あばずれ令嬢と呼ばれている私ですが、そんな生易しいものじゃありません
『やあ、美しい御令嬢』
『……カールトン殿下でいらっしゃいますか?』
『そう、オレはカールトンだ。君は夜空の星のように輝いているよ。ところで君の名を聞いてもいいかな?』
『これは失礼いたしました。私は……』
陛下に賜った変名を口にします。
まったくカールトン殿下ったら、自分の婚約者に話しかけたことすら気付かないのですから。
◇
――――――――――王宮にて。ベアトリス・ハルムショー伯爵令嬢視点。
「ベアトリス様。一休みしてお茶にしませんか?」
「そうね、ありがとう。セラ」
王宮の一室で政務を執っている最中に、侍女のセラがお茶を勧めてくれました。
セラの声をかけてくれるタイミングは、いつも本当にバッチリなのです。
私の意を酌んでくれますし。
有能な王宮侍女ですね。
「いいのですか?」
「ええと、何がでしょう?」
「婚約者様のことですよ」
ややとげとげしさを含んだトーンに思わず苦笑いです。
我が国の第二王子カールトン殿下は私の婚約者です。
王命で決まった婚約ですが、カールトン殿下は私を気に入らないようで。
しきりに私の悪口を言って回っているようなのですよ。
カールトン殿下はちょっと僻んでいるのではないですかね?
御自身が第一王子エルバート殿下と比較して劣ると言われていることを、よく御存じでいらっしゃるでしょうし。
また地味な私が婚約者ですから。
その点は申し訳ないですね。
「うすぼんやりの鈍感の能無しのって。ベアトリス様に対して失礼ではないですか」
「うふふ。いいのですよ、事実なのですから。まだまだ私も政務には慣れておりませんのでね。処理が遅いと責められるのは仕方ないのです」
「ベアトリス様は寛大でいらっしゃいますね。エルバート殿下とカールトン殿下では出来が全く違うではありませんか」
「言い過ぎですよ」
「失礼いたしました」
セラを窘めましたが、私も同じことを思います。
第一王子エルバート殿下は素敵な殿方なのです。
私もお妃教育や政務で王宮に来るようになってからよくお会いするのですが、いつもにこやかに声をかけてくださって。
王立学校の成績も優秀だったそうで。
憧れてしまいますね。
カールトン殿下はまあ。
顔の造作だけはエルバート殿下に勝っていますかね?
王位を継ぐ第一王子エルバート殿下のほうが優秀というのは、王国のためにはいいことだと思います。
私は婚約者カールトン殿下をお支えすることで、国のために尽くしましょう。
……カールトン殿下も少しは私を気遣ってくださると嬉しいのですけれどもねえ。
「しかしお側にお仕えするわたしは存じております。ベアトリス様は優秀ですよ。少なくともグロリア・マイルズフォーン侯爵令嬢よりは」
「……ですかね?」
グロリア・マイルズフォーン侯爵令嬢は第一王子エルバート殿下の婚約者です。
輝く金髪の目の覚めるような美女で、エルバート殿下とはお似合いだと思います。
とはいえできる侍女セラに、グロリア様より優秀と言ってもらえるのは嬉しい気持ちがありますね。
もっと頑張らないと。
モチベーションが上がります。
「いえ、真面目に政務に取り組んでいるのならいいのです。しかしグロリア様は、社交の精励と王宮内の掌握こそが将来の王妃として必要なことだと豪語しておりまして」
「……あながち間違った意見でもないのでは?」
「政務のかなりの部分をベアトリス様に押しつけているのですよ」
「えっ?」
それは全然気付きませんでした。
侍女の情報網はすごいですね。
「もっともグロリア様のお妃教育進行具合から、こなせる政務が限定されるということがあるのですが」
「まあ、他人は他人ですから。グロリア様の判断でしたら、私にお仕事を振っていただいて全然構いませんよ」
「冗談じゃありませんよ。グロリア様はこのままいけば将来の王妃ですよ? 政務を疎かにするなんてあり得ないです」
セラは怒っていますけれども、私の権限ではどうにもならないです。
グロリア様のお妃教育が進めば問題ないような気もしますし。
「エルバート殿下もグロリア様に注意しているらしいです。ベアトリス様を見習えって」
「えっ?」
エルバート殿下のような優秀な殿方、未来の王が私の仕事っぷりを御存じなのですか?
わあ、これはより一層身を入れなければなりませんね。
「ベアトリス様が一番割を食っているではないですか。わたしはそれが許せないのです!」
「うふふ。セラは優しいですね」
「カールトン殿下ったら最近はベアトリス様のこと、『あばずれ令嬢』なんて言ってるのですよ。何の根拠があって言っているのかわかりませんが」
「……それはよろしくありませんね」
お茶のカップをテーブルに置き、しばし思案します。
『あばずれ令嬢』ですか。
実は私の地味顔は驚くほど化粧映えするという特徴がありまして。
カールトン殿下に誘っていただけなかったパーティーに、完全武装で参加することがあるのですよ。
いえ、これは私の意志というわけではなく、陛下の依頼です。
もっともらしい変名を陛下にちょうだいしまして、謎の美女(恥ずかしいです)としてパーティーに参加していれば、得られる情報もあるだろうから報告せよと。
そんなことあるのかと思いましたが、陛下の命令ですからともかく試してみました。
その結果すごいのね偉いのねとちょっとおだてるだけで殿方は鼻の下が伸び、口が軽くなるものと知りました。
他国人に情報を流していた貴族や税金を誤魔化して贅沢していた富豪を、言葉尻から察することができまして。
陛下に大変お褒めいただいています。
……一度など会場でカールトン殿下にお声掛けいただいたのですよ。
殿下ったら婚約者の私をパーティーに連れていないのに、何をしているんですかね?
私は任務ですってば。
しかもカールトン殿下は私の正体に気付かず、君は夜空の星のように美しいなんて褒めてくださいましたよ。
もう笑えてくるやら気持ち悪くてゾワッとするやら。
謎の美女が私だと、カールトン殿下が把握していることはないと思います。
そこを察しているなら、陛下に依頼された潜入調査なのだとわかるでしょうから。
陛下はしばしばこういうイタズラ的な手法をお使いになると、カールトン殿下は知っているはずですし……。
となると何の根拠もなしに私のことをあばずれ令嬢なんて言ってるのですかね?
私の変名潜入がバレるきっかけになってしまいそう。
「……私の任務に支障をきたしてしまいますね」
「は? 何か仰いまして?」
「いえ。あばずれ令嬢なんて、少々響きがよくないですね。『王家の影』にカールトン殿下の調査を依頼し、報告書を陛下に提出してもらいましょう」
「えっ? 影に調査を依頼ですか?」
「はい。頼んでおいてくださる?」
「承知いたしました」
これで陛下もカールトン殿下を注意してくださるでしょう。
カールトン殿下の迂闊なところが落ち着き、全て丸く収まるのではないですかね。
……カールトン殿下には少々怪しいところがございます。
私の思い過ごしならよろしいのですが……。
いずれにせよ『王家の影』が調査すればハッキリするはず。
「さて、休憩時間は終了です。もうひと頑張りしましょうか」
◇
――――――――――後日。第一王子エルバート視点。
『……のように水を向けましたが、ベアトリス様は一切動揺することも王家への不敬罪に相当する内容を口にすることもありませんでした。冷静な性格と堅実な実務能力は第一王子エルバート殿下の新たな婚約者に相応しいと断言できます。
報告者:セラ・ワイマン』
父陛下に読めと言われた二つの報告書を机の上に放り出す。
王宮侍女セラのことは知っている。
観察眼に優れた、気の利く侍女だ。
彼女がベアトリス嬢付きだったのか。
そしてベアトリス・ハルムショー伯爵令嬢が依頼した、『王家の影』からの報告書。
これは……。
「ベアトリス嬢が影をカールトンにつけて調査させたというのは本当なのですか?」
「ハハッ、『あばずれ令嬢』か。結構なメンタルじゃないか」
驚きの報告書だった。
カールトンが僕の婚約者グロリア・マイルズフォーン侯爵令嬢と密会していた。
かなり親密な間柄だそうだ。
だけでなく、マイルズフォーン侯爵家では僕を追い落として、カールトンを次期王位に就けることまで画策していた。
グロリアは僕の婚約者だというのに、一体何をしているんだ!
「……カールトン付きの影からそうした報告がなかった、というのは衝撃でした」
「予もだ。盲点だったな」
『王家の影』は諜報や警護を担当する、王家直属の隠密だ。
王族付きの影はプライベートまで知る立場にある。
だから護衛を任務とする影は、件の王族に関する報告を上げないのが通例だそうな。
しかし今回ベアトリス嬢がカールトンを調べさせたことで、そちらから彼らの不貞と不穏な状況が明らかになった。
ベアトリス嬢の手柄だ。
「……ベアトリス嬢はカールトンをどうするつもりだったのでしょうか?」
「婚約解消を企図していたのか、カールトンに掣肘を加えてくれという意図だったのか。ベアトリス嬢がどこまで把握していたのかはわからんがな」
「鋭い令嬢ですね」
「エルバートも知っていたろう? ベアトリス嬢は既に妃教育を終え、極めて効率的に政務をこなしていると。文官どもの評判も上々だ」
もちろん知っている。
自分の政務の割り当てをベアトリス嬢に回していたから、グロリアを叱ったこともある。
しかし……。
「グロリアは面食いでしてね。僕よりカールトンの顔を気に入っていることは知っておりました」
「ほう?」
「しかし僕を失脚させてカールトンと結ばれることまで考えていたとは。そこまでグロリアに嫌われていると知ってショックですよ」
「げに恐ろしきは令嬢の裏の顔、だな」
頷かざるを得ない。
……冷静に考えて、嫡男の僕とカールトンとでは臣民の支持が天地の差だ。
グロリアとマイルズフォーン侯爵家のやり方は愚かで、成功の可能性はほぼなかったと思う。
しかし実行に移されれば王国が揺らいだだろう。
未然に防いだベアトリス嬢の功は大きい。
「父上はこの始末、どうつける気なのですか?」
「すべて公表する。マイルズフォーン侯爵家は降爵、グロリア嬢は修道院行き、カールトンは離宮に幽閉が適当な処分になるだろう」
「ベアトリス嬢は?」
「エルバートの婚約者に繰り上げでいいのではないか? 不満があるか?」
「ありません!」
「おお、言葉に力が入っているな」
父陛下は面白そうに笑うが。
ベアトリス嬢は穏やかな淑女で、友人の多いことは元々有名だった。
人柄を買われてカールトンの婚約者に選定されたと聞いている。
マイルズフォーン侯爵家の美人令嬢グロリアとは、ずいぶん個性が違うと感じたものだ。
実務方面で優秀ということは、カールトンの婚約者になったあとに知った。
妃教育に政務にと王宮に通っていたベアトリス嬢とは、グロリアよりもしばしば顔を合わせる機会があったくらいだ。
慎ましく真面目な令嬢が婚約者なんて、カールトンを羨ましく思った。
我が強くて面倒なことを嫌がるグロリアより、王妃に向いているとも感じた。
しかし状況がひっくり返った。
ベアトリス嬢が僕の婚約者か。
胸躍るな。
「カールトンがベアトリス嬢を『あばずれ令嬢』と呼んでいたことは御存じですか?」
「うむ、もちろん知っている」
「あんな控えめで謙虚な女性を婚約者にしてあばずれ呼ばわりとは。それだけでカールトンには同情できませんよ」
「……『あばずれ令嬢』と呼ぶのもあながち間違いではないのだが」
「は?」
「ベアトリス嬢があばずれと言われても仕方ないことをしていたのは事実だ。していた、ではなくてさせていた、が正しいな」
「どういうことなのです?」
カールトンに無視されていた時、ベアトリス嬢を変装・変名でパーティーに送り込み、怪しいやつに接近させていた?
父陛下は何をやっているのだ!
「いや、結構な成果を挙げてくれてな。ベアトリス嬢はこういう面でも有能と知れたぞ。少々驚いた」
「もうやめてくださいよ?」
……カールトンがベアトリス嬢の任務に気付いていたとは思えない。
大方ベアトリス嬢にケチをつけたくて『あばずれ令嬢』と呼んだだけなのだろう。
いずれ婚約を破棄してグロリアと結ばれるつもりだったから。
話が繋がってくると気が滅入るな。
「もちろんだ。あくまでカールトンに放置されていた期間、ベアトリス嬢が社交界の話題に疎くならないようという気持ちだったのだがな」
「ああ、陛下なりの意味があったのですね」
「エルバートは知っていたか? ベアトリス嬢は化粧をバッチリ決めると超美人なのだぞ。予も二度見したくらいだ」
それは……僕も見てみたいな。
「いずれにせよマイルズフォーン侯爵家の凋落で貴族界隈は荒れる。ハルムショー伯爵家にはカールトンとの婚約の解消とエルバートとの婚約予定を伝えておくが、決定は事態が平静化してからだな」
「わかりました」
ベアトリス嬢。
和やかな笑顔の君を見るのが楽しみだ。
「今後エルバートの政務室はベアトリス嬢と一緒で構わんぞ。しかし不謹慎なことはせぬようにな」
「心を読まないでくださいよ」
アハハと笑い合う。
君に早く会いたい。
あばずれの君にも会ってみたいな、うん。
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