三皿目、 ――後悔役に立たず 3
狐目は喫茶店で待つと言った。
鞄を奪ったら戻って来て渡せという訳だ。
俺はアイスコーヒーを飲み干して表に出た。
駅前のバス停のベンチに座って出口を見張っていると、やがてボストンバッグを抱えた男が現れた。
何か薄汚れた印象のある男だった。
くたびれたカーキ色の長袖シャツを羽織って、古めかしいチューリップハットを被っている。
伸び気味の癖毛と無精髭が野暮ったい。
俺はそいつにキンダイチと密かなあだ名をつけた。
キンダイチは暫くきょろきょろと辺りを見回すと、やがてこちらへやって来た。
時刻表の前に立って次のバスを探している。
目的の便を見つけたらしく、少し離れた隣のベンチに腰を下ろして鞄を置いた。
チャンスだ。
俺は時計を眺めつつ、バスを待つ振りで煙草をふかした。
それを見て、キンダイチも吸いたくなったのだろう。
胸ポケットからマイルドセブンを取り出すが、しかし空だったようだ。
くしゃりと握り潰して横のゴミ箱に捨てる。
それから自販機に目を向けた。
駅出口脇には、飲料の他に煙草の自販機も並んでいる。だがタスポが無いと買えない。
コンビニは道を渡って反対側だ。
キンダイチは少し迷ったようだったが、自販機に向かって歩き出した。
タスポ持ってるのか。キンダイチなのにハイテクだな。
いや、タスポはどうでもいい。
キンダイチは鞄を置いて行った。
鞄を、置いて行った。
バカめ。日本の治安を過信しやがって。
ほんの一瞬の判断、自販機までのたった十メートルがお前の命運を分けるんだ。