昂ぶる感情
シルヴィアは聖サラスメント学園の制服に身を包みながら二年生の校舎から中庭を見渡していた。 シルヴィアの視線の先にはタツヒコと九尾が楽しそうに談笑している風景が写っていた。
(全く、鼻の下伸ばして何処に目を付けてるんだか……胸に目がイってるね)
九尾の胸に目線がいってるタツヒコに呆れを示しながらもその様子を微笑ましく見ていた。
「タツヒコ先輩……色々ありがとうございます。 色々楽になりました」
「いやいや。 俺で良かったらいつでも愚痴なり何なり相談乗るからよ」
シルヴィアに見られているとは思いもしないタツヒコだったが九尾に向けてウインクをする。 九尾はタツヒコに軽く会釈をするとタツヒコの側から離れて行った。 タツヒコも中庭を後にした。
(九尾ちゃんか……。 中々面白い子だな)
シルヴィアは九尾を目で追いながら口角を吊り上げたが 九尾はそれを知る由も無かった。
*
リターナ・サシャウスが机に肘をかけてくつろいでいると廊下の方から慌てたような足音が聞こえてきた。 リターナはその足音に対して舌打ちをするも扉が乱暴に開かれた事によって掻き消されてしまった。
「ノックくらいしなさい……ラーシアさん。
まぁその余裕もないくらいあなたが取り乱すだなんてよほどの事なんでしょうけど……取り敢えず落ち着きなさい」
肘をついたまま話をするリターナにラーシアは多少の怒りが込み上げてくるが今はそんなことどうでも良かった。
「理事長! 奴ら……吸血鬼です! 吸血鬼が都市部にっ! 都市部に現れました! 街中に張り巡らされている超微細魔力探査機の反応は六! どれも尋常じゃないですがその一つがそれよりさらに群を抜いて飛び抜けてます」
「何ですって!? ちょっと待って……今昼間よ? 本来吸血鬼は夜に活動するはず……なんでこんな昼間から……」
リターナは驚きを隠せない様子でラーシアを見る。 その表情は困惑が見え隠れしておりラーシアもそんなリターナを見るのは初めてだった。 リターナは軽く咳払いをし、落ち着きを取り戻すとラーシアに口を開いた。
「取り敢えずラーシアさん。 あなたが選んだメンバーで行動しなさい。 恐らく吸血鬼側も何か対策を練ってるはず……四人一組で行動して吸血鬼を追い出して頂戴」
「吸血鬼一体に対し四人一組……ですか?」
「そうよ。 一刻の時間も惜しいわ。 早く行って被害を最小限に留めなさい!」
「はっ、はい!」
来た時と同様ラーシアは乱暴に扉を閉めると慌ただしく駆けて行った。 ラーシアが出て行ったのを見送ったリターナは溜め息を吐くと軽く伸びをして目尻に涙を溜めていた。
*
ラーシアが選んだのは九尾、タツヒコ、クロエの三人だ。 シルヴィアとアイラとクラウディアの三人は一人で大丈夫だと言い張りそれぞれの出現地へと足を運んだらしい。
ラーシアは眼前に佇む吸血鬼の少女を見据えると口を開いた。
「何故君の様な吸血鬼が昼間に活動をしている? その目の色と肌の色からして吸血鬼に間違い無いのは確かだが……」
「何? 昼間に活動しちゃダメだと言いたいのかしら?」
その少女の口調はラーシアを何処か馬鹿にしたような口調で言い放った。
「いや、そういう訳では無いんだ。 ただ、何故吸血鬼が昼間に活動出来ると聞いている」
ラーシアの質問に少女は盛大に嘆息をすると肩を竦める。 吸血鬼の少女は赤色のスカートの裾を直すとラーシアを一瞥した。。
「それをあなた達に教える必要があるかしら? 私達はただ情報が欲しいだけ。 吸血鬼狩りの犯人のね」
「私達が情報を持っているとでも思っているのか? 吸血鬼さん……?」
最後のラーシアの一言でその少女の眉が微かに動くとラーシアを殺気を出しながら睨む。
そして口角を吊り上げる。
「そういやまだ私の名前を教えてなかったわね。 私の名前はメア・ロデウス・クロウデルディアナ。 以後お見知り置きを……人間さん」
スカートの裾をちょこんと持ち上げて軽く頭を傾ける。 メアはラーシアから順にタツヒコ達を見ると薄ら笑いを浮かべた。
「さて、吸血鬼狩りに関する情報が無いのなら私はこの辺で去りたいんだけど……恐らく無理そうね。 私の部下達は良くやってくれてるかしら?」
「逃すわけが無いだろう? お前の部下達も私達の仲間が迎撃している。 お前は危険過ぎる」
そのラーシアの言葉が癪に障ったのかメアは眉を吊り上げてラーシアを睨んだ。
「私達吸血鬼が貴様ら人間に何かやったか? 先に手を出したのはお前ら人間だ。 さらに仲間の仇すら取らせてもらえずにここで殺すとまで明言されるとは……やはり人間は酷く身勝手だな」
急に口調がキツくなったメアは激しい憎悪を露わにさせ、唾棄するように鬱憤を吐き出した。 その変わりようにラーシア達は身構え、臨戦態勢に入る。 メアは臨戦態勢に入ったラーシア達を嘲笑った後肩を竦めた。
「ちょっと口調を変えたくらいでそんな身構えて……大袈裟ね。 私もこの人数相手に逃げ切れるとは思ってないし、情報もない以上ここに居る意味も無い。 戦うのは本意では無いんだけど……来なさい。 吸血鬼の恐ろしさを味あわせてあげる」
膨大な殺気を放出させて戦闘態勢へ入ったメア。 そのメアに対して先に動いたのはタツヒコだ。 タツヒコは剣を具現化させて真正面から斬りかかる。 メアは軽く身体を捻ってそれを躱す。 斬り返しもバックステップで難なく躱すと、タツヒコの右隣に移動し右肩に拳をめり込ませた。
「ぐあっ!!」
骨が軋み、激痛が走る。 思わず剣を手離してしまったタツヒコに容赦無い蹴りが顔面を撃ち抜いた。 隙だらけのメアの背後からクロエが膨大な水を纏いながら襲い掛かる。
「っ!!」
流石に避けることは出来なかったが寸前で反応し身体を回転させて直撃を避ける。 左腕が水を纏った打撃を受けた。メアは顔をしかめるがクロエの猛攻を受け流しながら対応する。
「この……! 何で昼の吸血鬼がこんなに強いのよ!」
クロエが叫びながら渾身の一撃を繰り出してそれを直撃させた。 メアは地面を滑るように衝撃を逃すと髪から水を滴らせながらクロエを見て笑った。
「な、何が可笑しいのよ!」
「いや、少しあなた達は吸血鬼のことを見くびり過ぎだと思って。 先入観と固定概念に囚われ過ぎ……いつまでも私達が今までと同じ様な吸血鬼と思うな」
「くっ……」
メアの剣幕に気圧される形になり尻込みをするクロエに、その隙を見逃さずにクロエとの間合いを一気に詰めると腹部に狙いを定めて拳を放つ。 クロエは逃げようとしたが一瞬だけ何かに身体が押し付けられるような感覚に襲われ、逃げられずに腹部にまともに喰らってしまった。
「うぐぅ!? おぇぇっ……!」
両膝をついて腹部を押さえて嘔吐してしまうクロエ。 そのクロエにメアは嘲笑を浮かべると下を向いているクロエの顔面を強力な蹴りを繰り出した。 案の定避ける事など出来ずに喰らったクロエは鼻と口から血を噴き出し、歯も何本か飛んで行ったまま後頭部を打ち付けて倒れた。
「やれやれ……弱いわね」
落胆を隠せないと言うように肩を落とすメア。
「まだ終わってねーぞ!!」
タツヒコの怒号が響き、メアがそれに釣られるようにタツヒコの方に目を向けた。 向けてしまった。
「ぐっ!? うあああっ」
メアの悲鳴が響きその場に片膝をついて両目を両手で覆う。 タツヒコの剣から発せられた強烈な光を直視してしまったからだ。さらにタツヒコは光の玉を出現させるとその全てをメアに向け放った。 光の玉は恐ろしい速さでメアに直撃すると、直撃した部分が焼き焦げていた。
「ぐっ……うぅ……」
呻くメアは四つん這いになっており倒すチャンスでもあった。 タツヒコは止めを刺すべくメアを間合いに入れた時に異変がタツヒコを襲った。 急に身体が重くなり、強制的に片膝が地面に着いてしまった。 そのあまりの重さに膝を着いた地面に亀裂が走る。
「なっ……!?」
異様事態に理解が追いつかないタツヒコだったが何とか脱しようと全身に力を入れてみる。 が、全身の骨が軋む音が響き、多少ではあるが全身を震わさせる事くらいしか出来なかった。
「ぐっ……一体何だってんだ……」
タツヒコが歯噛みをし、メアに目を向ける。
局所的に身体を焦げ付かせたメアがタツヒコを見下していた。 その目は深い闇を思わせる目をしておりタツヒコは背筋が凍った。
(……殺られる)
身体も満足に動かせない状態で思考もまともに出来る筈も無く、完全にメアの雰囲気に飲まれてしまった。メアがタツヒコの眼前に来て腕が引かれていく。 恐らく殴り飛ばすつもりなのだろう。 ミシミシと音を立てながら腕を震わせるがただそれだけだった。 何も抵抗が出来ずにその拳が放たれる。 メアの拳が放たれる寸前で身体が軽くなったタツヒコだったが即座に拳がめり込み、クロエと同様に血を噴き出しながら吹っ飛ばされる。
「……力を使わされるとは。 やはりいくら耐性があっても弱点は弱点ね。 克服には程遠い」
首を鳴らしながら吹っ飛ばされたタツヒコを視界に入れると即座に移動し、うつ伏せで倒れているタツヒコを何の感情も感じさせない表情で見やるとおもむろに片足を上げ、勢いよくタツヒコの頭を踏んづける。 何度も踏付け、タツヒコの倒れている地面が血に染まるのを確認してそれを止めた。
「"特異兵装"」
ラーシアの声が響き、閃光が駆ける。メアは閃光を一瞥すると人差し指を微かに折り曲げる。 ラーシアの放った閃光は見えない力に無理矢理軌道を捻じ曲げられ、地面で爆散した。 ラーシアは目を丸くさせるが気持ちを切り替えると粒子で構成された剣を具現化させメアに襲い掛かる。
「襲い掛かるのが遅かったわね。 数の利を生かすこともせずに。 最初から全員で襲い掛かってくればこんな事にならなかった……そうでしょう?」
いやらしく笑みを浮かべラーシアの一撃を軽く躱すとフックを繰り出す。 ラーシアも躱し、右手の巨大な武器で殴りかかる。 飛び上がるように躱してメアは口角を吊り上げたが、不意の一撃により地面に叩き落とされた。
「くっ……!」
すぐさま起き上がるとその落としたであろう張本人が殴りかかってきた。 九尾だ。 四本の尾が生えている九尾が猛攻を仕掛ける。思いの外速度と威力がありメアの予想のそれを超えていた。
「くっ……このっ!」
メアが歯噛みし、九尾に殺気を放った時だつた。ラーシアの放った 超火力の雷電を纏った一撃がラーシアの視界を覆い尽くした。
*
「ぐっ……離せ……!」
ラーシアの力無い言葉がメアの鼓膜を震わせる。 ラーシアはメアに首を掴まれて持ち上げられていた。 身体が宙に浮くほどの怪力にラーシアは内心驚きを隠せなかった。
「まだ意識があるとは流石ね。 鎧を砕かれ腹に風穴を開けられようとその意識を保つ……その意識の高さに敬意すら感じるな」
メアは口ではそう言うがラーシアの首を持つ力に一層力が入る。 しかしそれも一瞬で、地面にラーシアを落とした。 ラーシアは上手く受け身を取れずに落下する。 制服が血みどろになっており凄絶を極めた。
「殺しはしないから安心なさい。 と言ってもその怪我じゃ満足に動けないでしょうけど」
メアはぶっきらぼうに言い放つとラーシア達から距離を取る。 そしてラーシア達に向き直ると息を吸い込んだ。
「貴様ら人間は愚劣極まる行為を何故そう易々と行える? 弱き者を虐げ、強者には媚びへつらう……。 おまけに同族同士で戦争だ。 この戦争は過去のものだがほんの二十数年前の出来事だ。 どれだけ愚かしい事かわかるだろう?」
少々大仰だが手を広げて力説するメア。ラーシアはその事に腸が煮えくり返る思いでいっぱいだった。歯軋りをし、拳を握り締める。
唇を噛み締めるあまり、唇が裂けて流血を起こす。
「確かに……確かに人間は戦争を何度もしている! だが! 話せば確実に人間は分かり合えるんだ。 君達吸血鬼には愚かに見えるかも知れないがそれが人間だ」
ラーシアの言う事は事実でもあった。 この世界で世界規模にあたる戦争は五度も繰り返されてきた。 戦争によって技術力が跳ね上がり、それによって覇権が争われた事も度々あった。 しかし最終的には膨れ上がった戦争をどうにかしようと話し合いが行われ、各国で和解し、終戦へと向かっていったのである。それは吸血鬼達も知っている筈である。
メアはそのラーシアの言葉に辟易したように嘆息するとラーシアを侮蔑するような目で睨めつけた。
「そう……。 それがあなた達人間の考えなのね。 なら家族同然の私の仲間を奪い、その報復を受けようともあなた達は話し合いで解決すると? 本当にそれで収まるかしら?」
「……何が言いたい?」
「私がそこに転がってるお前の仲間を殺してもお前は話し合いで解決すると言うのか? 本当に出来るものならやって貰いたいものだな」
そう吐き捨てるとメアはゆっくりと地面に頭が埋まっている九尾の身体を強引に引き抜くと首を掴んで細く微笑む。
「ま、待て!! 殺すな! 殺したら私はお前を許さんぞ!!」
咄嗟に出た言葉がラーシアの口から発せられそれを聞いたメアが九尾の身体を離すと、またラーシアに向き直る。
「どう私を許さないつもり? 長時間に渡る説得でもする気? それとも一族郎党皆殺しにするつもりかしら? さて……どっちかしらね」
言われてハッとした。 ラーシアの言葉の意味は間違いなく後者だった。 その事実にラーシアは少し項垂れると口を開いた。
「お前の言う通りだなメア……。 どれだけ綺麗事を並べても殺意は消えない事は分かった……いきなり襲い掛かってすまなかったな」
「ふん……。 私達の本命は吸血鬼狩りの犯人よ。 今回はその情報集めが主だったけど大した情報も集まらなかったわ……」
メアは肩を落としながら呟く。 何らかの方法で部下の情報を共有してるのだろうか、情報が集まらないとはっきりと口にした。
「まったく、たった一人で私の部下を二人も殺るなんて……大した人間もいるのね。 それも二人。 そこの兵装の女……ラーシアと言ったかしら。 もし次やる時は容赦しないわ……覚悟する事ね」
メアはラーシアに忠告を促すとメアの身体が影に包まれその姿を消してしまった。 ラーシアはメアの禍々しい紅い目の殺気が頭にこびり付いていたがメアが消えるとそれも無くなった。
「くそ……くそくそ!! 何て弱いんだ私は……!!」
ラーシアの悲痛な叫びは虚空に消えると同時にラーシアは意識を失った。 いつから居たのか、シルヴィアがラーシアの後ろに立っていた。 シルヴィアはラーシアを担ぐと、他の三人を魔法陣を展開させた地面に寝かせると自身もその上に立つ。 最後に見たシルヴィアの表情は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。




