表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/45

【第2項】プライドを捨てた騎士の頼み:グレイがアルスに求める「知恵」と「魔王」の存在、そしてアルスが提案する狂気じみた打開策

「俺の責任だ……!」

 グレイがテーブルを叩いた。カップの中身が跳ねる。

「俺がもっとしっかりしていれば……! バルカスさんを巻き込むことも、部下たちを死なせることもなかったんだ!」

 涙が、包帯の隙間から溢れ出す。

 彼は自分を責めていた。

 指揮官としての責任、そして友を失った悲しみ。騎士としての誇りなど、粉々に砕け散っていた。


 エレオノーラがそっと彼の手を握った。彼女の手もまた、傷だらけだった。

「シークフリート、自分を責めないで。……バルカスさんは、私たちに未来を託してくれたのよ」

「だが……!」

「それに、まだ終わってない。……だからここに来たんでしょう?」


 彼女の言葉に、グレイはハッとして顔を上げた。

 そうだ。

 泣き言を言いに来たわけではない。

 傷を舐め合いに来たわけでもない。

 彼らにはまだ、やるべきことが残されている。守るべき街がある。


 グレイは涙を拭い、アルスに向き直った。

 その瞳に、わずかながら力が戻っていた。戦士の目ではない。指導者としての、覚悟の目だ。


「アルス。……頼みがある」

「なんだい?」

「俺たちに……『知恵』を貸してくれ」


 グレイは頭を下げた。

 プライドの高い彼が、年下の、しかも非戦闘員の錬金術師に懇願している。

 騎士団出身の彼にとって、錬金術師など「道具屋」に過ぎない存在だったはずだ。だが今、彼はその「道具屋」に全てを委ねようとしている。


「俺たちの力じゃ、もうあの森には勝てない。……戦力差がありすぎる。正面からぶつかれば、次は全滅どころじゃ済まない」

「でも、放置すればアッシュバーデンが飲み込まれる。……そうだろう?」

「ああ。バリケードも突破された。このままでは、数日のうちに居住区まで魔物が入ってくる。……だから、アンタの力が必要なんだ」


 グレイは必死に言葉を紡いだ。

「アンタはこの街を変えた。死の川だったドブ水を清流に変え、ゴミを資源に変えた。……その発想力と技術があれば、何か打開策が見つかるかもしれない」

「例えば、魔物が嫌がる結界とか、強力な罠とか……あるいは、森そのものを焼き払うような兵器とか……」


 エレオノーラも身を乗り出した。

「お願い、アルス。私たちにはもう、あなたしか頼れる人がいないの。王国軍は見捨てたわ。……この街を守れるのは、私たちだけなのよ」


 アルスは腕を組んで考え込んだ。

 彼らの要求は切実だ。

 そして、的確でもある。

 正面突破が無理なら、搦手からめてを使うしかない。錬金術はそのための強力な武器になり得る。彼らはアルスに「戦え」と言っているのではない。「方法」を求めているのだ。


「……あの森の危険性は、君たちが一番よく知っているはずだ」

 アルスは静かに言った。

「バルカスさんでさえ再起不能になった。……そんな場所に、僕の錬金術が通用すると思うかい?」


「通用する」

 グレイは即答した。

「バルカスさんは『力』で挑んだ。だが、あの森は力でねじ伏せられる場所じゃない。……『ことわり』が違うんだ」

 グレイは震える声で続けた。

「あそこには……昔から『主』がいると言われている。バルカスさんが引退を決意したのも、その『主』の鱗片に触れ、勝てないと悟ったからだ」


「主……?」

 アルスの眉がピクリと動いた。


「ああ。魔物たちを束ねる、深淵の魔王だ。……今回の襲撃が統率されていたのも、その魔王の意志かもしれない。だとしたら、ただ剣を振るうだけの俺たちじゃ、万に一つも勝ち目はない」

 グレイは悔しげに唇を噛んだ。

「だが、アンタなら……『ドブの魔術師』と呼ばれるアンタなら、その『理』を読み解けるんじゃないかと思ったんだ」


 アルスは二人の目を見据えた。

 そこには、すがるような期待と、わずかな恐怖が混じっていた。

 彼らは、アルスを「最後の切り札」だと思っている。

 だが同時に、アルスを危険な目に遭わせたくないとも思っている。だからこその「知恵を貸してくれ」という言葉なのだ。自分たちが実行部隊になるから、策を授けてくれ、と。


(……優しい人たちだ)

 アルスは心の中で苦笑した。

 彼らは知らないのだ。

 アルスにとって、あの森がどれほど身近な場所であるかを。

 そして、彼らが恐れる「魔王」の正体を。


「……森を焼き払うのは簡単だよ」

 アルスは静かに言った。

「僕が本気を出せば、あの森ごと消し飛ばす爆弾くらい作れる。毒ガスだって撒ける。……でも、それはしたくない」


「な、なぜだ!?」

 グレイが詰め寄る。

「奴らは俺たちの仲間を殺したんだぞ! 慈悲なんて必要ない!」

「慈悲じゃないよ。……理屈の問題さ」

 アルスは首を振った。

「あの森は、アッシュバーデンの自然の防壁でもある。森を焼けば、今度は上層からの風が直接吹き込んでくる。それに、生態系が崩れれば、もっと恐ろしい疫病が流行るかもしれない」

「じゃあ、どうすればいいって言うんだ!?」


 アルスは立ち上がった。

 工房の棚から、古びた地図を取り出す。

 それは『霧の樹海』の詳細な地図だった。

 幼い頃、彼が遊び場にしていた頃に書き留めたものだ。クレヨンや木炭で描かれた拙い線だが、そこには自警団も知らないような獣道や水源が記されていた。


「ここを見てくれ」

 アルスは地図の一点を指差した。

 森の最奥部。

 『深淵部』と呼ばれるエリアだ。そこに、子供の字で「マリモのおうち」と書いてある。


「ここには、昔から強力な魔力の反応がある。……おそらく、君たちの言う『主』がいる場所だ」

「主……! やはり実在するのか!」

「ああ。もし魔物が統率されているなら、指令を出しているのはこいつだ」


 グレイとエレオノーラは地図を覗き込んだ。

 そこには「危険! 近づくな!」という殴り書きと共に、ドクロマークが描かれている。

 幼いアルスが書いた警告だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ