三十八皿目、 ――知らぬが仏 2
ピンポーーン。
インターホンが鳴った。
俺は慌てて、クロウとシロウを奥へ押し込め、小走りで玄関へと向かう。
「はい、どちら様?」
「下の白井ですけど」
おっとりとした女性の声が返ってきた。
俺は玄関を開けた。
白井のおばあちゃんだ。
おばあちゃんと言っても血縁ではなく、俺の部屋の真下に住んでいる老夫婦の奥さんのことだ。
小柄で丸顔の愛嬌があるおばあちゃんで、いつもにこにこと笑っている。
よく俺におかずをお裾分けしてくれたりもする。
俺は時々、白井さん家の電球を替えてあげたり、力仕事を手伝ったりする。
そんなご近所さんだ。
今日もおばあちゃんの手には小振りなタッパーがあった。
「牛蒡の金平なんだけど、ちょっと作りすぎちゃったの。
よかったら召し上がってくださる?」
「ありがとうございます、いただきます!」
俺は、でき得る限りのフレンドリーな笑顔で受け取った。
今の俺に食べ物の施しは格別に有り難い。
何より、おばあちゃんの金平は美味いのだ。
「いつもすいません」
「いいえ、こっちこそ押し付けるみたいでごめんなさいねえ。
男の子は沢山食べてくれるから、つい嬉しくてねえ」
そんな世間話に興じる。
「そういえば、お仕事はお決まりになったの?」
うわ痛い話題だ。
「いやーそれがまだなんですよ、不況ですねーあははは」
笑って誤魔化す以外ない。
実際このご時世ではなかなか難しくもある。
バイトも探してはいるが、良さそうなところはやっぱり倍率も高い。
「大丈夫よー、あなた良い子なんだから」
にこにこと笑うおばあちゃんは、そんな風に言ってくれる。
良い子?
良い子っていうのは多分、金に目が眩んで盗みなんかしたりしない人種のことだと思う。
つまり、俺は違う。
ふと、俺を見上げていたおばあちゃんの視線が、俺を通り越して部屋の中へ向く。
「あら」
「え?」




