―1―
息抜きタ~イム!ミ(ノ_ _)ノ=3
はしゃぎすぎました(・ω・;)
私は彼が寮から出てくるのを見計らって、教職員用の駐車場から持ってきた車を降りた。
「崇弥」
彼の荷物はリュック一つに入りきる程度。
「璃央か」
璃央先生だ。
と言いたいが、そんな雰囲気ではない。彼の背後には軍服の男が二人。私をキッとサングラスの奥から睨んでいるのが分かる。
「何の用?見送りは要らないけど」
彼は私をじっと見詰めて二人の軍人と違った目的で帰れと目で訴えてくる。だが、私にも友から彼を連れてくるよう言われているのだ。簡単には引き下がれないと言うか、引き下がる気はない。
「実家に帰るのか?」
「帰らない」
「帰りたくないのか?」
「帰らないだけ」
こう言うからには実家には連れていけないようだ。しかし、この返答は予測済みだ。
「崇弥……いや、洸祈。行く宛あるのか?」
「…………………ない」
ならば、
「でも、璃央の世話にはならない」
そうきたか。
「ならどうするんだ?野宿か?」
「宿くらい作ればいい」
作るものなのか……あれは。
どうせきっと、彼の作るは“売る”だ。自らの体の使用料として寝る場所をもらう。
なぁ、洸祈。
何故お前は体を売る?
何故お前が売るのは体なんだ?
お前なら他にもできることがあるだろう?
私達の世話になりたくないなら、バイトだっていい。
何故体を売るんだ?
お金を得るのに手っ取り早いからか?
お前はそう簡単に体を売ってしまえるのか?
「私には解らない……」
「璃央?」
考えると止まらない。
私は首を振って、今の状況を考える。どうしたら後ろの二人を撒いて彼を連れていけるだろうか。
「もういい?」
彼は私の前を過ぎようとする。
てか、気付いて欲しいんだが。
授業休んで車連れて待っていたと言うのに素通りする気か!?私の立場を考えろ!
「よく……ない」
「璃央、今日はホテルに泊まるし、後は一人でどうにかできる」
そう言う彼は大人かもしれないが、中身は餓鬼だ。
「お前にできるわけないだろ」
私はお前を小さいときから見てきたんだ。仕事で忙しい慎の代わりに小さいときからずっと近くに居たんだ。
「璃央に言われたくない」
彼の声音が上がった。
これだから餓鬼は。お前はすぐかっとなって随分な餓鬼じゃないか。
「私に言われたくないなら、私と来なさい」
「行かない。ほっとけ」
背後の二人が動きを見せる。このままだと私は強制退場か。
話し合いが駄目なら、残るはあれしかないか。
「洸祈、慎から預かっているものがある」
私は彼の耳に囁いた。そして、彼への慎からの手紙を手に掴ませる。
はっきりな反応。彼の肩がぴくりと震え、私をじっと見詰めた。
「私への返事は読んでからにしないか?」
彼は私の言葉を聞くなり、乱暴に封を開ける。
そして、すらすらと目を通した。
一体、何が書かれているのだろうか。慎は内容は教えてくれなかったし。
彼の表情は変わらない。乾いた唇を舐め、どこかの文を何度か指先を添えて読み返しているようだった。
そして、
「璃央、連れてって」
「は?」
「俺にしてほしいことあんだろ?連れてけよ。父さんとの約束だし」
なんだか知らないが、慎の手紙は効果があったらしい。
「だが……後ろのは…………」
「あーあれ」
“あれ”こと軍人2名は私と彼を見る。ま、睨んでいるだな。
「あれは気にしなくて平気。それより、それに乗っていいんだよな?」
それは私の友人の幸乃原に借りた車だ。
「あぁ、助手席に……」
「何それ?」
何それって……助手席じゃ不満なのか?
「俺は後部座席で寝るの。で、この荷物が助手席」
不満なのかよ。
少しでも緊張してきた自分が馬鹿らしく思えてきた。洸祈は助手席へのドアを開けると丁寧にシートベルトまで荷物に掛けてやる。
「お前はここだからな」
荷物を撫でた洸祈は車の天井越しに、運転席のドアを開けようとしていた私にウインクをした。
ワケわかんないし、似合わないぞ。それ。
私が運転席に乗り込むと、洸祈が後部座席に乗り込み、
「璃央、かっ飛ばせ」
ミラーを通して親指を立たせる洸祈。
だから、似合わない。
私は、車の用意をする軍人を横目にエンジンを吹かした。
壊したらごめん……幸乃原。
「俺、トイレ休憩希望!」
餓鬼か!と、思った。
こっちは休みを取るために徹夜だったというのに、眠い目を擦って事故らないようにしている私を横目に寝ていながら、暢気にトイレ休憩とか言うな!
が、
私はミラーに映る彼の顔色を見てすぐさまハンドルをきった。
「洸祈!」
パーキングに停めると、洸祈はトイレへと小走りに向かったが、心配になってトイレの出入口にいたら案の定、彼は真っ青な顔でフラフラと出てきた。
「ちょっと……休みたい」
洸祈は私の肩に掴まってそれだけ言う。私は周囲の気に掛ける視線から外れて売店から離れたベンチに洸祈を連れていった。車でも良かったが、やはり、太陽に当てた方が良さそうだった。洸祈は1日を特に用がない時は部屋に軟禁されていた為に、色白でひ弱そうだ。
「食べ物より飲み物だな」
「温かいの少し頂戴」
無難に日本茶を買って渡す。目を閉じて呼吸する彼は手探りでキャップを開けて口に含んだ。
ゆっくりと下すと、ペットボトルを返してきた。
「大丈夫か?」
「まぁまぁ」
「そうか」
「……………あいつらからの土産の薬吐いた」
洸祈は断りもなしに隣に座る私の肩を借りる。
「ハイになったり、その逆になったり。その合間でさ、すっげー気持ち悪くなるんだ」
一生徒に強制的な投薬行為。許されるはずはないはずだが……。
「それで?抜けたのか?」
「ん~……今、気持ち悪いけど、ちょー楽観的思考。その崖から降りれば楽だねって天使が囁いてる」
マジか!?
「言っとくけど、真面目な話だから。さっき璃央がいなかった時、落葉燃やして気を紛らわしていたんだからな」
言われれば、私と洸祈の足下には黒い炭の跡。
「分かった分かった。で?どうする?」
「少し手を貸してほしい」
手は十分貸している気がするが。
洸祈はパーカーの左の袖を捲ると、更に白い肌を肩まで見せる。
「ん?何だ?…痕?」
良く見れば小さな長方形に皮膚が綺麗に浮き上がっていた。
「これは……」
「チップだ」
言葉を疑った。
「チップって……なんでこんなものがお前の体に……」
「後4つはある。これを取りたいんだ。じゃなきゃ何処にもいけない」
「発信器か?」
「ああ。乱暴に入れられたから、細菌とかって考えたくないけどさ。それに、飛行機とか乗れなくなりそうじゃん」
「取る……のか?」
「麻酔射ってくれたら俺一人でできる」
一人でできるものか?
「慎の友人に医者の神崎さんがいる。その人の元に行こう。近いし」
洸祈は些か渋ったが、やがて小さく頷く。
「俺の素性を一切言うなよ。後で迷惑掛けたくない」
「分かったから、落葉を燃やすな!」
チリチリと火の粉が舞う落葉を私は慌てて踵で擦り消した。
「あー、少し皮膚が腐ってる」
いや、そこはもうちょっと控え目に言ってほしい。
「くさ…って……」
「切るか」
「皮膚!?身を!?」
「腐ってるから」
「でも、消毒とか……他に…―」
「切って。皮膚なら時間が経てばもとに戻る」
床に寝る洸祈が神崎さんを見上げて言った。自分の体だというのに彼はきっぱりしている。それが恐いのだ。
「洸祈……」
「早くしてくんなきゃ、追い付かれる」
「坊やの言う通り」
確かに同じ状況ならば、慎も切ってくれときっぱりあっさり言うだろう。
けれども、洸祈は慎の性格も引き継いでいるし、それ以外の性格もある。
双子であるせいか、葵がいるからと無茶の限度を知らない。葵が傍にいて抑止しなければ、洸祈は社会では生きてはいけない。
おとぎ話のような“双子”になってしまっている。片方がいなければ途端に型崩れを起こす。
彼らは二人で一人。
「……っ」
「痛いか?」
「言うなよ!痛く……ない!」
ぽたりぽたりと垂れる血。
見ていられない。
「私は……外で待つよ」
「ああ」
「貧血で死にそー」
「分かったから大人しく寝てろ」
「今頃東京湾に向かって飛ばしてるあいつら考えると……ははは!馬鹿でしょ!あはは!!馬鹿だ!」
「貧血で死にそうだったんじゃないのか?」
「…………死にそぉ……」
「はぁ……」
現在、見張られていそうな私達の故郷へ向かうのは辞め、大仏と鹿で有名な奈良へ向かっていた。
しかし、チップの存在で計画より長引いた為、とっぷりと闇とナトリウムの単色光を繰り返す高速から降りて、静岡でホテルを取ることにした。
「お腹空いて死にそぉ」
「貧血じゃなくてか」
「レバニラ、レバニラ、レバニラの気分だ!」
一応、高等学校に値する軍学校で2年ちょっとは学んだというのに(実践とテスト以外は引き込もっていたが)、子供みたいなのは変わらない。
「私はレバーは嫌いだ。モツで一杯……」
じっとりした目。
「じじくさ」
レバニラはマニアックだ!!!!
と、言い返したくなった。
「んで?条件って?」
荷物にあった別のパーカーとジャージのズボンに着替え、コンビニで買ったレバニラをベッドに広げてばくばくと食す洸祈は、シャワーから出た私に聞く。
「条件?」
「俺に家くれる条件」
「慎が!?」
隠し財産とか?
崇弥家に別荘はなかったような。言ってはあれだが、崇弥家に別荘を買うお金は多分ない。
「うちは貧乏でしょ。父さんの弟。和泉の叔父さん」
確かに、和泉は煉葉に並ぶ金持ち。しかし、本家の長男にうちは貧乏だと言われれば、和泉も、他の分家も苦笑しかあるまい。
思えば、洸祈には婚約者がいなかっただろうか?
洸祈の従妹にあたる和泉家長女、和泉空穏。
洸祈は彼女と結婚するのだろうか……。
「父さんの手紙には璃央の出す条件に従うことっていう条件が付いてた」
物凄く気に食わなさそうな顔。
ま、私も気に食わないがな。
洸祈の――慎の手紙には従うという――精神が。
「私からの条件は、琉歌を母体とする護鳥と契約すること」
「つまり?護衛魔獣なわけないだろ?」
勿論、違う。
洸祈の場合、わざわざ魔獣に魔力を渡すぐらいなら、強力な火系魔法で全てを炭にする。
「つまり、お前の監視役だ」
そして、私がそう言うと、お前は……―
「監視役……俺が信用ならないって?」
やっぱり、こうなる。
洸祈の返事は些か挑発的だ。
その強気な姿勢と強大な力で実行するところが他生徒に人気であり、外に出れば喧嘩ばかりするのだ。
それに、キレ症でもある。
今回、洸祈は友への虐めに怒ったまではいいが、実力行使に出、挙げ句に相手の思う壺で倉庫爆破の濡れ衣を着せられたのだ。
そして、“濡れ衣”なのは現場を見れば分かるのだが、校長の判断により、“濡れ衣”は洸祈退学の理由となってしまった。
それを安易と受け入れた洸祈に信用がないわけではない。それでも、教師には止められない虐めを止めてくれたのだ。
だけど……。
「お前はいつも隠す。葵が私に聞くんだ。『俺の兄を知りませんか?』ってな」
洸祈は隠すどころか消した。
それも、双子の弟の記憶を……。
信用どうのこうのではない。
ただ単純に、私も慎も洸祈が心配なのだ。いつか全ての人間から、洸祈は自身の記憶を消し、洸祈の存在自体を消してはしまわないかと。
「葵はいいんだ……軍にいた方が……」
俯く洸祈。
そうやって、いつもお前は……。
良いところも悪いところも昔のままだ。
サスペンスものをBGMに互いに無言になる私と洸祈。
しかし、私が彼をちらりと見ると、ぼーっと宙を虚ろに眺めていた。
一瞬、この顔から決まって激情したり沈静する洸祈に不安を抱いたが、それどころか……。
「?洸祈、顔色が……」
顔色が悪い。
青白いどころか土気色だった。
洸祈は気づいているのか?
「へ?……だから貧血気味だ…………って」
しかし、言葉を止めた洸祈は割り箸をレバニラに刺すと、体を縮めて踞る。
「洸祈!?」
一体何が!?
「うわ……ヤバい。璃央……俺の口塞いで」
何を言ってるんだ。
と、耳を疑ったが、
これはどうも全うな提案らしい。
「叫ぶ」
そう囁いた瞬間、彼の短い悲鳴を残して、私は彼の口をタオルで塞いだ。
「――――」
右肩だ。
強く肩を押さえている。
「これは!?」
洸祈が押さえる指の間から漏れ出す光。
その光の強さはパーカーを透かす程。
そして、浮かび上がるのは……魔法陣だ。
「何てことを……」
薬品によって特定の陣を人間それ自身に刻む違法行為。けれど、それは日本政府に加護される者にのみ通用する。
軍には軍の掟があるのだ。
「くそっ……私が教師であるばっかりに……」
私は何で軍学校の教師になったんだ。
親友の息子すら守れずに。
私は教師になって何を目指してたんだ。
「りお……も……大丈夫」
タオルを口から離していた洸祈が荒い息を吐きながら、汗を足らしてベッドに転がる。
「水いるか?」
「…………もう寝る。だから……また明日」
さっさとレバニラを放置して布団に入る洸祈。先の騒動を知らんぷりしたかのような落ち着き様。
間もなく、寝息を立てる洸祈。
むしゃくしゃするが、しょうがないから私はレバニラを処理することにした。
「おやすみ、洸祈」