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first contact

「幽霊の定義とは何?」

 おかしな女は言った。


 冬であるのにノースリーブのひらひらとしたワンピースを着たいかにも電波系の香りがする女だ。今日は初雪が北海道で降り、自衛隊を要請するほどの寒さが到来しているにもかかわらず、彼女はそのうえ裸足であった。

 そのまま放置することも考えたが、死にそうな人を放置するのは確か刑法の罪に問われるという知識がちらりと頭をよぎった。「不作為による殺人」であったか。

 俺がいくらこの女を死にそうになかったと言い張っても、赤の他人であるのに赤の他人の奇妙な女を俺が保護する義務もないと言い張っても、この女は何かをしでかしてくれるという予感があった。

 なぜなら、わざわざオートロックマンション付の4階の俺の部屋の前で待ち構え、標的を俺に定めている気配がするからだ。


「幽霊の定義とは死んだ人でしょう。だからあなたは死なないうちに家に帰ってはどうでしょうか」

 下手につっかかってこられても困るということで極力、丁寧に彼女の問いに答えた。

「じゃあ、死んだ人は万人が幽霊になるの?それでは地球上には幽霊が溢れかえってしまうのではない?」

「そうですね。実は、あなたの幽霊談義の相手をする暇はないのです。何か用事があるのでしょうか」

 さっさと帰れという意図を込めて直接的な物言いをする。

「そう。こうして話しているから、暇があるようには思えるけど。単刀直入に言わしてもらうなら、あなたのお家に入れて」

 嫌味な女だ。普通に考えて、相手が嫌がっていることが理解できないような人間なのか。あぁ、だから、電波なのか。このくそ寒い晩に人の家のまでおかしな恰好をできるような人間に常識を求めるのが間違えだった。

「はぁ?なんであんたの言うことを聞かなくちゃならない」

 丁寧な対応を心がけていたが、思わずどすの利いた一声を発してしまう。

「私がこの家の前の主だったから。それとも、呪われたい?」

 奇特な女はさらに意味不明な言葉を続ける。

 言うに事欠いて「呪われたい?」だと。そのうえ、非現実的ではあるが、効果的な嫌がらせをしますよと宣言される。

「呪いなんてあるはずないだろ。警察に通報されたくなかったらさっさと帰れよ」

 この女の言いざまに呆れかえってしまうが、面倒事を起こしたくないので穏便に帰ってもらえるように説得を試みる。

 疲れて帰ってきたのに、なぜこんな変な女の相手をしなくてはならないのか。かまいたがりな母の相手をするよりも疲れる。せっかく一人暮らしをしたのに、早々に変な女が家の前に待ち伏せをするなんてついていない。


「警察をよんだとしても、あなたの悪戯だと思われるよ。よくて、精神錯乱者。自分を大切にしたほうがいいよ」

 まともな受け答えができることがせめてもの救いだ。いや、より一層面倒なだけか。人が警察に通報すると言えば、精神錯乱者呼ばわり。

「何が言いたいわけ?いつまでもここに居続けるなら本当に通報するよ」

「つまり、私が幽霊ということを言いたいわけ。だって、私、この部屋で死んだ記憶があるよ。それって、私が幽霊ということじゃない。証明はできないけどね」

 自分が幽霊という割にその季節はずれな格好以外はまったくもって普通の人らしいのに残念だ。化粧をして、可愛い格好をしていれば中の中の容姿から中の中の上くらいの見た目にはなれるのに、この中身ではなかなか恋人もできないだろう・

「戯言はいいから、帰ってくれない」

 この押し問答に早くも疲れてきた。

「じゃあ、いくつか質問に答えてくれない」

 女は感情的になるでもなく普通に受け答えをする。

 さっき自分が幽霊だなんて言ったのに論理破綻しているのではないかというほど普通の様子だ。

「それで帰ってくれるなら」

 少しは相手が折れる気配がしたので一も二もなく返事をする。


「この部屋の家賃はいくら。ちなみに私が住んでいた時は12万円。参考までに」

 八百屋さんで野菜の値段を尋ねる程度の気安さで家賃を尋ねてくる。

「5万円」

 確かにこのアパートの値段は破格の安さであった。多分、彼女が言ったように今の家賃を倍にしてもおかしくないような設備がある。しかし、彼女が何らかの意図があって、この家賃の安さのからくりを知り、かつ、この家、もしくは俺に狙うものがあるという可能性も無きにしも非ず。

「それが何」

「私が死んだなら、このアパートが訳有りで安くなっているだろうと思って聞いてみただけ。案の定、安くなっていたけどね」

 少し呆れたような物言いに彼女の口調が変わる。

「もうそろそろ寒くなったんで部屋に入っていいですか」

 俺は言葉を丁寧なものに戻す。一応の忠告もしたし、彼女が死んだとしても、俺のせいではない。

「どうぞ。といいたいところだけど、私も部屋に入れて」 

「それはできませんので、家にお帰り下さい」

 エレベータのほうを帰れという意図を込めて指差す。何なら階段でもいい。


「困るなぁ。ここが私の家だったから帰りたいんだけど」

 彼女は腕を組み、少し怒っているようでもある。声音は本気で困ってもないような呑気なものであるが。

 まぁ、女の力で押し入り強盗もできないだろうと、素早く鍵を差し込んでまわす。

「それでは」

 別れの挨拶を言い去り、俺は部屋に逃げ帰った。

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