せないのだけれど……。 あなたに説明するのも癪だけど解らせる為に説明してあげるわ」
メアは呆れたように嘆息をすると鬱陶しそうに前髪を掻き上げる仕草をする。
「今回私がこの学園に来たのは吸血鬼狩りに関する情報収集を目的としている。 せっかく昼間に活動出来るんだし有効活用しなきゃ勿体無いでしょう? それにこの聖サラスメント学園はツァイン都市最大の学園……。 あなた達人間も集まっているからこれ以上の好立地はないわ」
メアが口角を吊り上げながらラーシアに言葉を吐く。 ツァイン都市は世界有数の大都市として人気も高く、さらに広大な敷地面積を誇る聖サラスメント学園もある事から知らない人間はほぼ居なかった。
「それは分かった……だが、その目の色は何だ。 普通吸血鬼は紅い目のはずだが?」
「はぁ……自分達が発明した商品も分からないの? 高性能極細レンズカラーコンタクトよ。 目の色なんてそれで誤魔化せるわ。 全く便利になったもんね」
メアはラーシアを見やると肩を竦めた。 やはりラーシアに対しての物分かりの悪さに嫌気が指してるのだろう。 不機嫌そうに眉根を寄せていた。ラーシアもメアの説明に納得がいかないのか不機嫌に表情を歪めている。 ふとメアは思い出したように口を開いた。
「ラーシア、そう言えば私の事を危険と言っていたわね? それはどの部分を指して言ってるのかしら? 是非とも知りたいわねぇ」
意地悪そうな笑みを浮かべて質問をするメアにラーシアは舌打ちを鳴らす。
「お前のあの異常な強さを指してだ。 お前がこの学園の生徒に手を出さんとも限らんしな」
「自分の主観で基準を言ってくれても分からないわね。 それに私のアレは正当防衛に相当するわよ? 私達は情報収集を目的に都市に来たのに、それを勝手に危険視してろくに話も聞かないあなた達がね……」
話にならんと言わんばかりにメアは首を横に振るう。 それにラーシアも堪忍袋の尾が切れたのか全身を震わせた。
「話をすり替えるな!! 今私が話してるのはお前がこの学園の生徒に手を出すか出さないかだ! お前は出さないと言えるのか!?」
「向こうから手を出してこない限りは手は出さないわ。 ま、例外もあるけど。 今の私達の目的は吸血鬼狩りの犯人よ? そんな事まで時間は割けないわね」
メアはぶっきらぼうに告げると屋上の手すりに肘を乗っける。外の景色を楽しみたいらしい。 ラーシアも何か反論しようとしたがこれ以上は無駄と悟り、口を閉じる。 ラーシアは扉を乱暴に閉めると屋上を後にした。
「やれやれ……どうして人間ってのはああなのかしら? 話もろくに聞かず自分の意見を半ば強引に押し通そうとする……確かに理知的な人間もいるかも知れないけどアレはないわね」
メアがため息混じりに呟く。 おそらく先程までのラーシアの態度を言っているのだろう。
「人間ってのはああなのさ。 良いところも悪いところも如実に現れる……。この世界の住人は我が多少強いところがあるかも知れないけどね」
メアの意見に賛同するようにシルヴィアが答える。 まさかシルヴィアが答えるとは思ってなかったのか、メアは身体を反転させてシルヴィアの方を見る。 シルヴィアもメアを一瞥していた。 先に目を逸らしたのはメアだったが微笑を見せるとシルヴィアに歩み寄っていく。
「面白いわねシルヴィア……。 あなたの事気に入ったわ。 あなたは人間とは違う何かを感じさせる……それも良い。 お互い、仲良くやりましょう……人外同士ね」
「もちろん。 仲良くやるつもりさ」
すれ違い様に互いの思いを言い合うとメアは屋上を後にし、シルヴィアは瞬間移動で教室へと戻っていった。




