二十一皿目、 ――油断大敵 5
「なぁ、鹿島さん、だっけ?」
「うん?」
俺は頭だけ半分振り向いた姿勢で尋ねる。
キンダイチは、まだ背後から背中に捻った俺の腕を掴んでいる。
離す気はないだろう。
その程度の警戒心は残っているようだ。
だが、この姿勢からでもたった一カ所だけ攻撃できる急所がある。
「悪いな」
僅かに浮かせた踵。
直後、キンダイチの足の甲を強か踏みつけた。
「――ッ!!」
思わず緩んだキンダイチの手を振り払って、走り出す。
キンダイチは追いかけて来るが、片足を引きずってはまともに走れはしまい。
「ま、待てっ!」
待てと言われて待つ奴がいるか。
俺は全速力で駅に向かって駆けた。
赤信号に変わったばかりの横断歩道に飛び出す。
進みかけていた車から怒鳴るようなクラクションが飛んでくるが、無視無視。
渡り切ったところで振り返れば、車の流れの対岸からキンダイチの叫び声が聞こえた。
「馬鹿なことはやめろ!
あの卵が孵ったら、あなたは…!」
「卵ならもう孵ってる」
「え?」
驚愕って言うのは、多分この時のキンダイチの表情のことを言うのだろう。
俺は踵を返して、駅舎に走り込んだ。
ICカードで改札を通って、折り良くやって来た快速列車に飛び乗る。
すぐに列車は動き出し、入り口脇の手摺りにもたれる俺の眺める窓の外で、景色が変わり行く。
そうしてようやっと、俺は人心地つくことができた。




