"無限成長"
現在……それは人が感じ取っている瞬間瞬間の事を言う。 全ての人はこの現在にしか生きられない。それは成長も同義に等しい。
存在強度が跳ね上がり、ただそこに在るだけで世界が砕け散って行く。万物が瓦解する。放たれる攻撃は全て過去のものとなり現在に至る両者には当たらない。
「 存外に楽しませてくれるなタツヒコ! 貴公の意思か、無限成長の力か、どちらでも良い事だが」
瞬間瞬間という刹那に成長起点を置いている龍我が笑みを携えながら猛攻を与えて行く。無限成長の性質上、他者に依存せず常時己の限界を超え続ける力と、過去と未来からのあらゆる干渉を受け付けない高い干渉不能性を併せ持っている。 これらの不滅性を掻い潜りつつ攻撃を与えていかなければならない。
「くっ……!! 」
思った以上に厄介な性質だと悪態をつきながら龍我の攻撃をいなす。 ただ、それは龍我も同様だった。
「過去は今が過ぎ去り積み重なったもの。記憶にしか存在しまい。未来は未だ来ないから未来と呼ぶ。分かるか? タツヒコよ。これが現実だ。どのように解釈しようと今という現在が先行する。人は過去や未来に生きる事は出来まい」
辿り着いたのは1つの真理だった。そう語り掛ける龍我にタツヒコの顔が苦渋に染まる。 氷雨が言っていた事と何一つ違わないからだ。
「確かにそうだ。どれだけ足掻こうとそれは変わらないのかも知れない。それでも俺は……」
穿つ拳が龍我の頬を掠める。 その事実に龍我の顔色が変わる。
「ただひたすらに強さを求める」
そのタツヒコの言葉に龍我は凄絶な笑みを浮かべ全身に武者震いが稲妻のように走った。
「その貪欲なまでの求心力……強さに対する異常なまでの拘り……執着心……なら全てを曝け出せ。 我に全力をぶつけてみよ!」
龍我の強さが一段と増す。 全身の筋肉が躍動し、身体が二回りほど肥大化する。龍我の姿がブレる。 タツヒコの身体から飛び散る鮮血が自身のものだと気付かないくらい認識が遅れていた。
「なっ……」
「全ての攻撃が過去と化す? なら成長を続ける我がその殻を、限界を破れば良い。 砕けば良い。 成長前とその後では全てが違ってくるのだから。 同じだと思うな」
過去の自分が超えられなかった壁を無限に成長を続ける自身が破れば良いと龍我は思っている。
「舐めるな……! 龍我あああああ!!!」
同じ無限成長の性質を得たタツヒコも必死に喰らいつく。 意思もそれに応え始めていた。全くの同速で成長を続ける両者に差が生まれ始めた。 埒外の戦闘の応酬。 武器や魔法の顕現は無い。 発動してしまえば、それは過去の産物となるから。 行動を起こすという事自体が過去になるから。
常に自分という殻を破る殴り合い。 他者に依存しない彼らだからこそが出来る最も原始的な闘法。 殴り合うだけで無限に等しい理が消し飛び、余剰エネルギーが全てを焼き尽くす。 鮮血が飛び散ろうが肉が抉れようがその瞬間には成長した自分がいた。
「はははは!!」
攻撃の対象は成長前の自身になり、成長後の自分とは全く関係なくなるのが不滅性の高さだった。同じ無限成長を持つ存在。常に成長を重ねるごとに手傷が増えて行く。本来持つ干渉不能性すらも超えつつあった。
「限界のその先へ……強さという概念を超える。一つの独立した存在へと俺は辿り着く。俺は……俺を超える!」
その決意がタツヒコをさらに強くした。 龍我を殴り飛ばすだけでなく、そこから発生した余波を利用し追撃を仕掛ける。 超強化されたビル街が難なく塵と化し、着弾と同時に龍我の頭を踏地面に踏みつける。
「がっ……!!」
足を退ける動作を利用しさらに思い切り蹴飛ばす。 龍我は勢い良く壁面に叩き付けられ大きく壁面が陥没した。
「ぐおっ……かっ……!」
喀血し驚愕に目を丸くする。
「ふふふ……ははは……。 ついに、ついに我の成長速度を超え始めたか。タツヒコよ」
現在進行形で無限の成長を重ねている今の龍我でさえも傷は癒えていない。 タツヒコの成長速度が上回り始めた証拠だった。
(さしずめ、無限成長の性質と意思に応じて強くなる成長の相乗効果と言ったところか……)
おもむろに身体を起き上がらせると好戦的な笑みを浮かばせる龍我。 身体が動く事を確認しつつタツヒコを凝視した。
「やはり貴公を選んで正解だった……タツヒコおおおおぉぉぉ!!」
「俺も、お前のおかげでここまで強くなれた」
埒外の力で殴り飛ばされる龍我。ビルを貫通し、全身から血を流している龍我がそこにはあった。 粉塵が巻き上がり、瓦礫に身を預けるように倒れている龍我は右手を差し出した。
「……我の負けだ。 生涯で初の敗北が貴公で悔いは無い。 無限成長を続けてもこの様だ。 いずれ朽ち果てるだろう。 その前に貴公に我の全ての力を与えようと思ってな。右手を差し出せ」
「……こうか?」
差し出された右手に同じように手を重ねるタツヒコ。 確かに力が流れてくる感覚があった。しかしそれ以上に。
「意思が強いな……龍我」
「ふっ……お互い様だろう。あまり、この先の戦いには役に立たないだろうがな」
龍我は自嘲気味に呟くと全身の力を抜くように息を吐く。
「武人として果てる事は本望だ。 貴公は……これまで通り貴公の強さを貫き通してみせよ。生涯最高の好敵手よ、さらばだ」
そう言って龍我は果てた。 それと同時に埒外の力が龍我の肉体とその周りの空間を拒絶した。
「お疲れ様タツヒコ」
その言葉と共に黒髪のツインテールを垂らした氷雨が現れた。 薄い赤色のロンTに膝丈のスカートで。
「っ、氷雨……!」
今しがた戦っていた龍我の死体の存在を拒絶されたタツヒコは怒りが湧き上がってきた。
そんなタツヒコを意に介さず氷雨はコツコツと歩く。
「おめでとう、これであんたも超越者よ。終始苦戦してたわね……全く」
無愛想に告げる氷雨は静かな殺気を放っていた。
「お前っ! 何をしたか分かってんのか!?」
氷雨に詰め寄り胸ぐらを掴むタツヒコの怒気は凄まじいものだった。対する氷雨は鬱陶しそうに胸ぐらを掴んでる手を払う。
「はぁ……何って邪魔なもん退かしただけじゃない。 最初から見てたけど酷いもんだったわ」
「邪魔ってお前……一体何を考えてやがる! 人の命を!」
「馬鹿じゃないの? タツヒコ。そこらの有象無象なんて私は気にならない。 私には私と結衣がいればいいの」
ぶっきらぼうに言い放つそれは氷雨の本心に近かった。
「他人に左右される人生、それは結構。ただ、他人は所詮他人なのよ。そいつの一面だけ見て全部を知った気にならない事ね」
シワになった襟部分を整えながら冷酷に言い放つ氷雨。
「あんたは一足先に戻ってなさい。私の目的も達成されたし、あんたがここにいる意味は無いわ」
「くっ……」
返す言葉が見つからず歯噛みするタツヒコに氷雨はかなり適当に手を振るう。これ以上この場に留まり続ければ氷雨の機嫌を損ねる事になると思ったタツヒコは渋々神社に帰る事にした。 タツヒコの背中を見送った氷雨は退屈そうに空を見上げる。
「この世界は苦しみで満ちている。故に不完全にならざるを得なかった。 全ての存在は不完全性を持って誕生している。故に自由に縛られてきた。自由性と不自由性を持って生み出されたものは苦悩によって成り立つ。その原点、その元凶……『原初の苦悩』。 私達が真に倒すべき諸悪の根源。必ず……」
氷雨は次の段階へ目を向けていた。皆、自由と苦悩の狭間で足掻き始めていた。




