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恋する科学とホロスコープ

作者: 茜カナコ
掲載日:2026/03/02

『量子理論で星占いを科学する。AIによる運命の出会い!』が私の所属するスイートハート・ホロスコープ社のうたい文句だ。


 簡単に言えば、出会い系マッチングアプリの会社ってことなんだけど。


 量子予測によるゆらぎの計算を利用したAIを使って、星占いだけではなく不確かな要素も計算し運命の相手を見つける、というプログラムを私は作成している。

 スイートハート・ホロスコープ社は、社員十名ちょっとのベンチャー企業だ。あ、プログラムを作成してるっていっても、私はプロンプトエンジニアの見習いで、直接プログラムをかけるわけじゃないんだよね。プログラムをかける先輩の榊さんはすごいなあ、とひそかに尊敬している。


 PCを開いてプロンプトを書いていると目の端にコーヒーが現れた。

「キララさん、昨日も遅かったんでしょ? コーヒーどうぞ」

「ありがとう、榊さん。いただきます」

 一口飲んでみると、私の好きなミルクたっぷりの甘いコーヒーだった。私は立っている榊さんを見上げて、笑顔で言った。

「美味しいです!」

「キララさん、疲れた時は甘いものが欲しくなるって言ってたでしょ? だから、ちょっと甘めにしてみたんだ。気に入ってもらえてよかった」

 榊さんはいつもにこやかで、細かい気配りも上手だ。当然モテる、と思うのだけれど不思議と浮いた話は聞かない。割と整った顔をしてるし、清潔感もあるんだけどなあ。


「スケジュールは順調?」

 榊さんが私のPCの画面をちらりと見る。

「まあまあです。そろそろ試作のプロンプトができあがりそうです。コーヒーごちそうさまです。元気が出ました!」

 私は甘いコーヒーをもう一口飲んで、大きく伸びをしてからまたPCに向かった。

「無理しちゃだめだよ」

「はーい」


 離れて行く榊さんを横目で見ると、サーバールームの近くの自分の席に向かって歩いていた。榊さんはサーバーのパックアップをとったり、社内SEをしたり、何かと忙しいのにイライラしている姿を見たことがない。大人だなあ、と思って榊さんを見ていると目があった。榊さんは、にっこりと笑って首をかしげてから席に着いた。


 午後の仕事をしていると、榊さんがみんなに声をかけた。


「すいません! 聞いてください! 今日の二時すぎに大きな太陽フレアがあって、コンピューターの量子計算結果に揺らぎが生じたみたいです。なので、二時から三時のデータは使わないでください!」

「はーい」

 みんなが返事をする。わたしも「はーい」と答えた。


 給湯室でコーヒーを入れていると、榊さんがやってきた。マグカップにティーバックとお湯を入れて時間を計っている。榊さんは紅茶派らしい。

「これから一か月間は太陽フレアが頻発するみたいだね。仕事に影響がないと良いけど」

「そうですね」


 席に戻ると、ログが増えているのに気づいた。

(あれ? 私の作ったプロンプト、自動で動いてた!? あ、二時過ぎに一度テストでDM送るようにスケジューリングしたの消し忘れてたんだ! えっと二時半にDM送ってるなあ……でも私宛だから大丈夫か)


 一応、自分宛てだけど、送ったDMを開いてみた。

<星が導く運命の相手が算出されました。それはあなたです。私との適合率は100%です。これは奇跡的な数字です。あなたは私のことをもっと知りたくなるでしょう。あなたは甘いコーヒーが好きで、犬より猫が好き。今の仕事にやりがいを感じている。当たってるでしょう? 私はスイートハート・ホロスコープ社企画開発部で働いている七瀬キララです。よろしくね>

 自分で書いたプロンプトから生成された文章だけど、個人情報は入れてなかったはずなのに、なぜか自分の名前が表示されていた。すこし気持ち悪さを感じた。


 違和感を覚えつつ画面を見つめていると、DMが届いた。送り主は私となっている。一体どうしたのだろう? ハッキングされたの? と悩みつつDMを開いてみた。

<七瀬キララ様 当社(スイートハート・ホロスコープ社)と同名の会社にお勤めでしょうか? 社内向けのDMが外部に届いていては困るのではないかと思い、ご連絡いたしました。お気を付けください。Reeより。追伸、偶然ですが私も猫派で甘いコーヒーが好きです。でも、私が毎週水曜日にキムチ鍋を食べていることは想像がつかなかったようですね>

 私のDMに知らない文面が表示されている。私は目を瞬いた。

(あれ? 何このDM? 知らない人から送られてる? バグ? それともフィッシング的なスパム?)


「榊さん、社内DMが社外の人に届くことってありますか?」

 大き目の声で榊さんに尋ねると、榊さんは首をひねった。

「え? システム上ありえないはずだけど」

「ですよねえ」

 私は頬杖をついたまま、Reeと名乗る人から届いたDMを眺めた。

 届くはずがない、と思いつつもReeさんのDMに返信する。

<Ree様 ご連絡ありがとうございます。社名が同じだからと言って社外にDMがとどくはずがないのですが。不思議なことがあるのですね。猫、可愛いですよね。私は毎週水曜日にキムチチャーハンを食べています。キムチ、美味しいですよね>

 私はDMを自分宛てに送信した。Reeさんに届くはずはない。


***


「今日の午前八時二十六分に大規模な太陽フレアが起きたようです」

 まさかね、と思いながらDMをチェックすると、午前八時二十六分にReeさんからDMの返信が来ていた。

 気持ち悪さ半分、好奇心半分でDMを開く。

<七海様 私も社内DMで、自分から来たDMを開いたら七海様からのDMで驚きました。何を言っているか分かりにくいですよね。ごめんなさい。自分でもよくわからなくて。何が起こっているのでしょうね? 届くはずはないと思いながらお返事を書いています。太陽フレアの影響だったりしますかね? Reeより。追伸、私は今日金のエンゼルが当たったので無敵です>

 そういえば、私もチョコレート菓子を買っていた。開けてみると、金のエンゼルと目が合った。……これは偶然だろうか?


 茫然としてると、目の前に手が現れた。

「キララさん、大丈夫?」

「え。あ、なんですか?」

 慌ててチョコレート菓子をしまう。

「ぼうっとしてたけど、具合悪いですか?」

 心配そうな表情で、榊さんが私を見つめている。

「大丈夫です。何かありましたか?」

「実は、何だか変なログがあるんですが、詳細が不明なんです。ウイルスでは無さそうなんですが。キララさん、変わったことはありませんか?」

 私はPCの画面を背中に隠し、榊さんに「別に変なことはおきてません」と答えた。


 榊さんが席に戻ったのを確認して、私はReeさんにDMを書いた。

<私の職場、新宿駅のそばなんですけれど明日の午後七時に南口で待ち合わせしてみませんか? もしかしたらDMの謎がとけるかもしれませんし。 七海より>


 翌日、夜七時に新宿の南口を出てすぐのところでReeさんを待った。夜七時半頃、赤い帽子の女性が私のすぐわきでTV局のインタビューに答えていた。それ以外、大して変わったことは無かった。八時まで待ったけれど、Reeさんらしい人は現れなかった。


 待ち合わせをした次の日、朝一番にReeさんにDMを書いた。

<Reeさんへ 八時まで待っていましたけれど、待ち合わせにいらっしゃいませんでしたね。お会いできるのを楽しみにしていたのに。残念です。 七海より>


<七海さんへ 新宿の南口に七時に行きました。赤い帽子の女性が僕の隣でインタビューされているときに時計を見たら七時半でした。八時まで待ちましたが、貴方はいらっしゃいませんでしたね。残念です Reeより>


 待ち合わせ場所にいると、隣に立っていた赤い帽子の女性にTVのアナウンサーがインタビューしてた、とReeさんは言っている。時間も私と同じ七時半だ。


「どうしたの? 難しい顔して。何か困りごと?」

 榊さんが声をかけてくれた。

「あの、同じ場所にいたことは確かなのに、お互いを認知できていないってこと、ありますか?」


「もしかして、パラレルワールド? なんてね。学生時代によくそういう小説読んでたなあ」


『パラレルワールド』という言葉を聞いて、私は愕然とした。まさか、本当にそんなことがあるの?


<Reeさんへ もしかして、貴方と私は並行世界にいるの? あなたは私なの? 七海より>

<七海さんへ 僕、変なことを言ってると思うんだけど、もしかしてあなたは並行世界の僕? Reeより>


 夜十時十九分に、太陽フレアがあった。そして翌朝、会社でPCを立ち上げると夜十時十九分にDMが届いていた。

 やっぱり、と呟くと榊さんが駆け寄ってきた。

「キララさん、最近変だよ? やっぱり何かあったの?」

 榊さんが眉を八の字にして私に話しかけてくる。


 私はReeさんとのDMのやり取りを見せた。

「Reeさんって、私にとって完璧に理想の恋人候補なの」

 Reeさんのことを話していると自然と頬が緩んでしまう。榊さんはちょっと難しい顔をして「そうなんだ」と言ってから、ぎこちない笑みを浮かべた。


「ほら、見てください。システムが判断したReeさんと私の適合率は100%なんです!」

 私はプログラムを動かして、適合率100%の欄に『Ree』と表示されているのを榊さんに見せた。

「会えないReeさんは適合率100%で、僕は78%なんだね。でも……」

「でも?」

「でも、本当にパラレルワールドだとしたら永遠に会えないってことでしょう? それか、キララさんがこの世界から居なくなるか。……そんなの、僕、耐えられないよ」

 榊さんは吐き出すように言うと、ハッとして、赤い顔で私を見つめた。


 榊さんは私から目をそらさずに、一言ずつ確かめるように言った。

「僕は、キララさんのことが、好きなんです。見えない運命に負けたくないです」

 私は息をのんだ。

 こんなに真剣に気持ちを伝えてもらったことなんて、今までなかった。

「……え? なんで?」

「最初は、いつも真剣で楽しそうにしている姿に、惹かれました」

 榊さんの目に涙が浮かんでいる。

「あなたが幸せになるなら、運命を受け入れるけれど……。Reeさんを選んで、あなたは本当に幸せになれるの?」

 榊さんの握りしめている手が、かすかに震えている。


 私は数字を信じて仕事をしていたけど、いつもそばにいてくれた榊さんの、かわらない優しさを思い出した。適合率78%でも、いつも私のそばに居てくれたのは榊さんだ。

「榊さん……私、決めました」


<Reeさんへ 貴方は私の運命の人かもしれないけれど、私、運命に逆らおうと思います。さようなら 七海より>


 Reeさんに当てたDMを自分に送信すると、遠い星のビルの部屋の明かりが一つ消えた。


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