陛下のパンケーキ
当代土の王は、王位につくまで毒にも薬にもならない阿呆だと思われていた。
しかし彼は、腐敗しきった王宮と愚王といっても過分ではなかった先代王を排除するため、立ち上がり、賛同する者達を集めて反乱を起こし、先代の首を自らはねて王位についた。
腐りきった王宮の老害達を次々と排除し、2000年ぶりに現れた神子と協力して戦続きで豊かではなかった土の宗主国を盛り立てつつある当代の王は、既に賢王と言われている。
その賢王は、今台所に立っていた。
動きやすい簡素な服の上から、土竜をモチーフにした可愛らしい刺繍の入ったエプロンをしている。
真剣な顔で計りとにらめっこしていた。
小麦粉、重曹、砂糖、山羊乳、卵、蓬
全てを計り終えると、一度大きく息を吐いた。
その様子をマーサが隣で見ていた。
「……陛下」
「何でしょう?神子殿」
「計るのに何分かけてんの?」
「お菓子作りは計量が大事と仰ったのは神子殿ではありませんか」
「いや、まあ確かにそうだけど。そこまで神経質にならなくてもいい気がするんだけど」
「何を仰います。これは兄上や、かんわゆーいミーシャ達に食べさせるものですよ!ほんのわずかな手抜きさえ許されません!」
「……あ、はい」
陛下が拳を握って力説した。
マーサはその勢いに若干引いた。
賢王と呼ばれる当代土の王は重度のブラコンだった。そして、姪っ子達命!!であった。
甘いものが好きな彼らのために、王自ら蓬のパンケーキを作ろうとしていた。
「神子殿。次はどうしたらよいのですか?」
「蓬を軽く湯がいて刻む。卵を割る。山羊乳、砂糖と一緒に混ぜる。とりあえず、これをしよう」
「わかりました」
慣れない手つきで小鍋にお湯を沸かす。
ハラハラしながら見守る。
お鍋の水が沸騰したら洗った蓬を入れ、しばし煮る。色が鮮やかになって少ししたらザルにあげた。
この間もうっかり落としはしないかと気が気ではない。
蓬を冷水で冷やし、あら熱がとれたら今度は包丁で細かく刻む。
陛下はゆっくりと丁寧にやっているが、見ているマーサはずっと恐ろしい思いをしていた。
永遠とも思える時がようやく終わった時、今度はマーサも一緒に大きく息を吐いた。
マーサはもう既に精神的に疲労困憊状態である。
卵の割り方は、以前ミルクセーキの作り方を教えた時に一緒に教えていたので、危なげなく割れた。
山羊乳、砂糖、刻んだ蓬をかき混ぜる。
しっかり混ざったら、小麦粉と重曹を合わせたものをふるいながら、そこへ投入する。
コップか何かに小麦粉を入れて、ふるいの上を円を描くようにして回すと、無駄に飛び散らないので、そうさせた。
小麦粉を入れたら、泡立て器でさっくり混ぜ合わせる。
混ぜ終わったら、フライパンにバターを薄くしいて、一度熱した後、布巾の上に置いて軽く冷ます。
ようやく下準備完了である
後は一枚分ずつ、出来上がった生地をフライパンの上に落としていく。
表面がぷつぷつしてきて、乾いてきたらひっくり返して焼き色がつくまで焼く。
焼いてる最中は蓬のいい香りがしている。
焼き色がついたら、皿にあげる。
無事に蓬のパンケーキ1号ができた。
同じように残りの生地も焼いていく。
多少形が歪だが、なんとか人数分のパンケーキが大きな失敗なく完成した。
おやつの時間は少々過ぎているが、パンケーキに黒蜜とバニラアイスを添えて、待ちわびている面々の元へと運んでいく。
「できましたっ!」
笑顔で兄のリチャードやミーシャ達全員にパンケーキを配る。
出来は上々で、皆が美味しい美味しい、と言いながら食べてくれた。
陛下は照れたような嬉しそうな様子で、微笑みながら、皆が笑顔で食べている様子を眺めていた。
今年で7つになる長女のミーシャが食べ終わって、とてとて、と陛下のもとへ歩いてきた。
陛下の腰の辺りに抱きつくと、
「陛下、ありがとー」
といって頭をぐりぐり擦り付けた。
真似して下の子達も陛下に抱きつく。
陛下は心底嬉しそうな顔で、子供達全員を抱きしめた。