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箸休め、
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夜の公園を風が渡る。
木々の葉を揺らす温度は、湿って生温かい。
街灯の明かりも消えて、濃い闇のみが支配する刻限に、木の上に立つ細長いシルエットがあった。
人のようだ。
支えるものとて無い梢に爪先で佇むその影は、夜空を見透かして町並みを眺めやる。
そこからは、一件のアパートが良く見えた。
どの部屋も暗く、住人たちは寝入っている。
何の変哲も無い極普通のアパートだが、しかし、同時に極めて重要な場所でもあった。
大切な存在が、巣立ちを迎えようとしている。
強大な力を身に着け、独り立ちする時だ。
「頃合ですネ」
切れ長の目を細めて、人影が囁いた。
喜ばしげな響きがあった。
待ち望んでいた瞬間だった。
瓜実顔に後ろへ撫で付けた黒髪、ひょろりと背の高いスーツ姿。
どこか狐のような印象を受けるその人物は、ほくそ笑んでひらりと枝から飛び降りる。
闇に溶けるその影は、地面に降り立つ前に木々の合間に掻き消えた。
後には、ざわめく夜風だけが残された。
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