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物語

「物語……?」


 原初の苦悩の言葉にシルヴィアが眉を吊り上げる。それを聞いた原初の苦悩は笑みを浮かべたまま大仰に両手を広げた。


「そうだ。これは私が作った『物語』だ。貴様らも漫画くらいは知ってるだろう? 私からすればソレを見てる感覚に近い。 主人公は私以外の全てだ。くくく……まぁまぁの暇潰しにはなった」


「そんな理由で……! お前が全ての元凶か……原初の苦悩!!」


 ふざけた物言いの原初の苦悩にシルヴィアは怒りを露わにする。しかし原初の苦悩は可笑しそうに腰に手を当てるだけ。


「ククク……シルヴィア、哀れなる魔王よ。貴様もそうだが今まで見てきた全ての世界の住人は幸せそうにしていたか? 違うだろう。皆何かしらの苦悩を抱えていたはずだ。世界は不完全だ……ともすればそこに住まう全ての存在は不完全性が存在する。道理だろう? 」


「ッッ……」


 原初の苦悩の言葉にシルヴィアは黙ってしまった。確かに今まで渡ってきた世界の全てで何かしらの苦悩を見てきた。 しかしだからと言って苦悩に抗ってきた人々がいたのも事実だ。 シルヴィアは歯軋りをして叫ぶ。


「確かにそうだ。 でも苦悩に抗った人々もこの目でたくさん見てきた! そうして苦悩を乗り越えた人達を私は知ってる! 苦悩は乗り越えられる……だから私はお前を倒す!!」


 シルヴィアから膨大な殺気が溢れ出す。 その殺気だけで死を迎えてしまうほど。シルヴィアの殺気を物ともせず原初の苦悩はそよ風を浴びるような感じで平然と立っていた。


「ククク……流石は主人公と言ったところか。私を倒す? 面白い冗談だ。 色香にすら劣る貴様らが私を倒すだと? 良いだろう。最初で最後のチャンスをやろう。見ているのも最早飽きてきた所だった」


 原初の苦悩はルシファーの亡骸を消し去ると哄笑をあげる。 それを合図に色香を除く全員が臨戦態勢に入った。


「待って皆!! 原初の苦悩は絶対に倒せない(・・・・・・・)! 」


 色香が叫んだ。 その言葉に全員が動きを止める。 原初の苦悩は笑みは崩さず片眉を吊り上げる。 シルヴィア達は色香の方に集まった。色香は息を吐くとシルヴィア達に言い聞かせるように言葉を掛けた。


「アイツは……苦悩そのもの。自由を縛る根源的な苦悩にして完全な自由という存在そのもの。 何者にも縛られず制されないけど、一方で何者も縛り制す……こんな規格外な存在よ」


「だからどうした……私達全員で力を合わせれば」


 フィレーナの言葉に色香は首を横に振る。


「その行動自体が苦悩なのよ。 苦悩は原初の苦悩によって存在し、原初の苦悩は苦悩によって存在してる。 力を合わせなければ倒せないというのは……逆説的な苦悩に縛られてる」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる色香に氷雨とルーシィーが息巻くように鼻を鳴らしてドヤ顔を決める。


「私達で突破口を開く。色香、あんたなら苦悩をどうにか出来るんじゃない?」


 ルーシィーの言葉にも色香は首を横に振る。


「私でもダメ。 形に苦悩が付随してるから……倒せない」


 弱気になる色香の背中に張り手が突き刺さった。 氷雨が色香の背中に張り手をしたのだ。


「そんなんでどうするのよ黒金色香。 全てを終わらせるわよ」


 いつになく真剣な表情の氷雨は拒絶の炎を纏うと原初の苦悩という存在そのものを拒絶し、駆けた。


「朧 氷雨……貴様も苦悩していたな?」


 当然のように拒絶は無効化され氷雨は舌打ちする。 拒絶の炎を纏った拳を回避不能の速さで連打するがその全ては原初の苦悩には効かなかった。


「ククク。青い、青いな。 拒絶とは認められないものが存在するという事の証左だ。自由を元に不自由性を持って生まれた貴様らじゃ私に傷1つ付ける事は出来んよ」


 万物を拒絶する筈の氷雨の猛攻を片手であしらいながら冷笑を零す原初の苦悩。


「そもそも何故行動した? 行動しなければ倒せないというのなら逆説的な苦悩に縛られてるぞ。 ククク……行動しなければ私が自滅する可能性があったというのに。 馬鹿な奴等だ」


「その為の俺のだろう?」


 原初の苦悩の背後に長谷川が居た。その意味を理解した原初の苦悩はなおも冷笑を吐き出した。


「ああ、つくづく馬鹿な奴等だ。全ての可能性を選ぶ事など不可能だ。 1つの可能性を選んだ時点で選ばれなかった全ての可能性が消え失せる……苦悩よなぁ?長谷川たつお」


 長谷川の全身が血に染まる。長谷川の体を指で押す原初の苦悩の表情は嬌笑で染まっていた。


「貴様らは苦悩をトリガーにして存在している。どのような形になろうと苦悩からは逃れられん。貴様らの存在そのものが苦悩であるから私の存在は自明よな?」


 長谷川を血みどろにした原初の苦悩は可笑しそうに哄笑の咆哮を挙げる。


「ハハハハハ!!! 全ての原因は苦悩(わたし)だ。全ての原因となる以上は何を以っても内包出来ん!!」


 未だ哄笑を挙げている原初の苦悩に対して結衣とリーネが超越神の権能を行使するが、苦悩によって逸脱される。頭を空に向けている原初の苦悩は首だけを傾けて凄絶の一言に尽きる表情でリーネと結衣を目視した。


「ククク……改変、操作、支配。これらは言わば上限の存在する自由だ。 基本それらは、それより同程度か一部分、一面しか内包出来ていない。それより上の支配や定義が出来れば何の効力も持たなくなり支配される側に回るという脆弱性を持つ。 攻防の規模も同様だなぁ……これを苦悩と言わずになんと言うのだ? これらで私を倒せると思わん事だな」


 超越神の権能が悉く霧散する。


「能力があれば、力があれば……逆に言えばそれらが無いと何も出来ない雑魚ですと言ってるようなものだ。 どのような質や数があろうとそれに頼る時点で逆説的な苦悩に内包される」


 原初の苦悩が腕を横薙ぎに払うとそれだけでシルヴィア達に深刻なダメージが入った。


「ッッ〜〜〜〜〜!!」


「力だけあっても無駄だ。 何かを守る、何かを破壊するくらいしか使えんだろう? 何かが無いと何も出来んようでは自由には程遠い。

 さて、貴様らの力はこの程度か? 覆して見せるのだろう?この苦悩(わたし)を」


 圧倒的な実力で超越神達を屠る原初の苦悩はつまらなさそうに首を鳴らす。絶対的な存在はどこまでも強大だった。 原初の苦悩の死角からあらゆる形の表現で構成された攻撃が直撃する。 直撃したがそれでも微動打にしない原初の苦悩は流し目で攻撃を放った張本人を一瞥した。


「ようやくか色香……」


 待ちくたびれたように零した言葉に色香は焦りと怒りが入り混じった表情で原初の苦悩を睨んだ。


「ククク、なんだその顔は? 『全ての希望にして理想の存在』、『最良の存在』、『究極的な個』、『唯一の形』 かつて様々な異名を持った完成された存在……黒金色香。 私が初めて作った人類よ」


 色香の登場で機嫌を良くした原初の苦悩はまたも大仰に両手を広げる。 それに対し色香は眉間に深い皺を刻み、血管を浮かび上がらせていた。 原初の苦悩はそれを無視し饒舌に話続けた。


「私は完全な存在であり完成された存在であると同時に、不完全な存在でもある。この矛盾もまた苦悩。その苦悩という1つの不完全から作り出された完全な存在……それが色香、お前だ」


「……知ってる。私は色と形そのもの……苦悩から形は生まれた。 故に……万物の形に苦悩は付随する」


「ククク……これが逆なら私はお前に勝てなかった。 が、お前は立ち向かってきたな。全ての理想を体現する者として、人類の希望だった。そして、私に敗れた。全ての存在の理想を体現した世界の構築……こんな無理難題を理想として引っさげて」


 まだ超越神達も生まれていない原初の世界の頃の話だった。色香は当時の事に思いを馳せながら拳を握り締める。


「あれも、あなたの物語だったとでも言うの?」


「無論だ。ククク……苦悩は問題でもある。世界に蔓延る全ての問題も苦悩を元に成立してる……全ての問題を解決しない以上は私に傷は与えれんぞ?」


「今度はあの時みたいには行かない」


 色香の言葉に原初の苦悩は苦笑を零した。


「その結果があのゴミどもを向かわせただけか?」


 色香は瀕死のシルヴィア達を憐れみを込めな目で見やる。嘆息するとシルヴィア達の傷を治し、強制的に全ての力を引き出させた。


「あなた達でも居ないよりはマシだから」


 そう呟く色香の言葉はどこまでも冷たかった。しかしその一言でシルヴィア達の戦意を滾らせるには充分過ぎた。


「今度はああは行かないぞ原初の苦悩」


「雑魚がどれ程いようが苦悩の一言で片付く。貴様らをここで殺すのは容易いが、それではつまらん」


 原初の苦悩は溜息を吐くと指をパチンと鳴らす。すると原初の苦悩より小さな原初の苦悩が姿を現わす。

 と同時に色香の存在感が薄くなる。


「!?」


 色香が瞠目し原初の苦悩の方に目をやった。


「色香、貴様に枷を付けた。外したければそこの私をゴミ共と協力して倒すんだな。 倒せなければ世界観消失(リセット)だ。精々足掻いてみせろ」


 そう言い残すと原初の苦悩は姿を消す。残ったのは小さな原初の苦悩だった。信じられない程の笑顔を見せており、側から見れば無垢な幼女と言っても過言では無かった。色香は警戒感からか冷や汗を流していた。


「ッッ……気を付けて。あれは恐らく自由(・・)の方の原初の苦悩よ」


 色香も対峙するのは初めての存在だった。色香の言葉に従い全員が警戒を強める。 小さな悪魔はただただ嗤っていた。

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