5分待って
「もう我慢できません!レオ様!」
シンと静まり返っていた学園の卒業式パーティー会場に、ファラ・ドゥーネ侯爵令嬢の声が響き渡る。
いや、我慢できませんって。
後5分待てなかったかな?
今静かなのはね、僕が今からこの卒業式パーティーで、卒業生代表としてスピーチするからだったんだよね。
5分後にはスピーチも終わって、暫し歓談を、って流れだったからそこで話を聞けたのに。
「ドゥーネ侯爵令嬢……」
僕がつい名前を呼んでしまった事により、側近であるルカ・サータン公爵令息が僕の脇腹を思いっきり肘で突いた。
「ぐふっ……」
「何故名前を呼んだ。無視してスピーチをすれば良かったのに」
こそりとルカが僕の耳元で、小声で怒鳴る。
その通りだけど。
我王太子ぞ、とは思うもののこれは僕の落ち度である。
ドゥーネ侯爵令嬢に気付かぬふりをして、スピーチをシレッと始めれば良かったのだ。
3分間にスピーチをまとめられた超大作をさっさと披露すれば良かった。
「レオ様!」
擬音をつけるなら、およよ、とでもなりそうな所作で、ドゥーネ侯爵令嬢がしな垂れかかってくる。
ルカの、「早く離せ」という視線は痛いくらいに突き刺さっているのだが、どうにも強く言えないのだ。
「……どうしたんだい?ドゥーネ侯爵令嬢」
微笑む僕は正に王子様スマイルを浮かべられているかもしれないが、内心は後からのルカの叱責を考えるだけで泣きそうだ。
王族なのでポーカーフェイスくらいはできるけれど。
「もう我慢できないのです!」
いや、それさっき聞いた。
「何が我慢できないんだい?」
「サータン公爵令嬢の事ですわ!」
ザワッと僅かなざわめきがパーティー会場に響いた。
サータン公爵令嬢、ルルファ・サータン。
僕の、王太子レオナルド・エンジェルの婚約者である。
「私が何か?」
ドレスや礼服の生徒ばかりの中で、制服姿の彼女は目立った。
かくいう僕も制服姿なのだけれども。
このスピーチの後に2人で正装に着替えて、パーティーに参加するつもりだったからだ。
「レオ様!良い機会です!ここは婚約破棄をなさるべきです!」
とんでもない事を言い始めたドゥーネ侯爵令嬢に、僕は固まってしまう。
突然の事に対応できない僕は、背中をバシン!とルカが強く叩いた事で漸く我に返った。
「婚約破棄とは?」
「見たら分かりますよね!?皆さま!」
パーティー会場にいる生徒にドゥーネ侯爵令嬢が、まるで演説をするように話しかける。
その様子に、戸惑う人間ばかりではなく、ああ、とどこか納得しているような人間がいるのが少し不愉快だった。
「僕はルルと婚約破棄をするつもりなどない。彼女はサータン公爵令嬢という血筋も立派なものだし、学問の才も剣術の才もある素敵な令嬢だ」
「いくら中身が良くとも、外見が“アレ”では、下手すれば国交問題に発展します!」
「人の外見で生じる国交問題とは何を想定しているんだい?公爵家の令嬢であり、そしていずれは王族になる彼女に対してそんな問題が起きるようなら、相手に問題があるとしか思えない」
そう!今の君のようにね!
……まで口にできたら良かったのだけれど。
ルカの視線が痛い。
妹を馬鹿にされてるのだし、婚約者である僕がちゃんと言わないといけないのは分かってる!
分かってるけど、しみついた八方美人体質のせいで口が動かないんだよお!
「レオ様……っ!」
とうとうドゥーネ侯爵令嬢が抱き着いてきて、僕はフリーズしてしまう。
「この場で婚約破棄すべきです!あの、化け物に引導を渡すべきです!」
流石の暴言には僕も黙っていられない。
あの可愛いルルを化け物だなんて!
「化け物なんて失礼な。彼女はちょっと胸が大きくて制服がパツパツすぎたり、ちょっと太腿が下手したら細い令嬢の腰くらいには太かったり、令嬢にしては身長が高すぎるだけさ。目付きが悪いのは隣にいるルカを見たら分かるだろ?サータン公爵の血筋さ」
ルカに腰を抓られた。
我王太子ぞ!?
別に悪口のつもりじゃなく、ただ真実を口にしただけなのに。
……実は気にしてたりするのか?
「……では言い方を変えますわ。どう考えてもサータン公爵令嬢は男じゃありませんか!」
言ったーーーっ!というような皆の心の声が聞こえてくるようだ。
しかし、ルルファは顔色一つ変えず、ポツリと、テノールを通り越してバスくらいの声音で口を開く。
ソプラノでもアルトでもない。
バスだ。
「失礼ですわね、ドゥーネ侯爵令嬢」
「あんな声の低い令嬢がいますか!?」
「声変わり……、いえ、幼少時に喉を傷めてしまっただけです」
「声変わりって言っちゃってるじゃない!」
ルカの呆れた冷たい視線に、ルルファは涙目になっている。
声とかのせいで、普段ルルファは人前であまり喋る事が無いから緊張してうっかりしただけだろう。
だからそんなに睨まないでやってくれ。
……おいおい、だからと言って僕を睨むんじゃない。
我王太子ぞ?
「レオ様!」
「ひゃい!」
「レオ様はこの国でたった1人の王子殿下です!お世継ぎが必ず必要な方です」
必ず必要。
頭痛が痛いみたいなものか。
おっと、現実逃避をしてたらルカに睨まれてしまった。
「わたくしでしたら、きっとお世継ぎをたくさん産めますわ!」
いきなり出産宣言とはいかがなものか。
いや、王族や貴族に必要不可欠なものではあるけど、もう少し歪曲表現を使えなかったのか。
……いや、歪曲したところでこんな人前でするような話題じゃないけど。
令嬢達はおろか、ある程度耐性のありそうな令息達までドン引きの表情をしているじゃないか。
「私は……」
ルルファが悲しそうな顔をする。
せっかく“男前”な顔をしているのに、そんなショボくれた顔をするんじゃないよ。
本当に、僕の婚約者様は可愛いんだから。
「ドゥーネ侯爵令嬢」
僕の王族スマイルに、ドゥーネ侯爵令嬢がパーッと顔を輝かせる。
何を期待しているのだろうか。
「僕の婚約者はルル、ただ1人だよ。それに、君とは絶対に結婚などできないし、子供も作る事はできない」
「なっ……!?それはわたくしが侯爵令嬢だからですか!?確かに公爵家よりは家格は落ちますが……っ!」
「爵位とかそういう問題じゃないんだ」
僕はドゥーネ侯爵令嬢を手で制し、予定していたスピーチを行う。
本当は卒業生や在校生についても話す予定だったのだが、今更話せない。
あーあ、1ヵ月くらいかけて考えた言葉もあったのにな。
「諸君、君達の中にもサータン公爵令嬢が男だと疑っている人間が何人かはいるだろう」
「……いや、むしろそもそも女だと思ってる人間が皆無だろ」
ルカの小さなツッコミがうるさい。
そんな事ない!と言いたいところだが、だよね、みたいな周囲の視線に泣けてくる。
「想像通り、ルルファ・サータンは、男だ!」
やっぱり、だよね!みたいな空気しかない。
すっかり騙せていると思っていたのは、残念ながら僕とルルだけのようで、ルルもなんだってー!?Ωみたいな表情を浮かべている。
……パッと見は微動だにせずに顔を顰めているだけだけど。
「なら……っ!」
ドゥーネ侯爵令嬢がいやらしい笑みを浮かべる。
だから、君との結婚の可能性も、1%だってないんだってば。
「そして、僕も性別を偽っていた。本名はレオノーラ・エンジェル。王子ではなく、王女なんです!」
今度は周囲の人間の方が、なんだってー!?という状態になっている。
ああ、やっと話せた、と、“私”は安堵する。
今までできの悪い王太子を厳しく教育する顔だったルカが、私を手のかかる妹のような目で見ている。
……女の子と知ってても、容赦なく肘鉄をしたり背中を叩いたりする、お義兄様ですけどね。
「女……?王女……?」
ドゥーネ侯爵令嬢が呆けたようにこちらを見ていたが、もう無視だ。
私はもう王子様を卒業したのだ。
王子として八方美人をする必要はなくなったのだから。
「私が王子として育てられたのには訳があります」
私のスピーチは、今度は誰にも遮られる事なく勧められた。
18年前。
私が産まれた時の事。
王妃であった母は、私を出産した事により儚くなられてしまった。
元々体の弱かったお母様は、文字通り命懸けで私を産んでくださったのだ。
しかし生まれたのは王女。
王子ではない。
けれども、母を心底愛していた父が新しい王妃を望む事が無い事くらいは、周囲にも容易に想像がついたし、祖父母もそれを強要するような人達ではなかった。
最悪私の命がなくなれば、隣国に嫁いだ父の妹である叔母の子供を養子にすればという話も出てきていたのである。
そして、幸いこの国は若干頭花畑の者が多いようで、それなら良いか、と大問題にならなかったようだ。
隣国との関係も良好を通り越して既に1つの国だと思っていたという国外の人もいるくらいだし、隣国の陛下も叔母である王妃も、OK!と簡単に了承していた。
そしてその隣室では、サータン公爵夫人が、私の生まれた5分後に、第二子であるルルファ、いや、ルーファスを出産したのである。
サータン公爵夫人は母とは昔からの親友であり、母が産気づいたと同時に予定よりも随分早く彼女も産気づいてしまい、公爵家の屋敷に戻るのが難しい事から、知らぬ中でもないし、と隣室をあてがわれて出産したのである。
サータン公爵夫人も決して安産だった訳ではないが、それでも無事出産できた事を、母が自分まで守ってくれたのだと泣いて喜んだ。
王妃の死と、私とルーファスの誕生。
心からの喜びだけではなかったが、それでも私達は誕生を祝われた。
しかし、早速問題になるのは、やはり私が女という事である。
この国は女王が統治する時代もあったので問題はないだろうが、後継者が王女1人しかいない状況というのは流石に王国始まって以来の出来事だ。
複数の後継者候補がいても、王子や王女というのは色々な意味で狙われやすい。
特に王女は性別的な意味でも狙われる。
王女が無理やり子を作らされて泣く泣く降嫁したという話も、王族の歴史の中に無かった話ではないのだ。
「……いっそ、王子が産まれた事にしたらどうだ?」
そして、時が来たらすぐに結婚をさせる。
才能があればそのまま女王として統治させれば良いし、王配が采配を振るう形になっても良い。
それが難しければ、彼女が産んだ次世代の子を王にすれば良い。
そう提案したのは、宰相であるサータン公爵だ。
少し難しい顔をした父だったが、少しでも私の安全を考えればと了承した。
「それは良いかもしれない。しかし、たった1人の王子にずっと婚約者をつけない訳にはいかないだろ?同じ年頃の令嬢をあてがわれても困る。例えばリダース侯爵家とか最近娘が生まれたアピールが凄くて、まだ1ヵ月だというのに、やれ何々ができたと……」
「なら、丁度良いのがいる」
父の長くなりそうな話をすっぱり断ち切ってサータン公爵が指差したのは、生まれたばかりのルーファスだった。
爽やかな笑みを浮かべるサータン公爵に比べ、父は浮かない顔だ。
「いや、男を婚約者にしたら女だと丸分かりじゃないか」
「だから、王女に男装させるなら、息子に女装させれば良い。なーに、どうせ成人になるまでくらいの事だろう。成人になれば王女も良い人を見つけてるかもしれない。もしかしたら、俺の息子が婚約者のままで良いと言うかもしれない。今なら生まれたばかりだ。ここにいる全員で秘匿とすれば問題無い。乳母も、うちに心当たりがある。絶対に裏切らない人間だし、うちの奥さんも協力する」
「そうね。ちょっと公爵夫人の仕事ができないだけですわ。旦那様が何とでもしますでしょうとも」
父は公爵夫妻の気持ちに泣いて礼を述べた。
簡単な事のように言うが、それはある意味茨の道だ。
どんなに平和なこの国でも、バレてしまえば王族への冒涜だとサータン公爵を責める人がいるかもしれない。
そもそも結婚できなければ、女装生活を過ごしたルーファスの人生は終わったも同然なのだ。
けれども、公爵は自分と父の仲だし、母と夫人の仲じゃないかと笑い飛ばすばかりだった。
そうして、私達は性別を入れ替えて生活をする事になった。
誰にも言えない秘密を持った私達は、小さい頃からも仲が良く、そのまま結婚する事に何の抵抗もなかった。
私も精一杯男の子っぽい態度を取ったし、幸いにも女性にしては身長があったので、努めて低い声を出せば何とかなった。
中性的な(と言うか女性なんだけど)、線の細さのある王子という事でそれなりに見場も良かったようだ。
ただちょっと問題だったのがルーファスの体格で。
13歳くらいまでは線の細い美少年だったので、少々キリリとした美少女で通っていたルーファスだったが、男として剣の訓練も陰で行っていたせいか、気付けば身長は2m近くある、筋骨隆々な身体へと成長してしまった。
それでも、ルーファスは文句1つ言わずに、私の婚約者、ルルファ・サータン公爵令嬢を演じてくれたのだ。
「…………だから、あなたとは結婚もできないし、私はルーファスを愛しているの。私のためにパツパツの制服を着続けてくれたルーファスをね」
「何よ、それ……。ただの変態カップルじゃない!」
ドゥーネ侯爵令嬢の声が大きく響く。
流石に言い過ぎたと気付いたのか慌てて口を抑えるが、もう遅い。
いくらお花畑国でも、最低限のルールは必要なのだ。
「ルカ。たかが、侯爵令嬢が、王族や公爵令息に不敬な態度を取ったらどうなるかしら?」
「そうですね。とりあえず、ここから連れ出して牢屋に1晩入れてから処罰を考えてもよろしいのでは?」
顔を青くしながらも逃げようとしたドゥーネ侯爵令嬢を、控えていた警護の騎士達が連れていく。
嘘よ!嘘よ!と響く彼女の悲鳴を聞きながら、私は1つ溜息を吐いた。
「……後5分待ってくれたら、スピーチと一緒に真相を話したのにね」
本当、『我慢できません』、を後5分我慢してくれたら良かっただけなのに。
まあ、そもそも王族を勝手に愛称で呼んでた時点で、いつかはこうなっていたのかもしれないけど。
側近のルカだって何度も諌めてくれていたのに。
「……そもそも、我が義妹君が八方美人すぎて、さっさと諌めなかったからじゃないでしょうかね?」
未来のお義兄様はちょっと厳しい。
ルカ兄のバーカっ!
……と心の中で思っただけなのに、冷たい侮蔑の視線を向けられるのは何故かしら?
本当何故かしら?
「やっとあなたとダンスを、女性パートで踊れるわ」
「俺は、漸く胸元に余裕のある服が着れて少し楽になった」
あの後、何とか場を持ち直し、卒業式パーティーは続行させた。
私とルーファスは予定通り、私がドレスに、ルーファスが礼服にと着替えてのファーストダンスだ。
「……ごめんなさい。ルーファスにばかり負担を強いる18年だったわ」
「気にするな。確かに15歳でこの学園に入る時点で無理がありすぎたが、レオノーラを守るためならこれくらいってところさ。それに、俺が先に生まれていたら男だと先に知られていたかもしれない。君が産まれてから5分待てて良かったよ」
苦笑を浮かべる優しいルーファスに、私も自然と笑みを浮かべてしまう。
優しいルーファス。
大好きだわ。
「でも、私はルルファ嬢も愛してたわ。可愛かったもの」
「あの化け物を可愛いと言うのは、世界中で君と母上だけだ」
「あら、化け物なんて失礼ね」
いや、あれは化け物だ、違うもん、と私達は音楽に潜めてこそこそとおしゃべりを続ける。
「まあ、それを言うなら、レオナルド殿下もカッコ良かったよ。俺の自慢の婚約者だ」
「嬉しいわ。私あなたと結婚できるのが一番嬉しい。これからヨロシクね。旦那様」
「ああ、奥様」
そんな事を言っていたのに、うっかり今までの癖で、私はルーファスに女性パートであるターンをさせてしまったのであった。




