七十八皿目、 ――『 』 7
圧倒的存在である竜という身を隠してまで、人間の世界に来る理由があるのか?
もしかして、鹿島みたいな連中は意外と少なくないのかも知れない。
人間の振りをしていた方が、竜でいるより安全というのはそういうことだろう。
しかし、卵だけは擬態できないが故に、見つかって持ち去られてしまった。
有り得る話だ。
会話が途切れた拍子に、狐目がチッチッチッと短く舌打ちをした。
猫の子を呼ぶような仕草で、クロウとシロウを手招く。
二匹は、もぞもぞと鞄から這い出し、飛びつくように狐目に寄って行った。
鹿島の時にはあんなにピリピリしていたと言うのに、狐目に対しては何の警戒も抱いていない。
「おーよしよし、大きくなりましたネー♪」
膝の上に乗った二匹を、狐目はにこにこと嬉しそうに抱き上げた。
シロウは狐目の腕に収まり、クロウは肩によじ登る。
俺にするのと同じように、狐目の頬に鼻先を擦りつけて、一声鳴いた。
「ママー!」「ままー!」
とどめだ。
聞き間違いじゃない。
幻聴でもない。
確かに二匹は、「ママ」と言った。
クロウとシロウが、こいつを母親だと認めた。
これ以上確実な証拠なんか無いじゃないか。
すとんと、俺の肩から気負っていた気持ちが滑り落ちたような気がした。
重い荷物を下ろしたように、何だかやけにすんなりと、目の前の事実を受け入れられる心持ちになっていた。
クロウとシロウは、狐目に腹をくすぐられてはしゃいでいる。
卵の外では会ったこともない筈なのに、それでも二匹にはこれが自分達の母親だと分かるのだ。
不思議だが、人間には分からない――いや、“父親”には分からない何らかのメカニズムが、母と子の間には有るのかも知れない。




