聖サラスメント学園
ざわめく教室が担任のハワードの咳払いによって水を打ったように静かになる。そして生徒達の視線が一点に集中する。
「今日から聖サラスメント学園にお世話になるシルヴィアです……まだ分からない事だらけなので教えてくれると嬉しいです」
シルヴィアが軽くお辞儀をする。聖サラスメント学園の制服を身に包んだシルヴィアに生徒達の視線は釘付けだった。 スカートは少し短めになっており、風が吹けば下着が見えそうな感じに数少ない男子生徒は内心興奮していた。
「よろしくね」
その男子生徒達にウィンクをするシルヴィアは無自覚なのかそれとも狙ってやったのかは定かではないが。 それをされた男子生徒達は鼻血を噴き出す者や顔を真っ赤にする者も居て大多数の女子から白い目で見られた。
シルヴィアは早速空いている席に座るとすぐさま複数の生徒から質問攻めに遭う。シルヴィアは答えれる範囲内で丁寧に答えていた。
「シルヴィアちゃんは彼氏とかいるのー?」
その一言に周りの男子生徒達の眉がピクリと動く。 生唾を呑み込む音さえもはっきりと聞こえる程に耳を傾ける。 シルヴィアは逡巡すると口を開く。
「いないよー? 作った事ないもん」
その言葉を聞いた瞬間に男子生徒達は震え上がり、声にならない声を上げる。 その光景をシルヴィアは可笑しそうに眺めていた。 シルヴィアの笑顔が光る一日になりそうだ。
*
同時刻、聖サラスメント学園一年生の教室は大歓声に包まれていた。 その歓声を浴びているのがアイラに他ならなかった。 アイラは大歓声に肩を震わせるが制服の裾を握り締めると自己紹介をし始める。
「あ、アイラ・シルエートです……短い間かも知れませんがよろしくお願いしますっ……」
蚊の鳴くような声だったが何とか噛まずに言えたアイラは安堵の表情を浮かべる。アイラは担任のアシャスに促されると空いている席に座る。 その姿が本能をくすぐるのか女子生徒達が黄色い悲鳴を上げる。
アイラはこんなに褒められた事がない為耳まで真っ赤にし顔を見られまいと俯いてしまう。 その一連の動作でさえもまた歓声が上がる。 そして例に漏れず質問攻めにアイラも遭う。
「アイラちゃん可愛いねー。 頭撫でて良い?」
「小動物みたいで可愛いー!」
「目の色違ってカッコ良いね!」
大半がアイラの容姿についてだったがそれによってアイラの顔がますます赤くなっていった。 それでもアイラは蚊の鳴くような声で質問に出来る限り答えていく。
「アイラちゃんは "転移者" なんでしょー?
アイラちゃんの元いた世界はどんなのだったのー?」
「あ……私のいた世界はここより技術は進んでませんでした。 ど、同年代の女の子達とこうやって喋れる嬉しさは新鮮ですね」
一瞬暗い表情を浮かべたアイラだったが俯いていた為それを悟られる事は無かった。 周りの女子達もアイラを取り囲んで、アイラの頬を突いたり頭を撫でたりとやりたい放題やっていたが満更でもないアイラはされるがままになっていた。
「もー……タメ口でも良いのよ?」
頬を突かれながら頬を膨らませる女子生徒にアイラは戸惑いを見せるが笑顔を見せながら口を開いた。
「タメ口は……もう少し仲良くなってから……ね? まだ慣れないです……」
上目遣いで言われた女子生徒は一気に顔を真っ赤にしその場で思考及び行動が停止する。
「天使……」
そう呟くと失神してしまった。 倒れた女子生徒を介抱するがやはり黄色い悲鳴の方が多かった。
「アイラちゃんはあのラーシア先輩が率いる精鋭部隊を圧倒したんでしょー? 強いね! 」
「いえ……それほどでもないですよ」
アイラは後頭部を掻く仕草をして困ったような笑みを浮かべる。
(もう噂が広まってるの……? 案外早いなぁ)
そのアイラの疑問も周りの女子達のおかげで充分に考える事は出来なかったが、今は楽しむ事を優先させようと判断した。
*
「今日からこの学園で見習い実習生となる長谷川先生だ。 皆仲良くやってくれ」
「えー……見習い実習生というか見習い教師の長谷川たつおだ。 至らぬ点も多々あるが生暖かい目で見てくれ」
長谷川は軽く頭を下げると生徒達の視線をモロに受けながら後ろの方に歩いていく。平静を装ってはいたが内心の長谷川は冷や汗ダラダラだった。 何故自分がこんな形でこんな所にいるのか疑問でならなかったがあくまで平静で務めた。
(くそぉ……教師かあ。 まぁ……可愛い女の子いっぱいいるから楽しませてもらうか……うひひ)
すぐに女子生徒に目が行ってしまったがこれも務めて平静を装う。珍しくポジティブ思考な自分に驚いたが女子が多いという考えに至った長谷川はこれからどんな生活が待ち侘びているのかと思うと溜め息を吐いた。
*
聖サラスメント学園は広大な敷地面積を持つ都市最大の学園である。 高水準の技術力の高さが売りの兵装科と、つい最近になってもたらされた魔法による魔法科という二つの科がある。 聖サラスメント学園の理事長であり創設者でもあるリターナ・サシャウスは書類に目を落とすと溜め息を零した。
(…… "転移者" 四名の編制手続きに見習い実習生という口実による "転移者" の配属……頭が痛くなるわね。 しかしこうも多いとなると……彼女達の狙いは?)
こちらから見れば彼女達は侵略者とも捉えられる。しかもラーシア率いる精鋭の兵装部隊を圧倒したとの事を本人から聞いたばかりだ。 リターナは自身の目の前に立つラーシアに視線を向ける。 彼女の腕は兵装科の二年の中でもかなりの腕利きだ。 その彼女が破れるとは考えにくいとリターナは思ったがそれ以上に彼女が嘘を付くとは思えなかった。
「彼女達を魔法科に入れなくて良かったのですか? 理事長……」
「……兵装部隊相手に生身で戦って無事と言うのも信じ難いからよ。 もし何かあれば魔法科へ移ってもらうわ。 それに科は変わっても教室は変わらないからどちらも同じ事よ?」
ラーシアの意見にリターナは面倒臭そうに答えるとまた嘆息を零す。
「それに兵装部隊が圧倒されたのもこれが初めてではないわ。あなた達は知らないでしょうけどね。 とにかく彼女達の狙いを聞き出して来なさい……。 もし、その狙いがこの学園を揺るがす程の事だったら……その時は私も戦うわ」
「理事長……」
ラーシアはリターナを心配そうに見つめる。
ラーシアはシルヴィアと直接戦闘をしているので少なくとも彼女の強さはラーシアより頭二つ分は違う。 またラーシアの頭にシルヴィアのあの言葉が浮かんできた。
(私程度ならいつでも殺れるか。 全く……言ってくれるな)
呆れを見せるがシルヴィアの強さは本物だった。 恐らくこの学園の人間が束になっても敵わないだろう実力の持ち主だ。ラーシアはリターナを見る。 すると彼女と目が合った。
「まぁ良いわ。 ラーシアさん、あなたは彼女達に常に目を配っておきなさい。 別に仲良くなるな、とは言うつもりはないから安心しなさい。 頭の片隅程度に留めておいて頂戴」
「はい……では失礼します理事長……」
ラーシアはリターナに一礼すると理事長室を後にした。
「"転移者" か……全く、"彼女" 以来ね。それなりに楽しませてくれるわよね? ふふ……」
リターナの意味深な発言は誰に聞かれるでもなく虚空に消えて行った。




