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八十五皿目、 終幕 1
――時が過ぎて。
暦が進み、季節が移り変わって、俺はいくつかのアルバイトを掛け持ちしながら暮らしていた。
半袖が長袖に変わり、街路樹が色づき、そろそろ炬燵を引っ張り出そうかという十一月に。
ピンポーン。
客が来た。
「はぁい」
間延びした声で返事する。
……予兆は無かった。と思う、多分。
田舎の爺ちゃんが新米でも送ってくれたかと、喜び勇んで扉を開けるまで、俺はそのことを記憶の引き出しにしまい込んだままにしていた。
俺の前に、“夏”がいた。
正確には、真夏のような女だ。
白いノースリーブのワンピースに、鍔広の麦藁帽子、足元は涼しげなサンダルで、まるで八月の避暑地でも歩くような格好だった。
最近めっきり冷たくなった風は、上着を着た俺にもひやりと肌寒いというのに、女は全く平気な様子で。
そして、俺を見てにこりと笑った。
「ご無沙汰してます」
「どちら様ですか?」




