八十六皿目、 終幕 2
覚えがなかった。
知らない人だ。
自慢じゃないが女の知り合いなんて数える程しかいないから、間違える筈もない。
そうでなくとも、秋も深まる頃にこんな格好で訪ねてくる知り合いに、心当たりは無かった。
人違いです。
そう言いかけて扉を閉めようとした時、何かが俺の記憶に引っかかった。
女を見る。
線の細い瓜実顔、涼しげな切れ長の吊り目。
薄い唇をきゅっと歪めた笑い方には、どことなく見覚えがある気もする。
そう、例えて言うなら、狐のような……。
はたとその事実に思い至った途端、俺の口が勝手に叫んでいた。
「お前、何でここに居るっ?!!」
「パパー!」「ぱぱー!」
扉の両脇から、子供が飛び出てくる。飛びつかれる。
両脇腹に、二つの衝撃を食らって倒れる。
どたん!と音がして腰を打った。痛え。
床にひっくり返った俺の上で、二人の子供が言い争っている。
「クロウのせいだよ!」「シロウが押すからだろ!」
子供は四、五歳くらいに見えた。
片方は色白で、もう片方は日焼けしたような小麦色だ。
片方は銀色に近い金髪で、もう片方は黒髪。
そして、そのどちらもが同じ顔をしていて、挙句名前には聞き覚えが有りまくり過ぎた。
「重い……!クロウ、シロウ、どけっ!」
子供達が慌てて飛び退く。
その様を見て、狐目の女がころころと笑う。




