七十二皿目、 ――『 』 1
「どうモ、迎えに来ましタ」
開口一番、奴はそう言った。
「返事なかっタから、留守かと思いましタ」
俺は、言葉も無く立ち尽くしていた。
言ってやりたいことは山程あったが、唐突過ぎて咄嗟に出てこなかった。
狐目は俺の肩越しに部屋を見回して、隅に置いた鞄に目を止める。
ファスナーの間から首だけ覗かせて、こちらを見上げるクロウとシロウが居た。
つまり、こいつはようやく“卵”を引き取りにやって来たという訳だ。
「おお、坊やタチ~!♪」
「てめえ!今更どの面下げて出てきやがった!」
鞄に駆け寄ろうとする狐目の襟首を、俺の手が掴み上げる。
金払えとか、よくも今まで行方を晦ませてたなとか、言うことはいくらでもあるが、まずはこいつを締め上げないことには腹の虫が納まらない。
しかし狐目は涼しい顔で、不思議そうに俺を見返す。
「そいえば、何故アナタ居まスか?」
「ここは俺ん家だボケぇ!」
思わず怒鳴る。
「いえ、そうでなクて、どうして食べられテないのカと……ぁ、いえナンデモ」
寝ぼけてんのか!と言いかけた舌が言葉を呑んだ。
狐目の台詞は、聞き逃すには不穏当すぎた。
「待て、今何つった?食われてないだと?」
「何でもナイデス、コッチの話」
「何でもないわけあるか!」
襟を締める手にぎりぎりと力が篭る。
だが、狐目は平然を装って目を逸らす。
そういえば、前に鹿島が言っていた。
竜は人を食らうのだと。
生まれて最初に見た動物を、獲物と定めて襲うのだと。
あの時は、単に鹿島の脅しだと思っていた。
しかし、まさか、というか……どうやら、本当に、そうなのか?
こいつが、俺に鞄を預けて消えたのは、それなのか。
「お前、俺を……!」
その先は到底口にはできない。
怒りとおぞましさが込み上げた。




