三十六皿目、 ――舞台袖或いは物語のB面 9
「魔術はともかく、体術なら私の方が上のようだな」
「そのようデ」
狐目は、笑って答えた。
「でも単純に力だけなラ、私の方が強いデス」
「何?」
次の瞬間、鹿島の体は宙を舞っていた。
魔術ではない。体術でもない。
単に“力一杯振りほどかれた”だけだ。
「ば、ばかな……!」
花壇に頭から突っ込んで、鹿島は驚きの声を上げた。
人間業ではない。
だが妖しの術とも違う。
(ただの“信者”ではない?もっと上の?)
鹿島が考えていたよりも危険な存在――
(拙い……!)
思考を打ち切って飛び起き、狐目の追撃に備える。
と、その時、
「おまわりさん!こっちです!」
警官を呼ぶ声と、ばたばたと走ってくる複数の足音が聞こえた。
二人の殴り合いが、誰かに目撃され、通報されたようだ。
「チッ」
狐目が舌打つ。
ピュィッと短く口笛を吹けば、ざあっと風が吹いていくつものつむじ風が鹿島を襲った。
無数の鎌鼬が、花壇の花や足元の雑草を刈り取り、舞い上げる。
「おい、待て!」
手や顔に裂傷を負いながらも、鹿島は狐目に掴みかかった。
しかし、その腕は虚しく空を切る。
狐目の姿は、既に鹿島の視界のどこからも、きれいさっぱり消え失せていた。
すぐに自分も逃げた方が良さそうだ、と判断する。
もうそこまで来ている足音とは反対側へ、鹿島も駆け出していた。
「マズいことになったな」
呟く。
「私の存在が知られた以上、我々が竜を見つけたことも感付かれただろう」
小競り合い程度では済まなくなるかもしれない。
そう、鹿島は思った。
次回より、また視点は主人公へ戻ります。




