二十九皿目、 ――舞台袖或いは物語のB面 2
鹿島平祐は研究所に戻ってきた。
折角捕まえた盗人を、みすみす逃がすとは酷い失態だ。
もうあの泥棒は、駅周辺には近付かないだろう。
となると、こちらから見付けに行かねばならない。
鹿島は教授の部屋を訪ねる。
無遠慮にもノックせず扉を開ければ、室内には明かりすら灯っておらず、埃臭い臭いがした。
壁を探って電灯をつける。
青白い蛍光灯に照らされて、部屋の様子が浮かび上がった。
正面に大きな書き物机、壁際には天井まで届く本棚と、そこにぎっしり収まった蔵書。
アンティークめいた上品なチェストに、ソファーセットとローテーブルが据えられているが、
その全てを同じように、分厚い書類の束が占領していた。
鹿島は机に近寄った。
一番上の引き出しを開ける。
ペンや鋏、糊や付箋が雑多に詰め込まれたスペースと、使い古しのメモやノートの切れ端が重ねられたスペースに分かれている。
鹿島は、文房具のストックの方からコンパスを二つ取り出した。
一方は円を描くための道具。もう一方は方角を知るための道具だ。
だが、壊れているのだろうか?
本来北を指し示すはずの針が回らない。
鹿島はコンパスの蓋を開けて、菱形の針を取り出した。
それから、もう一方のコンパスを取って、力任せに足を引き抜く。
金色の針だった。
それがどんな役目を果たすのかを、鹿島は知っている。
針の真ん中に開いた小さな穴に、コンパスの軸を通す。
蓋を閉める。
これで二つのコンパスは、竜を探す探知機になった。
「お借りしますよ教授」
ゆらゆら揺れる針の先端が、竜の居る方向を示している。
それをポケットに押し込んで、鹿島は部屋を出た。
これで竜を探しに行ける。
わざわざ卵が孵ったことを教えてくれたあの盗人には感謝しよう。
じきに彼の手元から竜を取り戻してみせる。
鹿島編の開始です。




