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金剛時代  作者: 金椎響
第四章 時の門
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神器

時間跳躍(タイムスリップ)することができる」


 ララティナの口から飛び出した衝撃的な言葉に、戦闘指揮所(CDC)に集まった皆が思わず押し黙る。


「ゼムリャ戦を経た今となっては、そんなまさかと驚くのもなんだかばかばかしいけれど……それは確かなのかい?」


 沈黙を破ってみせたのは大仰に肩を(すく)めてみせるジョエルの言葉だ。

 だが、どこか小馬鹿にする響きのある声音に対しても、あくまで真面目な様子でララティナは頷く。


「でも、“時の扉”でタイムトラベルなんてして、一体何を企むっていうのよ?」


 ジョアンナが間髪入れずにぼやく。ララティナはちらりとそんなジョアンナへ視線を送る。


「師匠はおそらく、“神の杯(エリ・クシール)”を使った神託(オラクル)で歴史を根幹から変えるつもり」

「なるほど。エリジウムの未来予測演算の機能(ファンクション)を使えば、世界の歴史が根底から覆る」


虚ろな男(ホロウマン)”は顎に手をやって思案している。


「おそらく、本国もテウルギストの真の目的に気付かずに利用されてしまうでしょうね」


 グラディスもやれやれとばかりに首を左右に振って、それから頭上を仰ぐ。


「TOTALが壊されてしまった今、一部の使用者(シンカー)の未来予測演算だけが頼りだ」


 アルヒが感情を抑えた形で言うと、ジョエルがララティナをじっと見つめる。


「巫女のララティナはどうです? 今後の未来を占えるのでは?」

「曖昧なビジョンしか見えない。けれど、師匠は南極の“時の門”へ来る未来は確定してる」

「ふうん。“虚ろな男(ホロウマン)”はどうですか?」ジョエルが()く。

「わたしの演算では、立ちはだかる敵は横浜に現れた筑波創奈だ」

「では最後に、ODESSAは?」

<ふたりの未来予測演算は正確です。わたしの演算でも同じ結果が出ています。これは未来で起こる、確定的な事象です>

「確定的な事象……。あのふたりを相手に」


 美空がまるで独り言のようにして呟く。すると、美空の隣に立っていた瑞姫が呆れながら発言する。


「そこまでの精度しかないの? せめて、勝つことができる相手なのか、どんな戦法を使ってくるのか……こうさ、何かないわけ?」

<それが、テウルギストの行動がかなり正確に演算可能なのに対して、筑波創奈のほうはかなり曖昧で、矛盾するふたつ以上の解が出ています。これは、今までにない事柄です>

「……なんですって?」ベアトリクスは長くて細い眉を(ひそ)める。

「それは驚きだ」アルヒが片方の眉を上げて(いぶか)しむ。

「こちらを欺くなんらかの欺瞞ではないのかい?」


 茶々を入れるジョエルの問いに、彼のすぐ隣に立つ青霞(チンシア)が応じる。


「そんなもので惑わされる未来予測演算ではありません」

「では、この結果をどう解釈すればいい?」

「一体、筑波創奈に何が起きているって言うんですの?」


 青霞(チンシア)の言葉に、ジョエルとグラディスが次々に言葉を重ねる。


「美空さんと同じように、きっと触れたのですよ。“神器”に」青霞(チンシア)のかわりに桜香が腕を組みながら口を開く。

「幸い、テウルギストの動きが読めている現状、テウルギストを最重要人物としてその身柄の確保または無力化を最優先事項にするしかあるまい」


虚ろな男(ホロウマン)”の言葉に、集まった皆が各々頷いた。



 南極大陸は地球上でもっとも寒冷な地域のひとつである。

 約三〇〇〇万年の間、降り積もった雪が溶けずに一〇〇〇から二〇〇〇メートルの厚い氷の層となった氷雪――氷床に覆われていて、一部の沿岸地区の地衣類を除いて、植生はほとんどない。

 陸地はほとんど氷床下にあり、露岩地区は少ない。氷床は氷河となってゆっくりと山の斜面をずり落ち海に押し出されて流出し、一部では棚氷を形成する。棚氷は沖に押し出され、自らの重さによってひび割れを起こして、氷山として海を漂うことになる。

 南極大陸は西半球の西南極と東半球の東南極からなり、東南極のほうが面積が大きい。西南極には南極半島があり、この半島の北端は南緯六三度付近と南極圏外にある。ツンドラ気候地帯であり、南極のなかでは温暖であるため、観測基地も集中している。

 南緯七七度五、東経一六六度のロス島ハットポイント半島南端部に位置するマクマード基地は合衆国(ステイツ)の南極観測基地だ。

 一九五六年に米国海軍が設営した拠点が始まりで、現在は|米国国立科学財団南極プログラム《USAP》が保有し、レイセオン・ポーラー・サービス社によって運営されている。

 このマクマード基地は南極点にあるアムンゼン・スコット基地への補給中継点にもなっている。

 マクマード基地は南極の観測基地の中でもとくに規模が大きいもののひとつで、一〇〇以上の建物から構成されている。滞在人員は夏季には一〇〇〇人以上にのぼり、冬季でも二〇〇人ほどが常駐している。

 アクセスも容易で、船舶の接岸が可能で三本の滑走路を備えている。そのうちの一本、雪原上にある恒久的な滑走路“ウィリアムズ・フィールド”に降り立った“空飛ぶ翼(フライング・ウィング)”から瑞姫とベアトリクス、それにアルヒが降りてくる。


「は~。……おっ、息が白くならない」


 瑞姫が欠伸を噛み締めながら言う。


「南極大陸は空気中に含まれるチリが少ないからな」

「でも、極寒冷地仕様の装備も急ごしらえで南極での作戦に臨むことになるなんてね……」ベアトリクスが言う。


 アルヒはうむと頷き返すと喋り始める。


「ここから南緯九〇度にあるアムンゼン・スコット基地へ移動する」

「ベアーティはまた“エクスウォーカー”での出撃になるの?」

「それは整備クルーの早さ次第ね」


 ベアトリクスは腕を組みながら、彼方にある南極点へとキツい視線を送り続けていた。



 マクマード基地を構成する一〇〇以上の建屋のひとつで美空と“虚ろな男(ホロウマン)”はエリジウムを蒸着(メタライジング)させて対峙している。“虚ろな男(ホロウマン)”は全身甲冑(フルプレート)状にエリジウム鋼を蒸着(メタライジング)させていて、防御の隙がない。


「美空、遠慮はいらん。全力でかかってこい」

「うん、わかったよ」


 美空は“力の剣”に見立てたエリジウム鋼製の大剣を掲げて、“虚ろな男(ホロウマン)”に飛びかかっていく。

虚ろな男(ホロウマン)”は肘から伸びる直刀を一八〇度の角度で展開する。

 大剣と直刀が交差し、激しい火花が散る。

虚ろな男(ホロウマン)”の左手の直刀が美空の胴を叩く。一瞬の出来事で美空には反応する時間もなかった。美空が(まと)うエリジウム鋼製のボディアーマーが反対のモーメントで衝撃を相殺してくれる。


「実戦では死んでいるぞ。さぁ、次から次へとかかってこい」

「……くっ、こんのぉ!?」


 美空はぶんぶんと渾身の力を込めて大剣を振り回す。“虚ろな男(ホロウマン)”は大剣の間合いを完全に見切り、距離を取る。そして、美空の死角へ瞬時に移動すると、背後から襲いかかってくる。


「力任せではこのわたしは倒せんぞ」


 美空は大剣を振るうも、その切っ先は“虚ろな男(ホロウマン)”の体に触れることすらできない。

 未来予測演算で完全に美空の動きを読み、攻撃をことごとく回避して、こちらに確実な一撃を加えてくる。

 やはり、“虚ろな男(ホロウマン)”は随一の腕前を持っている。美空は至らない自分が恥ずかしくなって、反射的に歯噛みをする。


「美空さん、ODESSAの未来予測演算です」ふたりの稽古を見守っていた青霞(チンシア)が思わず叫ぶ。

「……わかったよ、青霞(チンシア)。オデッサ!?」

<はい、美空。ODESSAによる未来予測演算を開始します。マーキングに従って攻撃をしてください>


 美空の視野にオーバーレイ表示される矢印に沿って、美空は大剣を振り下ろす。

虚ろな男(ホロウマン)”は咄嗟(とっさ)跳躍(ちょうやく)して間合いを確保しようとする。

 だが、美空の横一閃(いっせん)に、両手にマウントされた直刀で防御を強いられる。


「いいぞ。その調子だ。そのままわたしを押し返してみろ」

「うんッ!」


 美空の素早い足(さば)きに合わせて、じりじりと後退を余儀なくされる“虚ろな男(ホロウマン)”。


「実戦では力を加減するな。テウルギストも筑波創奈もこれしきの攻撃で死ぬような相手じゃない」

「わかってるよ」


虚ろな男(ホロウマン)”の右から左から繰り出される攻撃を大剣を傾けて応戦してみせる。ODESSAの未来予測演算が次の“虚ろな男(ホロウマン)”の一撃を予測し、視界にオーバーレイ表示でマーキングしてくれる。

 次の瞬間、“虚ろな男(ホロウマン)”はその場で跳躍すると天井すれすれを(かす)めながら美空の背後を取ろうとする。

 美空も負けじと大剣を振るいながらその場で反転してみせる。

 そして、見事“虚ろな男(ホロウマン)”の攻撃を受け止めてみせた。


「そうだ。それでいい」

「わたしには頼もしいパートナーがいるからね」


虚ろな男(ホロウマン)”は直刀を引く。


「ふたりとも、そろそろ休みを入れたほうがいいわ。あなたたち、こっちに着いてからずっと訓練漬けじゃない?」


 ジョアンナが言うと、差し入れの重ねられたピザの箱を掲げる。青霞(チンシア)が礼を言いながらそれを受け取る。


「ありがと、アン」

「“虚ろな男(ホロウマン)”は?」

「わたしは結構だ。気持ちだけありがたく受け取っておく」

「そう。おいしいのに」


 言いながらハラペーニョにかぶりつくジョアンナ。


「でも、“時の門”に時間跳躍(タイムスリップ)できる機能(ファンクション)があるだなんて知らなかったわ」

「そうですね。そんな神器があるだなんて未だに信じがたいです」

「ねぇ、オデッサ。“時の門”を閉めることができるのは、わたしだけなんだよね」

<その通りです。“金剛のエスト”の使用者(シンカー)である美空、あなただけにしかできません>

「だが、門をくぐることだけならばテウルギストでも可能だ」

「つまり、人ならざる者であれば門をくぐることができるというわけだね」

「“神の杯(エリ・クシール)”を使った神託(オラクル)で歴史を根幹から変えるつもりのテウルギストの目的はなんとなくわかるけど、傭兵(マーセナリー)の筑波創奈の狙いはなんなのかしら」


 ジョアンナは疑問を口にする。


「それは彼女と一緒に行動していた老原桜香さんが詳しいんじゃないですか?」青霞(チンシア)が指摘する。

「それだ! ついでにいろいろお話しして、桜香さんとも仲良くなろうよ」


 美空が笑顔で言うと、皆がつられて笑う。


「シミュレーターで老原桜香の“十字のオラクラ”と戦うのもいいだろう。美空、ここが踏ん張りどころだ」

「……だね」

「その意気だ」


虚ろな男(ホロウマン)”の言葉に、美空は力強く頷き返した。



 機体保管所(ウォーカープール)で老原桜香はララティナとともにいた。桜香が手にしたタブレット端末を覗き込むララティナ。どうやらふたりもふたりなりに作戦会議を開いているらしかった。


「あっ、いたいた。おーい。桜香さーん」

「なんですか、美空さん」

「横浜で戦った筑波創奈さんについてなんだけど、彼女が一体何を企んで南極へ向かったか、わかる?」


 美空の問いに、桜香は端整な顔立ちを曇らせた。


「すみません、美空さん。わたしには創奈が一体何を計画して“時の門”へ向かったのか、よくわかりません。ただ、“金剛のエスト”の主任設計者(チーフデザイナー)の山都弥生からその存在と起動を知らされてはいます」

「なるほど、そうなんだ。ちなみに、ララティナ。ララティナ占い的にはどうなの?」

「……ララティナ占い」


 ララティナが露骨に嫌そうな顔をする。


「さっきも言ったけれど、筑波創奈の予測は不安定で、読めない」

「でも、テウルギストさんの動向は予測できるのに、創奈さんの動きが掴めないだなんて、やっぱりおかしいよ」


 美空の率直な疑問に、桜香は賛同で応える。


「そうですね。一体、何が起こっているのか……」

「未来予測演算でも計算することのできない、不可解な事象が筑波創奈に起きているとしか現時点では説明できないです」


 青霞(チンシア)が指摘すると、桜香は口を開く。


「自体がどう転んでもいいように、わたしたちは急ぐ必要がありますね」

「うん。そこでお願いなんだけど、桜香さん、わたしと手合わせ願いたいんだ」

「……わたしと?」

「わたしはこれからテウルギストさんと創奈さん、ふたりを相手に戦わなくちゃいけない。少しでも勝つ可能性を上げておくために、今やれることをやっておきたいんだ」


 自分の右手の拳を見つめながら、美空は言う。その手をぎゅっと握り締める。


「なるほど。そういうことなら……」

「じゃあ、あたしも」


 桜香とララティナがそれぞれ快諾する。美空は握り拳をぐっと振り下ろした。



 機体保管所(ウォーカープール)操縦手(パイロット)たちがそれぞれの機体に乗り込んでいく。機体に内蔵されているシミュレーターが起動して、戦闘を再現できる状態で駐機されている。

 僚機は“虚ろな男(ホロウマン)”、アグレッサー機、テウルギスト役はララティナが務め、創奈役は桜香が務めることになった。ベアトリクスと瑞姫は戦闘指揮所のモニターで状況を見守る。


「あの空をひゅんひゅん飛ぶやつ、出していいよ」

「装甲貫徹飛翔体のことですね。ですが、“黄金のグロリア”には非搭載の武装です。ここは剣でいきます」


 桜香はやんわりと美空を(たしな)めるようにして言う。


「あたしはこの前、師匠が落としていった装甲貫徹電磁ランスで」

「えー、あのひゅんひゅん来るやつも試しておきたいな」

「美空、これは遊びじゃないんだから」ジョアンナが釘を差す。

「はーい」


“双身のデュアリス”は“白金のサージスト”に似た直線的な機動(マニューバ)でシミュレーター上を飛行する。さすがはテウルギストの弟子のララティナで、その動きの再現度は非常に高い。


「さぁ、美空。特訓の成果を見せてみろ」“虚ろな男(ホロウマン)”が(げき)を飛ばす。

「うんっ!」


 桜香の“十字のオラクラ”は長い刃渡りの直刀状の装甲切断ブレードを巧みに操る。

 美空の“金剛のエスト”ではなく、“幽冥のエレボス”を切り刻もうと襲い掛かる。


「なるほど、実践的な動きだね」


 美空は桜香の進路へ強引に割り込む。

“力の剣”を大きく掲げ、そのまま上段の構えから勢いよく振り下ろす。二刀の装甲切断ブレードでそれを受け止めて、次の瞬間には蹴りを入れて美空を牽制する“十字のオラクラ”。“金剛のエスト”は当たるか外れるかのぎりぎりのところで蹴りを回避する。


「うん、その攻撃、とっても創奈さんっぽいね」

「ええ。彼女の動きは間近で見てきましたからね」


 美空は思念を“力の剣”に集中させる。共鳴現象を発生させた。

 皆の機体の同調率が著しく下がる。美空はその隙に反転し、桜香の背後へつく。美空は雄叫びを上げながら、背中に一発蹴りをお見舞いする。不意を突かれた“十字のオラクラ”は美空の一撃をまともに喰らって吹き飛ばされる。


「……くっ! やりますね」桜香は機体の体勢を整える。

「わたしだってやられてばっかりじゃないよ」


 そこに、ララティナの駆る“双身のデュアリス”が頭上から襲いかかる。

 直線的な機動(マニューバ)だが、動きに緩急をつけていて、本来ならば視線で追うのも難しい。その“双身のデュアリス”の動きを美空は必死になって追う。しかし、ひとつの場所に留まることを知らない“双身のデュアリス”の行動を追跡するのは至難の業だ。


<美空、目で追ってはいけません。未来予測演算のマーキングに合わせて“力の剣”を振るってください>

「……うーん、了解」


 マーキングとカウントダウンが表示される。“双身のデュアリス”との会敵(エンゲージ)までの予想時間が秒単位で視界に重ねられている。

 負けられない。わたしは絶対に、負けられないんだ。美空は心のなかで呪文のように唱えていた。数字が減っていく。会敵予想時刻が迫る。

 ララティナの機体が装甲貫徹電磁ランスを勢いよく突き出してくる。まさに、一撃必殺といった趣で、その切っ先が美空の“金剛のエスト”に迫る。


<……(スリー)(ツー)(ワン)(マーク)。攻撃、今>


 美空はそれを完全に見切った。

 そして、すれ違い様に“双身のデュアリス”の胴を袈裟斬りにしていた。


<アグレッサー機アルファ、行動不能>

「……そんなっ!?」

「あのララティナの駆る“双身のデュアリス”を真正面から小細工なしで打ち倒すとは」


 作戦指揮所(ウォールーム)にいた皆が息を飲む。とくに、ララティナの管理者(ハンドラー)であるグラディスの落胆の色は濃い。

 モニターの奥では美空の駆る“金剛のエスト”は機体を反転させ、“十字のオラクラ”を相手に“力の剣”を大きく掲げてみせる。


「手加減はなし。わたしの全身全霊をこの技に込めるッ!!」


 力の奔流を脳裏に意識する。

“アルティメイタム”を一刀両断したときのイメージを再び脳裏に描きながら、美空は次の瞬間、目にも止まらぬ早さで“力の剣”を振り下ろす。

 すると、そこから生み出されるのは凄まじい力の渦。斬撃がそのまま衝撃波となり、“十字のオラクラ”へ目がけて殺到する。

“ヘファイストス”の力が具現化し、“十字のオラクラ”の二刀を容易(たやす)く叩き折り、そのまま勢いを落とすことなく機体ごとふたつに一刀両断する。


<アグレッサー機ベータ、行動不能。シミュレーターを終了します>

「くっ、このわたしがこんなあっさりと」

「……強え」瑞姫が本音を零す。

「これが本気を出した美空の力か」


 皆が一様に驚く様を見て、美空はにやりと笑みを浮かべる。


「やっぱり、あのひゅんひゅん飛ばしたほうがよかったんじゃない?」


 その言葉に、桜香は目を(しばた)かせ、ララティナは大きな溜息をついてみせた。



 南緯九〇度地点――南極点付近に建設された、厚さ約二八〇〇メートルの氷の上にあるアムンゼン・スコット基地。

 そこで今から六一年前。若き日の老原(おう)が各地でエリジウム鋼の採掘とその分布を研究しているとき、出会った。

 たまたま訪れた南極大陸で氷河の裂け目――クレバスから雪の層を砕き、空へ向かって飛び出す“時の門”と呼ばれる超巨大構造物と。

 ウラル山脈南部、ロシア・オレンブルク州東部オルスク周辺のエリクシルの民の住む渓谷の地下神殿で、“神の骸”より作られた“金剛のエスト”が神域に足を踏み入れ、“力の剣”でその力を極限まで高めたとき、テウルギスト達に伝わる“神の杯(エリ・クシール)”が鍵となり、ついに開いた。

“時の門”。

 全ての終わりと始まりを司る、神々のための門。


「“アルティメイタム”を失いましたが、“時の門”さえ開いていれば……」


“白金のサージスト”に乗ったテウルギスト・タリスマンは操縦区画(サバイバルセル)内部でひとりうわ言のように呟く。


「わたしは何度でもやり直せる。そう、何度だって」

「……それはどうかな」


“時の門”の前で腕を組んで佇むのは“黄金のグロリア”だ。いくつもの直刀状のウィングが並ぶ背部マウント、王冠のようなブレードアンテナ群、全身は黄金と黒のツートンカラーで彩られている。

 武装ラックには“力の剣”にも似た巨大な槍を懸架している。


「……さあ、勝者総取りの時が来た」


 創奈はそう静かに呟くと、“神器”たる槍を引き抜いて構えた。

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