【第3項】自警団が全滅した死地へ単身向かうと宣言するアルス。猛反対する二人に対し、彼は森がかつての遊び場であることと、魔物と対話する「翻訳の煙」という切り札を明かし、アッシュバーデンの希望を背負う。
「ここに行けば、何かがわかるかもしれない」
アルスは言った。
「でも、そこは……」
「ああ、最深部だ。自警団が全滅した場所よりもさらに奥。……地獄の一丁目だよ」
二人は息を呑んだ。
そこへ行くということは、死を意味する。
バルカス・ガストンでさえ、深手を負って逃げ帰った場所なのだ。
今の彼らには、到底辿り着けない場所だ。
「……だから、僕が行く」
アルスはさらりと言った。
「は……?」
二人は固まった。
言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
「お、おい待て! 今なんて言った!?」
グレイが慌てて立ち上がる。椅子がガタッと倒れる。
「僕が行くって言ったんだよ。一人でね」
「正気か!? 自殺志願者かアンタは!」
グレイの顔色が真っ青になった。
「俺たちは『知恵』を借りに来たんだ! アンタに死んでくれと頼みに来たわけじゃない!」
「そうよ! 私たちでさえ歯が立たなかったのよ!? 非戦闘員のあなたが行ってどうするの! 瞬殺されるわよ!」
エレオノーラも悲鳴のような声を上げた。
二人の猛反対。
当然の反応だ。
錬金術師が単身で魔境に乗り込むなど、狂気の沙汰だ。
彼らにとってアルスは、守るべき対象であり、失ってはならない街の宝なのだ。
だが、アルスは笑っていた。
その笑顔には、不思議な余裕があった。
「心配ないよ。……僕はあそこの『常連』だからね」
「常連……?」
「小さい頃、よく遊びに行ってたんだ。……あそこの魔物たちは、僕の顔馴染みみたいなもんさ」
「はぁ!?」
二人は絶句した。
遊び場? 顔馴染み?
あの殺戮マシーンたちが?
冗談にも程がある。この男は、恐怖で気が触れてしまったのだろうか。
「嘘だろ……。あんな化け物どもと遊んでたなんて……」
「本当さ。……それに、僕には『切り札』がある」
アルスは懐から、小さな小瓶を取り出した。
中には、紫色の煙が封じ込められている。
「これは?」
「『翻訳の煙』。……魔物と会話するための道具さ」
「会話……!?」
アルスはニヤリと笑った。
「戦わずに勝つ。……それが最高の錬金術だよ」
グレイとエレオノーラは、もはや何も言えなかった。
この男は、自分たちの常識の範疇を超えている。
「ドブの魔術師」と呼ばれる変人。
その異名は、伊達ではなかったのだ。
「……本気なんだな?」
グレイが念を押す。その目は真剣だ。
「ああ。任せておいてよ」
「……死ぬなよ」
「勿論さ。美味しい夕飯を作って待ってるから、二人もゆっくり休んでてくれ」
アルスは軽装備を整え、店を出る準備を始めた。
その背中は、頼もしくもあり、どこか危うげでもあった。
だが、今の二人には、彼を止める術も、代案もなかった。
ただ、信じるしかなかった。
この型破りな錬金術師が、奇跡を起こしてくれることを。
外の雨音はいまだ止まない。
だが、工房の中には、確かな希望の火が灯っていた。




