超越神
海水浴の翌日、シルヴィア達は食卓机を囲いながら結衣の手作り料理を食べていた。ピリ辛に味付けされた手羽先に香りが際立つ炊き込みご飯とお吸い物の品々だった。
「結衣、今日も美味しいわよ。これなら何杯でもイケる」
「お姉ちゃん、褒め過ぎだって。恥ずかしいよ」
ベタ褒めする氷雨に結衣は紅潮する顔を手で隠した。
「朝からイチャついてんなぁ……」
長谷川がボヤくも氷雨から滲み出る鋭い殺気に冷や汗を流した。
「全く、今日はこれから重要な事をするのよ? あんた達気張りなさいよ。最悪死ぬから」
そんなんでどうするのよ、と付け加えて手羽先を頬張る氷雨にタツヒコは眉を曲げた。
「俺ら超越者が束になっても勝てないような相手か?」
「ま、私ならともかくタツヒコ、あんたは厳しいんじゃない? 奴等が素直に私達に協力してくれるか分かんないし」
「奴等って超越神って奴か? 万物を超越した管理者。 そもそも、何で協力なんだ?」
「世界を不完全な形で作り出した、または作らざるを得なかった元凶がいるわ。 その元凶を倒すために協力を仰ぐ。正直助力を得ても厳しいと思うけど」
氷雨は嘆息を吐くと残りの手羽先と炊き込みご飯を平らげると席を立った。
「結衣、ありがと。最高だったわ」
結衣にウインクをする。 結衣は顔を赤らめながら頷いた。
「で、その方法はどうするんだ?」
長谷川の問い掛けに氷雨は淡々と告げた。
「結衣の信仰召喚……神を召喚する力で超越神達をここに呼び寄せる。 私の拒絶で上限を破棄させてね。 際限の無い力なら奴等も面白半分で干渉してくるんじゃない?」
「……上手くいくと良いがな」
「そこは運次第でしょうね」
氷雨は洗い物を終えるとシルヴィア達の食事に費やす時間そのものを拒絶した。 氷雨が指を鳴らすと外にいる事に気が付いた。
「お前、どこまで自分勝手なんだよ……」
「うるさい。私は私よ。結衣以外は全部有象無象よ」
タツヒコのぼやきを一刀両断し、結衣にアイコンタクトを送る。 結衣は頷くと膨大な神の力が溢れ出した。髪と衣服が強風によって靡き、光が漏れ出す。
「私は神の依り代でもあります。超越神達も私を器としてここに顕現するでしょう。顕現します」
結衣のひとことが皮切りになり世界が白い光で包まれた。
「ほう、ちょうど6人か。 キリが良いな」
「私達を直接呼び出すなんてね。数億年ぶりの世界だし、面白そうだから干渉しただけなんだけど」
そんな余裕とも取れる言葉が紡がれた。 光が収まるとそこに居たのは10代半ばと思われる6人の美少女達だった。
「私達が現超越神だよ。私はネフティ・シンゼレイ。 よろしくね」
黒髪を背中まで伸ばしたあどけなさの残る表情をした少女が破顔した。天女のような羽衣を身につけたその衣装は異性の劣情を焚き付けるには充分に過ぎた。
「っっ……!!」
タツヒコは戦慄した。絶望と表現するに相応しかった。それほどまでの圧倒的な差。 発狂したい衝動に駆られる。 精神が破壊されそうだった。
「ぐっ……!」
「ほう……私達の姿を認識しても存在概念ごと砕け散らないか。 流石次代の超越神だ」
ネフティの横にいた赤髪ポニーテールの美少女が感心したように呟く。 その言葉にシルヴィア達は驚愕に顔を染めた。それを不思議に思った赤髪の少女は顎に指を乗せると唸った。
「なんだ、自分達がどんな存在か気付かなかったのか? このまま順調に行けば貴様達が次の超越神だった。全く、悉く予定を狂わせてくれる」
「フィレーナ。喋り過ぎ。まぁ、構わないけど」
「ルーシィー……」
赤髪ポニーテールの少女をフィレーナが諌められる。 ルーシィーと言われた黄緑色をしたツインテール、白のポロシャツとGパンを履いた少女はポロシャツのボタンを1つ開けた。豊満な胸の自己主張の激しさが谷間となって現れる。
「お、お前らは『管理者』なのか?」
「ご名答。 私達は管理者であって創造主では無い。 創造主は別にいる。 不出来な創造主がな」
珍しく声を震わせる長谷川の問いにフィレーナが不機嫌さを露わにして答えた。さらに問い掛けようと迫ろうとした時ネフティが咳払いを起こしそれを妨げた。
「そろそろ本題に入りたいな。 君達の目的と私達の目的は奇しくも一致してる。 私達はこの世界の本当の創造主、黒金色香という存在を探してる。 君達は原初の苦悩を倒すために私達と黒金色香の協力を得ようとしている……それは良いけど、私達にとっては数億年ぶりの世界だ。君達は次代の超越神になるはずだったその力を私達に示す良い機会。 数も良い……少し戯れ合うとしようか」
ネフティの紫色に輝く瞳が射抜いた。その瞬間、ネフティを除く超越神5人がバラバラに散った。 ネフティは残った氷雨を見やる。
「よろしくね氷雨ちゃん?」
「っっ……この力、一筋縄じゃ行かなそうね」
冷や汗が身体を伝う。 苦い表情を浮かべながらネフティを睨む。 ネフティは柔らかい笑みを浮かべているだけだった。
「私は『不可』と『負荷』を支配する超越神。不可と負荷そのもの。 ネフティ・シンゼレイ。 久し振りに本気を出す事になる事を期待してるよ」
両手を大げさに広げて氷雨を迎え撃つネフティは余裕は崩さなかった。
*
フィレーナは辟易していた。 取るに足らない塵芥の相手など存分に見てきたからだ。そこに転がってる2人の男も塵芥と何ら変わりはなかった。
「やはり、塵芥は塵芥だな。 その程度で終わりとは……タツヒコと長谷川だったか。 遍在? 現在を成長起点に置き且つ意思によって無限に成長する? 無駄だ。 私は『平等』の超越神。 平等そのもの。 貴様らに勝ち目は無い」
フィレーナは平等そのものだった。他者の差異を認めず、有無を言わせず他者を全て同じにする力。異質を認めず、否定し、平等に不平等を与える。 そんな凶悪すぎる力だった。
「ぐっ……。 おおお……っ、待て」
「もがく蟻だな。 手足を失った蟻がどうして動けようか」
フィレーナは行動せずとも行動した時と同じ結果を得られた。 逆に敵対するものは行動したとしても行動を起こさなかった時と同じ結果しか得られない。 有無関係無い、平等そのものだからだ。 フィレーナは嘆息すると思わず顔を手で覆った。
「貴様らがどんな能力を持っていようが、どんな性質だろうが、意思が強かろうが無限に成長しようが、私から見れば差異が無い。酷く無価値だ。 一般人と何ら変わらん。 私の認識によって私以外の全てが平等となる」
フィレーナの言葉に耳を傾けながらタツヒコが立ち上がった。 表情は好戦的は笑みを浮かべていた。
「はぁ……はぁ……フィレーナ、お前の望みは何だ?」
「私の望み? 不出来な創造主を殺す。こんな不完全な世界でなく、全てが平等な世界を築く。 つくづく恨めしい」
「なら何で超越神になった?」
「私達以前の超越神を倒したからだ。 そこからが酷く退屈だった。 が、お前には関係の無い話だ」
その言葉を最後にタツヒコの身体から鮮血が噴き出す。 無限に成長を続けるタツヒコですら平等の前には無力同然だった。
「現在を起点に成長する……ね。 相性が悪いなタツヒコ。 私は過去も現在も未来も等しく平等だと思ってる。 イコールなんだ。 それに、経過支配を持つルーシィーに支配されるのがオチだ。 不出来な創造主……黒金色香。待っていろ。必ず貴様を殺してやる」
フィレーナはタツヒコと長谷川に一瞥もくれる事無くその場を後にした。
*
アイラはルーシィーと対峙していた。 アイラは目線を横に向ける。 氷雨がそこに立っていた。 遍在。 無限に遍在出来るアイラ達だったがそれもこの目の前の化け物には通じないだろう。そんなアイラを尻目にルーシィーはツインテールを揺らしながら腰に手を当てた。
「あんた、氷雨だっけ? あんたねぇ私とキャラ被ってるのよ!! 何で口調も髪型も同じなのよ!?」
捲し立てるような早口の怒号、猫目になってる彼女は完全に氷雨に怒っていた。 しかしキャラ被りと思ってるのはルーシィーだけでは無かった。 氷雨も青筋を浮かべながら対抗した。
「はぁ!? あんた馬鹿じゃないの? 私は私よ。それ以外の何者でもないわよ。 あんたこそ私の真似しないでほしいわね」
氷雨の言葉に神経が逆撫でされそうになったルーシィーはまたこめかみに青筋を浮かべた。
「わ……私の方が遥かに長生きしてんのよ!? 人間だった頃からこの髪型でこの口調なのよ! あんたが真似してんのよ!いい加減分かりなさいよ!!」
お互い歯軋りをし一歩も譲らなかった。それを見かねたアイラが肩を竦めていた。
「あの、喧嘩もほどほどにしてくれません? 本来の目的忘れてませんか?」
嘆息混じりに出たその言葉には呆れが過分に含まれていた。それに観念したのか2人はむくれつつも口論をやめた。 ルーシィーは腕を組んで鼻息を荒くする。
「で? テキトーに選んだのがあんた達だったけど私を楽しませてくれるの?」
「泣き喚いて謝りまくるまで楽しませてあげるから覚悟しときなさいキャラ被り」
「それは楽しみね。まぁ構わないけど。 言っとくけど私強いわよ? 超越神は序列で決まる訳じゃないけど強さには自信ある方よ」
氷雨の挑発を受け流すと好戦的な笑みを浮かべるルーシィー。力こぶを作り強いアピールをするルーシィーは見た目の歳相応の可憐さもあった。
「私は経過を支配する超越神。 誕生・派生・経過・発生・その他それに類似する表現で表せられるもの全てを支配する存在そのもの。
おまけの性質も持ってる。 数億年ぶりの対人戦……全力で楽しまないと損ね」
ルーシィーの雰囲気が一変し全身から力が滾った。 尋常ならざる力が『現在』を支配した。
「経過したものは全て私の支配下に置かれる。もちろん、あんた達の性質も能力も意思も。万物を拒絶する? 無限に連なる世界を破壊する? どんな力を以ってしても経過するという事実は覆せない。 精々楽しませなさい」
超越神達の力はどれも尋常ならざる異質なものだった。 まだ勝負は始まったばかり。 氷雨達の腕が試される試練の幕開けだった。




