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鬼の意地

鈍い打撃音が反響し合う洞窟内での戦闘は苛烈を極めた。 酒呑童子とアイラはお互い一歩も引かずにインファイトでの格闘戦で戦っている。 アイラの人並み外れた動体視力と反応速度に酒呑童子はよく付いてきている方だ。


「このっ!! 倒れやがれっ!!」


酒呑童子の怒号が木霊し、アイラの顔面への拳が放たれ、アイラの視界が揺れる。 が、アイラはそれを耐えるとすぐさま反撃へと転ずる。酒呑童子の攻撃を捌き切ると懐に潜り込んでのアッパーを繰り出し、見事に酒呑童子の顎を打ち抜く。


「ぶふっ!!」


酒呑童子の顔が血を噴き出しながら跳ね上がる。そこからアイラが追撃で空中に飛び上がって拳を酒呑童子の顔面へと躊躇無く振り下ろした。


地面に後頭部から叩きつけられた酒呑童子は、地面に打ち付けた衝撃で一瞬意識が落ちかける。鼻から下を血塗れにされ意識も落ち掛けたが気合いで入れ直すとすぐに立ち上がる。


「うおっ!?」


驚いたような声を上げ、すぐさま頭を下げる。その頭上スレスレをアイラの拳が通り過ぎていた。 アイラは驚いた様子で酒呑童子を感心したような眼差しを送ると、少ししてから口を開いた。


「驚きましたね……まさか今のを躱される

とは。 私の思った以上に回避行動が速い」


「はっ! 俺はお前に驚いてるぜ。 てめぇみてぇな奴は初めてだ。 ここまで強いやつは俺が今まで戦ったやつの中にはいなかったし正直想像以上だぜ……ここまで血が滾るのはよぉ!!」


酒呑童子は嬉々とした様子でアイラに襲い掛かる。 それは今まで以上の速力を以ってアイラを倒そうと牙を剥いた。


「くっ……」


流石のアイラも急に速力を上げられたら対応出来ず、いいのを何発か貰うが何とか防御に回ってそれを凌ぐ作戦に出る。攻防が逆転した瞬間だった。 酒呑童子は今までの分を返さんと言わんばかりの猛攻を見せる。



「っっ……!!」


モロに顔面に入り、洞窟の壁に叩きつけられるアイラ。肺の空気が吐き出され、咽せるアイラに無情の一撃が降り注いだ。 酒呑童子の跳び蹴りが咽せるアイラの顔面を的確に捉え、勢いそのままに洞窟の壁に捻じ込む。

轟音が響き、洞窟内が振動している事から酒呑童子の決めの一撃だと言うことは誰の目から見ても明らかだった。


砂塵が巻き上がっていたがそれも暫くしたら晴れ、アイラの様子を見た酒呑童子は笑い声も漏らす。


「ははは……これで俺の勝ちだなぁ? さて、次はどいつだぁ!?」


アイラがピクリとも動かないのを見て酒呑童子は次の標的をシルヴィア達に定める。しかしシルヴィアが微笑を含みながら酒呑童子に言葉をかける。


「まだ勝ちだと決めつけるのは早くないかしら? 酒呑童子ちゃん……?」


「何っ!?」


シルヴィアの言葉を聞いた酒呑童子振り向きざまに顔面が大きく弾け飛んだ。


「がっ……」


数歩よろけるが 、夥しい量の血が地面に飛沫となって付着する。そして攻撃の主であるアイラを睨み付けるように見据えると歯軋りをした。 まだ倒れないアイラに強い憤りを感じるのだろう。


「何故だ……何で倒れねぇ!! 今ので決まってれば完全に俺の勝ちだった! それなのに何故まだ……!」


吐き出すように言葉をアイラに投げ掛けるがアイラはただただ笑った。冷笑のようにも感じ嘲笑のようにも思えるその笑みは酒呑童子を一瞬凍らせた。


「私は倒れない……。 私が倒れる時は自分の心が折れた時か、私の命が終わる時だけ。

それまではたとえ足が吹っ飛ぼうが腕が無くなろうが何処まででも立ち上がってみせます。 それが私ですから」


そう言ったアイラの言葉は有無を言わせぬ雰囲気を醸し出しており、酒呑童子をたじろがせた。その様子に酒呑童子は冷や汗が止まらなかったがゆっくり深呼吸をすると目を見開く。 その目はアイラを射抜いていた。


「俺もたった今、覚悟を決めた。 アイラ、お前に勝つには文字通り死力を尽くすしかねぇ……。 お前には負けねぇ……負けられるか!! "酒乱怪神" !!」


酒呑童子の身体が大きく仰け反り、力を解放する。衝撃波が駆け巡り、酒呑童子の足元の地面が陥没する。 それを見たアイラもオーラを紅色に変化させると膨大な量を纏わせる。


そしてお互いの姿が消えると、中央部分で激突した。 拳が激突するたびに衝撃波が駆け巡り大気を震わす。 超高速で行われる死闘は僅かにアイラが押していた。 威力は酒呑童子にはやや劣るもののそれを跳ね除ける勢いの速度で補完している。


「おおおおおおお!!!」


酒呑童子の裂帛の気合いを見せ、アイラの超速戦闘について行っている。 拳を躱し、蹴りを避け、時にはカウンターと意地を見せるがそれまでだった。 大振りのそれはアイラに容易く躱されると、右腕にオーラを一極集中させたアイラの渾身の一撃が酒呑童子の身体を砕き、洞窟の壁に深い穴を作るように酒呑童子の身体が壁に突き刺さった。


洞窟はこれ以上無いというほど揺れ、たちまち砂埃と砂塵に覆われる。


「"ケミカル・ブラスト"」


シルヴィアが手のひらで極小の風の球を生成するとそれを砂塵の中に放つ。 すると一瞬の内に砂塵を吸収に暴風と化す。 その暴風はシルヴィアが指を鳴らすと徐々に消え、洞窟の壁に凭れ掛かっている酒呑童子が姿を現した。


アイラは疲労困憊の身体に鞭を打ち、すぐさま酒呑童子の元に行くと見下ろすように酒呑童子を一瞥する。酒呑童子は服が破れて素肌が露わになっているがそれを微塵も気に留めず、アイラを見上げた。


「……俺の負けだな。 ちっ、強えなぁアイラ。 俺が本気を出しても勝てなかった相手だ……お前と戦えた事を誇りに思うぜ」


息も絶え絶えの様子だったが清々しそうにアイラに笑みを零す酒呑童子。 それに僅かに心を痛ませるアイラ。 不意にアイラの肩に手が置かれる。 アイラが振り向くとシルヴィア達がアイラのすぐ後ろまで来ており、シルヴィアがアイラの肩に手を置いているようだった。 それを確認したアイラはすぐに酒呑童子へと視線を戻す。


「それとな、俺の身体はもうすぐ消える。 限界を超えて戦ってたってーのもあるが、"酒乱怪神" をあそこで使っちまったからな。 普段の俺は酒を飲んで強くなるが、"酒乱怪神" は今までに飲んだ酒を分解……消費して莫大な力を得ている。 その副作用が俺の身体の塵化だ」


酒呑童子は腹部に空いた穴から出る血に視線を落として、ポツポツと喋り出す。


「塵化……」


アイラがボソっと呟く。 初めて聞いた単語に理解が追いつかないのだろう。いや、少なくとも理解はしているだろうが、どういう現象かは皆目見当が付かないと言った様子だった。そのアイラの言葉に酒呑童子は首肯する。


「ああ……俺の足元を見てみろ。 既に塵化が始まってる。 もうお別れだな」


酒呑童子の言う通りに足元に目を移すと、酒呑童子の足首が無くなっており、それが少しずつ少しずつ酒呑童子の身体を塵化させて行っているようだ。


「あと、見ず知らずのお前らに頼み事をしても良いか? こんなんだし、断ってくれるなよ? 島の奴等に悪かったって謝っておいてほしいんだ。 怯えさせて悪かったなって。 本当はもっと酒を飲み明かしたかったと伝えておいてほしい……」


下半身が塵化によって消え上半身にも及んで来た酒呑童子がそう言ってきた。それは酒呑童子の隠していた本心だろう。 アイラ達が首肯すると酒呑童子がやりきったような笑顔を見せた。そして最後にアイラを見るとアイラに対してこう述べた。


「アイラ……お前はもっと強くなる。 強くなれるさ。 俺に勝ったんだからな……最後に良い夢を見させてくれてありがとな……」


その言葉を最後に酒呑童子の身体は全て塵と化した。 アイラはしばらく呆然としていたが、踵を返し洞窟を後にしてあの老人の元へ急いだ。


シルヴィア達は老人に事の経緯を軽く説明すると老人からお礼を言われた。


「そうですか……あの酒呑童子が。 あの洞窟を酒呑童子の墓として毎年墓参りはしたいと思っています……これは私達の身勝手な行為ですが、やはりあの楽しかった日々は中々忘れる事は出来ませんからね……ありがとうございました」


「いえいえ、良いんですよ……。これで私達の役目は終わりましたし。 そういう精神は凄いと思います」


シルヴィアがさぞ感心したように返す。老人が疑問に思っている内にシルヴィアが空間を突くと空間に穴が開く。 その出来事に老人は腰を抜かすと口を開閉させる。


「これからも酒呑童子の事を忘れないでいてあげてください。 その心が大事ですから」


アイラが最後に老人に向けて言葉を放つと、空間の奥に消えていき、空間の穴が閉じる。


「…………こりゃ驚いた」


腰を抜かしながらその言葉を出すので精一杯の老人であった。

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