形無き世界と原初の堕天使
無限の闇に呑まれたシルヴィア達は五感が一時的に遮断される。万物を超越した超越神が感覚器官に干渉されそれを一時的に奪われたのだ。思わずフィレーナは苦笑を零す。
「私達に干渉する空間とはな。ここに黒金色香がいるのは間違い無さそうだ」
そう言うが無限に続く虚無の空間で闇雲に探しても成果は得られないだろうと考えた。見かねた氷雨が嘆息を吐きながら腰に左手を当ててやれやれと首を振る。
「破壊すりゃいいのよ。こういうのは」
拒絶の炎を纏い空間そのものを拒絶する。しかしそれ自体が拒絶された。それに気付いた氷雨は瞠目すると同時に盛大に舌打ちした。
氷雨の失敗を見たルーシィーは氷雨を鼻で笑うと自慢気にツインテールと胸を揺らす。
「残念ね〜キャラ被り。 ここは経過支配の私に任せなさい。思いつく全ての方法で試すわ。同時にね」
ドヤ顔で氷雨を見やるルーシィーはうざったい勝ち誇った表情をしていた。それに青筋をいくつも浮かべる氷雨だったが結衣達周りに宥められ事なきを得た。
「……!」
無限の虚無空間にヒビが入り、ガラスが砕け散るように割れた。 ヒビ割れた空間の中は形として表現出来ないなんとも形容し難い世界が広がっており、1人の少女が体育座りがその世界に存在していた。その少女は生気の無い双眼と色素の抜けたような髪をしており、普段は綺麗であろう髪は地面についていた。その異様な存在に全員が絶句し、未知なる存在に対する恐怖が湧き上がってきた。
「……お前が黒金色香か?」
震える口調で問うフィレーナ。その言葉に反応した少女がフィレーナ達に双眸を向ける。
「違うと言ったら? 私が『原初の苦悩』だとしたらどうするの?」
声は背後から聞こえた。目を離してなどいなかった。注意もそれに対する意識も怠ってなかったが、それをすり抜けて背後から声が聞こえた。声の聞こえた方に振り向くと先程の姿は何処へやら。金髪を腰まで流し、黒を基調としたドレスと鎌を携えた少女がそこに立っていた。 超越神の性質全てを駆使してもソレを認識出来なかったという事実に全員に怒りが湧いた。
「……貴様が黒金色香で間違い無さそうだな? 私達を前にしてもその余裕ぶり。何より、私達が知らない、未知なる存在を指すのは貴様と原初の苦悩だけだ」
フィレーナの断言に金髪の少女は鎌を携えたまま嘆息して首を横に振った。
「やーねー……何故私を黒金色香と断言出来るのかしら? 証明材料が無い。黒金色香の姿を見た事ある人はこの中にはいないんでしょ? なら判断のしようがないじゃない。 つくづく馬鹿ばかりね」
小馬鹿にしたような態度。事実、少女はシルヴィア達に舌をチロリと出して面白がって煽っていた。それに殺意を覚えたのが氷雨とルーシィーだった。 しかし、動こうとしても動く事が出来なかった。 それは全員が全員同じ現象に陥っていた。
「誕生には形がある。形を伴って誕生している以上はどのような形であれ既に私に看破されてる。どうも、不出来な超越神さん達?」
冷徹な声が響く。それを認識したと同時に少女の姿も変わっていた。 炎のような紅蓮を連想させる髪と瞳が特徴的だった。少女は紅蓮の瞳に冷徹さを込め、こう口を開いた。
「私が黒金色香よ。 貴方達を含む全ての産みの親」
*
自身を黒金色香と称した少女は次々と自分の姿を変えながら遊んでいた。 老人、子供、様々な年齢層の男女や魔物、竜などの人外にまで。彼女になれないものは無かった。 色香は絢爛豪華な玉座を作るとそこに足を組んで座る。 そして憐れみを込めた目で12人の存在を眺めていた。
「飽きたわね」
その一言で玉座が消滅しシルヴィア達を縛っていた何かが無くなった。 そして呆れたように肩の力を抜く色香にフィレーナ達が詰め寄った。
「よくもやってくれたな不出来な創造主、黒金色香!」
そう憤慨するのはフィレーナ。しかし色香は何処吹く風と言わんばかりにフィレーナと目を合わせなかった。それがさらにフィレーナの怒りに拍車を掛けた。
「このっ!!今すぐ殺してやる!」
存在そのものが平等であるフィレーナは彼女が存在するという事実だけで万物を無と同列にしていた。しかし、その自慢の存在は色香という存在に簡単に看破されていた。
「無駄よ。 誕生したという事実が先行する以上は私にどのような能力も理屈も通じない。あとはそうね……根源的な弱点ないし潜在的な弱点や隙が形として存在する以上はそれを突かれて無条件で私に看破されてる。 平等にする事しか出来ないあなたじゃ私は倒せない」
フィレーナを人差し指で押して退かせると他の11人に目を向ける。
「もちろんあなた達の能力や存在も看破済みだしあなた達の能力の全てを上位互換という形で私は内包してる。そういう存在として形を持って誕生してる以上わね」
無限に広がる虚無空間の定義と意味を改変しながら色香は告げる。法則も定義も形として存在する以上は操作も彼女にとっては簡単なものだった。目の前の景色がガラリと変わる。 虚無空間が崩れ、無機質な玉座の間に変わった。 色褪せた装飾が施された玉座に座っていたのは女の堕天使だった。
「……原初の堕天使、ルシファー」
堕天使を決定づける漆黒の翼。 原初の堕天使ルシファー。 遥か高次元世界の熾天使だった存在が下位次元のこの空間まで堕とされた堕天使。
「何故こいつがここにいる……? こいつは私達が数億年前に倒した存在だ。 貴様、何かやったのか?」
色香に喰って掛かるフィレーナを無視して色香は淡々と告げた。
「この堕天使……原初の堕天使ルシファーを倒しなさい。 1つ目の試練よ。貴方達に原初の苦悩と戦う資格があるか見極めさせてもらうわ」
色香がパチンと指を鳴らすと原初の堕天使であるルシファーが玉座に腰掛けたままゆっくりとその双眸を開いた。
「私が誰か知ってそこに立っているのか?
原初の堕天使……ルシファーだぞ!!」
ルシファーから迸る極限の圧は全ての空間を震わせる。しかし震わせるだけで破壊はされなかった。色香が細工をしてるのだろう。
「雑魚が良く吠えるわね?」
ルーシィーの一閃。思い付く全ての方法を同時多発的に発動させながら蹴りを入れ込む。
誕生を認識した時点で経過したという事実が生まれるので色香の下位互換的な扱いだがそれでも破格の強さを誇っていた。 同時にルーシィーは思い付く全ての方法では倒せない。思い付く時点でそれは経過を意味しているからである。万能性が1番高いのが彼女だろう。
「ク……ハハハ!! いいぞ! ルーシィー!!」
ルシファーは狂気に染まった笑みだけでそれを掻い潜った。そして肉薄。
「っ!? 嘘っ……!!」
瞠目するルーシィーの顔面に掌底を叩き込む。ルーシィーを援護するように他の超越神達がルシファーを襲うが覇気だけで圧倒した。
「くっ……!」
「チィッ……」
明らかに堕天使としての力を超えていた。
シルヴィアが世界を不変にし変化から切り離そうとするが無駄に終わる。
「俺だってこういう事くらいは出来んだよ!」
長谷川の流れを支配する力で形の流れを操り、擬似的にではあるが色香と同等の力を生み出した。 避けられない形、倒される形とルシファーにとって不都合過ぎる表現が形となって不可視で襲う。
「ッッ!!」
見事に直撃し腕と腹部にヒビが入る。さらに猛撃。 今がチャンスと言わんばかりに長谷川が流れを引き寄せる。 それに合わせて全員が全力の一撃を繰り出す。 それぞれの渾身の一撃が放たれ、ルシファーを押し潰した。ヒビが全身に刻まれたルシファーが崩れ落ちる翼を無視しながら色褪せた玉座に座る。
「諸君、実に見事だった」
不意に拍手と声が聞こえた。 ヒビ割れたルシファーの『中』から現れた存在から発せられた。 それは少女だった。 褐色肌と銀髪が似合う、切れ目気味の翡翠の瞳を宿した少女。 フリルのドレスを着た少女は獰猛に嗤い、興奮したように口を開いた。
「私が『原初の苦悩』だ。ああ、実に良い『物語』だったよ」
原初の苦悩の嗤いと拍手が残響を余韻として消えていった。




