十五皿目、 ――どんな非日常にも、意外と慣れる 5
ベンチ。
そうだ、あのベンチで俺はあいつに声をかけられたんだ。
全く、あんなところで求人情報誌なんて読むんじゃなかった。
あんな怪しい奴の頼み事なんて聞くべきじゃなかった。
断ればよかった。
たった十万ぽっちに目が眩んだせいだ。
自業自得というより他ない。
そりゃ金は大事だ。十万は大金だ。
だが、盗みの対価としちゃ安すぎるだろう?
いや、いくら積まれたってやるべきじゃなかった。
もう遅い。
過ぎたことは戻って来ない。
この飲み干したコーラの空き缶が、再び満たされることなどないように。
缶をゴミ箱に向かって放り投げる。
カン!と縁にぶつかって、ビニール袋の中にすとんと落ちた。
公園を出て駅に向かう。
目的地は、駅前にこぢんまりと構えるあの喫茶店。
あいつの行き着けだとか、そういうことを期待する訳じゃない。
けど、もしかしたらあいつも俺を探しているかも知れない。
何しろ、盗んでまで欲しがっていた物を、俺に預けたままなのだ。
きっと探すに決まっている。
ならば、あいつもこの辺りにやって来る筈だ。
お互いに公園か喫茶店しか手掛かりはない。
同じ条件なんだから、同じ場所でかち合う可能性は高い。
俺は楽観的だった。
そう、この時は、狐目が俺を探してるだろうことを疑ってすらいなかった。
見つけたら、襟首掴んで文句の一つも言ってやるつもりだった。
そして約束通り、報酬をせしめて、竜を渡す。
……渡さなきゃいけないだろう?元々あいつのだって話だし。




