悪夢は再び
寝惚け眼に移ったのは、お母さんの後ろ姿だった。
「おう、おはよう」という、力強い声まで聞こえてきそうで、美空の瞳は反射的に潤んでしまう。
「おはよう。……美空?」
台所に立つ玲花が心配そうに見つめてきた。美空は慌てて目元を拭う。
「うん、おはよ。今日は早いね」
だけど、辛うじて喉から絞り出した言葉は明らかに涙声で、余計に玲花の表情が曇らせてしまう。
それがなんだか、無性に気まずくて美空はダイニングを通り抜けて洗面台へと逃れた。
蛇口を捻り、朝の冷たい水で涙を注いで、それから頬を軽く叩く。
弱る心を叱咤して、鏡に映る自分の顔を確認する。
化粧水で肌の調子を整えながら、気分を引き締めようとした。
ダイニングに戻ると、玲花は朝食の準備を進めていた。
時刻はまだ六時にもなっていない。窓から見える外は薄暗く、日も昇っていない。
「今朝はちょっと急用で」視線を感じた玲花が応じる。
「そうなんだ」
「……起こしちゃった?」
「ううん。ちょっと早く目が覚めちゃっただけ」
美空は玲花の服装をまじまじと凝視する。
目にも眩しい白いブラウスに素朴な灰色のカーディガン、きっちり折り目のついた黒のスラックスで、いつも以上にフォーマルな装いだった。
ファッションには一家言ある美空から見るとどこか物足りない、機能美一辺倒な普段の玲花の出立ちではない。
「いつ頃戻ってくる?」
「いつ帰れるか、現時点ではわからない。もちろん、わかり次第連絡はするつもり」
「うん。そうして」
美空は駅から徒歩一〇分ほどの、紅葉坂を上がり終えた先にあるマンションの一室で玲花と一緒に暮らしていた。
ずいぶんと年季の入った建物で、しかもエレベータなしなのに四階。だけど、2DKの間取りは意外と快適で、今まで住んで狭いと感じたことがない。
すでに温かい空気を吐き出す電気ストーブ。その温もりを指先で感じながら、冷蔵庫に向かう。
グリーンリーフやミニトマトを取り出し、洗っていると昨夜作ったポトフを玲花が器によそってくれる。
「ありがとね、玲花」
「ううん、これくらいはね」
言葉少なげだけれど、玲花の仕草にはいつも気遣いの色が見えた。
美空は嬉しい反面、ちょっぴり申し訳ない気分になる。
美空はそっとテーブルに向かう。すると、玲花がベーコンと目玉焼きの乗ったプレートを美空のほうへ差し出してくる。
「起こさずに、ひとりで食べるつもりだったから」
「……えっ? いや、いいよ。後で自分で焼くし」
美空が慌てて遠慮してみせると、玲花は肩を竦める。
「朝ごはん、ちゃんと食べなきゃって思ったんだけど、あんまりお腹空いてなかった」
「えーっ、そうなの?」
「うん」申し訳なさそうにして言う玲花。
美空は洗い終わった食器干しのなかに、シェイカーがあるのを見つける。
「それさ、間違いなく最初に牛乳飲んだからだって!」
「牛乳じゃなくて、ソイプロテイン。大豆由来の植物性蛋白質、摂りたいから」
「うーん。まぁ、そういうことなら、ありがたく頂戴しますよ」
玲花がテーブルに置いたタブレット端末からニュースクリップが流れている。
ネットメディアが配信する動画で、玲花の関心があるサイエンスのタグ付けされた映像がかわるがわる表示されていく。
「うん、おいしいよ。上手に焼けてる」
「それはよかった。自分で食べる分だから、つい適当にやっちゃったから」
「……えー、そうだったの」
おどけてみせる美空に、静かに笑う玲花。
普段と変わらない朝なはずなのに、どこか落ち着かなくて、美空はついそわそわしてしまう。
旧宇宙研究機関が解体された煽りで、玲花は住まいを失った。
そこで美空の招きに応じて、玲花は美空の家にやって来た。
とはいえ、「オリハルコン」と呼ばれる特殊な性質が禍を呼び、美空を数奇な運命へ誘った金属の研究と管理をライフワークにしている玲花は、数日も家を空けることも日常茶飯事だ。
玲花は、タブレット端末をじっと凝視していた。
その眼差しに、興味関心以外の何かを感じ取った美空は、覗き込むようにして画面を覗う。
「スペースシャトルの打ち上げ? 軌道エレベータあるのに?」
美空は目を丸くする。
もう一年も前に軌道エレベータが実現し、それでスペースシャトルの必要性はすっかり薄れてしまった。
今では一部の熱烈なファンがクラウドファンディングの形で再開を後押ししているくらいで、すっかり過去の遺物という感じだったはずだ。
「これに、クラストっぽい何かが取りついた」
玲花の言葉に、美空は言葉を失う。
それは、一年前に美空たちが決着をつけたはずだった。
その単語が今になって、玲花の口から出てくるなんて、美空には信じられなかった。
いや、信じたくなんてなかった。
「……えっ? それって、どういうことなの?」
「わからない。詳しい内容は、今日のミーティングで明らかにされることになってるから」
玲花は苦々しそうに、言葉を発する。
「オリハルコンは、厳重に管理されてるはずじゃ……」
美空は何もしていない自分の手首を触って確かめてしまう。
かつて、そこに嵌めていたコントロールギア・リング。発泡金属状のオリハルコンを纏って戦いに投じた自分の姿が脳裏に思い浮かぶ。
「でも、昨日の今日でわたしにお声がかかったということは、きっと何かあると思う。美空も、十分注意してほしい」
美空にとってそれはあまりに辛く、受け入れがたい現実で、できることならなかったことにしたいと思ってしまう出来事だった。
◆
美空はなるべく何も考えないように、意識しながらひたすら続く坂を上っていた。
榛木家は古くからこの地で生まれ、そして死んでいった。だから、代々の墓のある場所も住まいからそう離れてはいない。
最近になってこの地に越してきた人たちはもっと郊外の、恐らく生前は縁もゆかりもない霊園で眠らなくてはならないだろうことを思えば、随分と幸せな部類に入るに違いない。
商店街の花屋で見繕ってもらった仏花を携えて、美空は紅葉ケ丘にある小さな霊園へ入っていく。
守衛所に出向き、味気ないノートにボールペンで自分の名をしたためる。
真っ新なページの一番上に自分の名前を記名して、園内へ足を踏み出した。
人気のない墓所をひとり歩く。
とてもじゃないけれど、学校に行く気にはならなかった。欠席日数は気にも留めなかった。というのも、一年前の出来事のせいでそれどころではなくなってしまったからだ。
オリハルコン。
古代ギリシアの哲学者プラトンが著書『クリティアス』のなかで記した、幻の大陸アトランティスに存在したという幻の金属にちなんだ鉱物。
そのせいで美空の運命は大きく変わった。
まず、住んでいた街はめちゃくちゃになった。
たった一年間で随分と復興が進んだとは思うけれど、だからこそ、今も更地になった空白地帯や異様に増殖したコインパーキングの存在が浮かび上がってくるようだった。
次に、美空は適性を見出されて戦うことになった。
別に、誰かに強制されたわけじゃない。
それは、美空自身が自分の頭のなかで考えて、下した決断だった。
そういう意味では恵まれていたとすら思う。少なくとも、戦わないという選択肢だってあって、選ぼうと思えば美空には選べたのだから。
世界の戦場には、戦う以外に選択肢のない抜き差しならない現実だってある。
そして、母を喪った。
それも、美空の目の前で母美晴の尊い命は儚く、あっという間に失われてしまった。
唯一無二で、かけがえのない、たったひとりの家族を喪失した。
悲しみを乗り越えた先にあったのは、ただの空白だ。あるいは、不在だ。
憎しみや怒り、といった激しい感情を伴い、自分の身体を勝手に突き動かすような衝動じゃない。
いない。ただ、それだけだ。
そこに虚しさを、諸行無常の儚さを見出すのは容易い。
けれど、残念ながら美空にはそこまで達観できるほど現実を受け入れられたわけじゃない。
だから、美晴の夢を見たり、不意に美晴の姿や声を感じてしまうのだろう。
園内を三分ほど歩くと、ようやく墓石が見えてくる。ついこの間、一周忌を迎え遺族の皆で集まったこともあって、墓石は綺麗だった。
それでも美空は憑りつかれたように墓石を磨き上げていく。
作業に没頭することで雑念を頭のなかから必死に追い出そうとする。石にうっすらとついた雨水の跡は消え、いつしか心ここにあらずの美空の顔を鏡のように映し出していた。
落ち葉や紙ごみを集めながら、美空は美晴の死を考える。
二度と再会することも叶わぬ母。
その存在感は未だ薄まることを知らず、むしろ日に日に強まるばかりだ。
「……美空?」
不意に背中に自分の名を浴びせかけられて、つい身体を強張らせて大仰に振り返る。
そこに立っていたのは、見知らぬ男の姿。だが、なぜだろう、美空はその佇まいに奇妙な懐かしさを敏感に感じ取っていた。
「美空……榛木、美空か?」
そう呟いてひとりで勝手に思案している男に、美空はうろたえつつも頷く。
日本人にしては恵まれた長身痩躯の体格、右腕にはダンベルを保持する際に使うようなスポーティな手袋をしている。
清潔感のある短髪だが、白髪を染めたのか黒髪は微かに青みがかっていた。
顔立ちは端整で、年齢からくる衰えを感じさせない。
落ち着いた雰囲気を纏いながらも、全身から漂うオーラは微かな喜びを隠せてはいなかった。
何気ない風を装っているものの、その口元に浮かんだ微笑がなぜか無性に気になる。
「そうか、榛木美空。うん、榛木美空……」
男は何度も何度もわざとらしく頷くと、美空の名前をフルネームで唱え続けた。
突然の遭遇に美空はどう応じればいいのか咄嗟にはわからず、困惑するばかりだ。
だが、じょじょに落ち着きを取り戻すと、美空はようやく率直な言葉を口に出す。
「……あの、どちら様でしょうか?」
美空としてはもっともな質問だったはずなのに、目の前の男は一瞬姿勢を崩しかける。
男の反応を見て、美空は反射的に口元を覆う。
冷静に考えてみれば、今対峙している場所が他ならぬ榛木家の墓石の前なのだから、この男性は榛木家にゆかりある人物に違いない。
「……いや、名を名乗るほどの者でもない」
男はどこか居心地が悪そうにしながら言うと、押し黙ってしまう。
美空はすっかり普段のペースを崩されて、ぼんやりと男の姿を眺めた。
不審者というような風体ではない。
ただ、端整で清潔感があって、それ故好感の持つことができる男なのに、一度でも雑踏に足を踏み出せばもう思い出せなくなってしまいそうな、どこか捉えどころのない印象だった。その存在感はまるで幽霊のようで、次の瞬間には美空の前から姿を消していても驚かない、そんな思いにさせた。
「ただ、せっかく近くまで寄ったものだから、これもきっと何かの縁だと思い、手でも合わせて冥福を祈ろうと思ってな」
言うが早いか、男は想像以上に軽い身のこなしで美空の脇を通って、墓石の前に立つ。
そういえば、声をかけられたときもこの男の足音はまったく耳に入ってこなかった。
話しかけられて美空はようやくこの男の存在に気付いた。存在感が希薄で、声がしなければその存在を察知できない。そして、その動きはどこか忍者のように捉えどころがない。
その場でしゃがみ込み、墓石と視線の高さを合わせると、男は大きくて長い手を合わせた。
横顔に浮かぶ、様々な感情の混じり合った形容しがたい顔つき。美空は果たしてこの男は誰なのだろうと思案を巡らせる。
しかし、いくら記憶の糸を手繰ろうとも、この男の顔に心当たりはない。
「しかし、見ない間にずいぶんと大きくなったな。何歳だ?」
薄々訝しがる美空に対して、男は訊く。
物怖じせずに親しげに接してくる、と言えば聞こえはいいが、かなり馴れ馴れしい。
「一七歳、ですけど」
「じゃあ、高三か」
「いえ、二年生です。高三は来年度」無事に進級できれば、の話だが。
「……そうか」
相好を崩す男の心理的な緊張が僅かに緩む。
それをなぜか美空は見逃すことなく、敏感に嗅ぎ取っていた。
だから、美空は食らいつき、しつこく訊ねる。
「あの、あなたは?」
「わたしは……なんだろうな」
その言葉とは裏腹に、男は美空を茶化している風ではない。
どうやら男には今の美空の言葉が深く突き刺さったようで、目の前にいる美空と目を合わせながらも、美空ではない誰かの存在をじっと凝視しているように見えた。
海から吹き付ける風が丘に吹きつけて、美空と男の髪や服の裾を揺らす。
美空は男の返答を待つ。男もまた、その答えを探るように美空を見返す。
視線と視線が交わり、重なり合う。
なぜか視線をそらすことができず、瞳の向こうを窺うようにしていた。
湾内を行き交う船の汽笛も、烏の鳴き声も、下界の喧騒も人々の生活音もかき消えて、美空は名前すら名乗らない男と対峙していた。
「意地悪するわけじゃないんだが、その問いに答えるのは……少々待っていてほしい」
◆
それは、一体どういうことなのだろう。
だが、美空は脳裏に浮かんだ疑問を率直に口にすることができなかった。
美空たちの背後の墓石が大きな擦過音とともに地面へ落下したからだ。
地鳴りのような不吉な音が響き渡る。
墓石の重量は約一・二トン――つまり一五〇〇ccクラスの自動車とほぼ同じ重さだ。重い墓石では二・五トンもある。その墓石がまるで積木の玩具みたいに、いとも容易く押し倒されていく。
屹立する墓石と墓石の間、その陰に、何かが姿勢を低くして息をひそめ、こちらを窺っているのを感じた。
男は舌打ちをすると、右腕を自身の背中に回す。
「やれやれだ。今までずっと巻き込むまいと思っていたというのに、その苦労も水の泡か」
男が背中に密着したホルスターから引きずり出してきたのは、拳銃だ。
それも、普段映画やゲームで登場するような形状ではない。減音器と拳銃が一体化して長い銃身になっている。
男の動きに呼応して、さっと影が物陰から物陰へと移る。
姿勢を低くしただけでその輪郭が把握できない以上、そんなに巨体というわけではなさそうだ。ただ、四肢を器用に使い、地を舐めるようにして這う姿に見覚えはなく、気味が悪い。
彼は素早く狙いを定めると、躊躇なく引き金を引く。
美空が想像していたよりもはるかに静かな銃声。穿たれた墓石には幾重にも罅割れが走り、表面がガラスのように砕け散り剥離する。
背後に潜んでいた存在が白日の下に晒されて、美空の瞳にも映し出された。
それは四本の脚で大地に立ち、腕や足、肩や太腿、肘や膝など身体の要所に鎧状の外殻を持っていた。頭部の存在感が希薄に見えるほど、肩や太腿が異様に大きい。
大きく裂けた口元と、その奥で存在を匂わす鋭い牙。鋭い眼光は黄緑色に発光している。
男と美空を威圧するかのように、重低音の咆哮が迸り、鼓膜を震わす。
「そんなっ!? クラスト!! でも、なんでっ!?」
美空を過去から断罪するかのように、姿を現した異形の化物。
それはかつて美空が命を懸けて戦い、その渦中で母を失う原因にもなったクラストに酷似していた。
しかし、よく似通ってはいるが、美空に向けられる敵意は人のそれというよりも、むしろ獣のようだ。
理屈や道理の通ずる相手ではない。
そう思わせる野性の理不尽な暴力をひしひしと肌で感じる。
黄緑色の鋭い眼光からは知性の欠片も見出せず、美空は本能的な恐怖を背筋に感じた。
だが、だからと言って今の自分に何ができるだろう。そう思うと、ただただ悔しかった。今の美空には戦う力はこれっぽっちもない。
コントロールギア・リングさえあれば。美空は今ほど力を欲したときはない。何もできない無力な自分を認めたくなかった。
「美空、こいつはクラストなんかじゃない」
鈍色の化物が口を開くと、その喉元から黄緑色の光が筋となって零れ出す。
「こいつはエリジニアン。外皮外殻をオリハルコン――エリジウム鋼で覆われ、その内部には流体エリジウムで満たされた、既存の生物学では説明することができない……怪物だ」
その頭部を弾丸が捉え、火花が散る。
だが、クラスト似の怪物――エリジニアンは何事もなかったかのように動きを止めることはない。
鋭く光る双眸が男に向く。
警戒と牽制から、如実な殺意に変わる。
エリジニアンは前脚で地を叩く。
それだけで路面を舗装していたアスファルトが捲り上がり、罅割れが走った。今し方生じた割れ目から土や砂、それに地下水が吹き上がる。
冗談みたいな光景に、美空は目を剥く。悪い夢ならば、すぐにでも覚めてほしい。
重厚感のある体だが、その所作は意外に俊敏で獰猛な捕食者を思わせた。
男は間髪入れずに二射、三射と発砲を加えるも、致命傷には至らない。
跳弾した弾のいくつかが墓石を砕き割る。凄まじい弾丸の威力をもってしても、この禍々しい怪物を止めることができない。
「わかっちゃいたが、こいつには強装弾なんて通用しないか」
男が言う。
右手の手袋を外すと、そこから飛び出したのは銀色に輝く手。その輝きを目の当たりにして、怪物が怪鳥のような声を上げる。
エリジニアンを興奮させていたのは、もしかしたらこの右手にあるのかもしれない。
そこで、美空の脳裏に疑念が過る。
目の前に立つこの男は、どうしてオリハルコンのことを知っている? オリハルコンの存在は高度に秘匿されていて、一般人には知られていないはずだ。それに、エリジニアンという美空すら知らないこの敵のことを、どこで知ったのだろう。
次の瞬間には、襲い掛かる鈍色の怪物に男は腕を振り下ろしていた。
金属に金属がぶつかり合う鈍い音がして、怪物の身体が床に転がる。
銃で何度も執拗に打たれても凹みも掠り傷もつかなかった頭部は、もはや原形を留めていない。
その表面はずたずたに引き裂かれ、その奥で渦巻く薄紅色の液状化した鉄のような内部を無残にも露出させていた。次第に、液化した金属から熱が失われていく。
すると、先ほどまでは筋肉のようなしなやかさを持っていた体が硬化していき、ばきんと音を立てて砕け散る。
数秒前には獰猛な肉食獣のように動き回っていたとは思えない。
脈打ち、瑞々しい輝きを持っていた姿はもはやそこにはなかった。まるで悪趣味な芸術作品のように、亡骸が無造作に転がっている。
周囲から物音が途絶え、静寂に包まれていた。美空はといえば、ただただ絶句し、二の句が継げない。
男も周囲を見渡し、脅威がないとわかると持ち替えていた銃を背中に納めた。
「……何も訊くな、美空」
「うえっ?」
「今見たことは忘れろ。さもないと、おまえはまた大切なものを失う。それは二度と得ることができない、かけがえのないものだ。きっと激しく後悔するだろう。だから、心の奥にしまっておけ」
美空は何も言えなくなり、ただ上目遣いに男を見つめることしかできなかった。
「いいな? 忠告はしたぞ」