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原初の苦悩

 未だ滾る戦気を迸らせながら諸悪の根源、原初の苦悩を睨み付けるシルヴィア達。しかし原初の苦悩は何処吹く風と言わんばかりに屈託の無い笑顔を浮かべていた。 それが嫌悪感に起因すると色香は顔を顰めた。


「ッッ……! 私達は今から完全で完成された原初の苦悩と戦うわ。 苦悩が不完全であるなら自由はその逆……完全よ。油断しないで!」


 そう色香が言い切った時には既に色香の全身に切創が及んでいた。何が起きたか理解する前に色香は絶命する。 しかし形そのものである色香は絶命も1つの形として色香に帰結するので絶命した色香としてそこに存在し続けていた。


(やられた……。完全な存在であるからそもそもあらゆる必要を必要としないっ……!制限や場所にも制限されない。そして、既に行動を終えている……何一つ弱点が存在しないから私でも看破出来ない)


 色香は歯噛みする。後手に回らざる得なかった。チラと目をやるとシルヴィア達の生首が転がっている。 やはり格が違い過ぎた。


「弱過ぎる……弱過ぎて欠伸が出るぞ」


 冷徹な声が聞こえてきた。発言者はやはり原初の苦悩だ。 原初の苦悩は長大な矛を顕現させており、それを回して遊んでいた。


「その程度ではとてもでは無いが全力は出せんな。しかし戯れには丁度いいか。 これが何か分かるか?」


 色香に持っている矛を見せる。原初の苦悩は悪戯に笑ってみせると矛を構える。標的は勿論色香だ。


「これは全知全能の矛と言ってな。私が今作った。 この矛は不可能性を持つ全ての存在と概念を例外無く滅ぼす。無論、それはこの矛も対象内であるから全てを滅ぼした後に自壊する。 頭の悪い貴様でも分かりやすいように教えてやる。 あくまで一例に過ぎないが例を挙げるならば不可能性とは能力上『突破不可能』とされるものだ」


「不可能性……まさか!?」


 原初の苦悩が何を言わんとしてるのか理解した色香は全力を以って干渉不能性と不滅性を上げる。 原初の苦悩はそれを苦笑で返した。


「憐れだな黒金色香。 貴様らは全知全能だったな? 良い機会だ。これを喰らわせてやる。

  全知全能に対しても有効だからな。全知全能殺しだ。 全知全能は自身を超える存在を作る事が不可能であり、どれだけ本質的に勝っていようと本質負けする相手が勝つ等の不可能性が存在する為どうやっても抗う事が出来ない……パラドックスの応用だな。死ね」


 正確に放たれたそれは色香の身体を貫通すると地面に直撃し不可能性の存在する全てを例外無く滅ぼし、全知全能の矛も自壊した。 原初の苦悩は嘆く。


「貴様らは意思や思考に縛られた不自由な存在だ。しかしあらゆる自由は不自由の上に成り立つ以上は仕方ないのかもしれんな……」


 不意に原初の苦悩の死角から攻撃が放たれるがそれは原初の苦悩に届く事は無かった。


「驚いたな。まだ生きてるか色香」


「はぁ……はぁ……はぁ、殺す!」


「私を殺す? 冗談はよせ。あらゆる攻撃手段や防御手段を用いても私は殺さない。そもそもそれらを用いる時点で不完全である証左だ」


 既にボロボロの色香だったが死力を尽くして原初の苦悩に軽くあしらわれる。気がつくと原初の苦悩の顔が色香の目の前にあった。あまりの近さにお互いの鼻先が触れる。


「私は完全な存在だ。苦悩の私に制限を掛けられた貴様が勝てる筈無い。不完全は完全になる事は無い。 世界は苦悩で満ちている……現実の世界を見ろ。そんな世の中でどうして私に勝てようか色香よ」


 色香の胸ぐらを掴んで唾棄すべき事実を告げ突き放す。しかし諦め切れないのか色香も負けじと原初の苦悩の胸ぐらを掴む。


「私は!! それでも、あなたを倒す!! そろそろ全ての存在は苦悩から解放されるべきなのよ!!」


「馬鹿馬鹿しい。戦争、飢餓、格差、生老病死、環境、思考……まぁ貴様らと世界が抱えてる苦悩の一例だ。 全ての理想? ククク、笑わせてくれる。 全ての存在がそれらを望んだ事になるな。 誕生そのものが苦悩なのだ。解放もクソも無いだろう。 死も解放とは程遠い」


 原初の苦悩は色香を殴り付ける。 原初の苦悩は何かを思い付いたかのように手を叩く。


「少し遊んでやる。 光栄に思えよ?」


 原初の苦悩は嬉々として力の一部を解放した。


「可能性は無限だ。 無限の可能性を秘めている事で現在敷かれている定義や仮説が覆る可能性を否定出来なくする。 これによって定義や仮説に苦悩が生まれ同時に苦悩で逸脱される……。さらに上記の状況が絶対に起こらないというのも逸脱してしまえば強制力も説得力も皆無だ。 あらゆる可能性は苦悩によって生まれ出るから強化も兼ねているな」


 苦悩の方の原初の苦悩が現れ、さらに強化されていく。自由は苦悩に統合され縛り付けられる。


「ククク、素晴らしい力だ、 全ての仮説は空説に過ぎん。 苦悩で全てを縛りつつ自らはそれを逸脱する。 色香、お前はどうやって私を倒すというんだ?」


 色香の半身が消し飛ばされる。 認識を当然のように超えていき、半身が消し飛ばされたという認識も認識出来ない色香は吐血しながら瞠目した。


「ッッ、ふざけるな……全てを犠牲にしてでもあんただけは絶対に!」


「苦悩だなぁ色香。その言い方だと全てを犠牲にしなければ私は倒せないと言ってるようなものだぞ。逆説的苦悩だ」


 身体という概念ごと消し飛ばされる。しかし完全な無にはならない。無のパラドックスを応用した不滅性を以って色香は存在する。原初の苦悩は辟易したかのように頭に手をやった。


「我ながらとんだものを作ったものだ。もう十分だろう? 理解してる筈だ。どうやっても苦悩から逃れる術は無いと。 貴様以外のゴミも綺麗さっぱり消滅した」


 色香の猛攻も原初の苦悩には届かない。全能の逆説によって逸脱してるからだ。


「全知全能も笑い種だな。こうも簡単にあしらわれるとは」


 瞬間、原初の苦悩の身体は崩れ落ちた。あらゆる不条理と理不尽が襲い掛かり全てが崩れていく。 原初の苦悩は呆気なく死んだ。


「やれやれ……貴様にしては考えたが、この程度で私を殺せると思うな」


「ッーー化け物が!!」


「物語を作ったのは誰だと思っている? こういう(・・・・)のも想定済みだ。もういい。世界観消去(リセット)だ」


 その瞬間、世界観が消失し、全てが白に染まった世界が出来上がった。 全てが始まる前の世界。何者も存在出来ない世界に原初の苦悩と色香は存在していた。


「……懐かしいなここも」


「………」


 懐かしむように原初の苦悩は目を細める。 色香は戦意喪失したのか脱力し諦観した表情で原初の苦悩を見ていた。原初の苦悩は椅子を2つ用意すると座り、色香に座るように促す。


「それなりに楽しめたが、満足の行くものでは無かったな今回の物語も」


「……ねぇ、原初の苦悩。 あなたは何者なの?」


 先程とは打って変わって落ち着きを取り戻した色香が蚊の鳴くような声で問いを投げ掛ける。原初の苦悩は顎をさすりながら頷く。


「私にも分からんよ。自由から生まれたのか、苦悩から生まれたのか」


「そっか……。 シルヴィア達……あの子達は原初の苦悩に翻弄された物語だったと言っても良いのかしら?」


「ああ、苦悩をトリガーとして存在してるからな。 まぁどのような物語になろうと苦悩からは逃れられん。 世界観の根幹が……根源が私だからな」


 原初の苦悩が吐露すると色香もフフッと上品に笑った。その様は年相応の少女のそれだった。


「ねぇ原初の苦悩? あなた寂しかったんでしょ? だからこんな大掛かりな物語を作り、私やあの子達を敵にしてそれを自身も楽しんでた……寂しさを紛らわす為に」


「…………」


「一旦冷静になって考えてみたんだけど、苦悩とはどうやっても切り離せないのなら、無理に切り離すんじゃなく苦悩との向き合い方が大事なんじゃないかって」


 色香の本心に原初の苦悩は核心を突かれたと内心苦笑する。


「苦悩と向き合う事によって本質が見えてくるのならそれで良い。 原初の苦悩、無意識に寂寞に縛られてるあなたは今考えると何処か無理してた」


「何が言いたい?」


 色香は含み笑いを浮かべると、逡巡し破顔した。


「私が友達になってあげる。そして、これからはあなた1人で物語を作るんじゃなくて、私も作らせてほしい。一緒に作りましょう?」


 屈託の無い笑顔に原初の苦悩は悪態を突いた。


「チッ、我ながらとんでもないものを作ったものだ。だが、悪くないのかも知れんな。新たな形……色香、貴様に諭されるとはな」


 色香に右手が差し出される。 色香も差し出された手を握り締めた。 そしてお互いが屈託の無い笑顔を浮かべた。新たな物語の幕が上がり始めた瞬間だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いいね。平和とか平等が成り立たないことを原初の苦悩という存在がメタファーとしてよく表してる。だから向き合い方が大事ってメッセージだろうか。ありがちだが、原初の苦悩の超越的な強さでインパクト…
2023/05/05 13:00 いいね太郎
[良い点] 戦闘が熱い、個性的なキャラ達。 [気になる点] キャラの動作が少ない。 [一言] 見させて貰いました。 内容は面白かったんですが、キャラの細かい動作の描写が欲しかったです。 細かい指摘です…
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