【第2項】プライドを捨てた騎士の頼み:グレイがアルスに求める「知恵」と「魔王」の存在、そしてアルスが提案する狂気じみた打開策
「俺の責任だ……!」
グレイがテーブルを叩いた。カップの中身が跳ねる。
「俺がもっとしっかりしていれば……! バルカスさんを巻き込むことも、部下たちを死なせることもなかったんだ!」
涙が、包帯の隙間から溢れ出す。
彼は自分を責めていた。
指揮官としての責任、そして友を失った悲しみ。騎士としての誇りなど、粉々に砕け散っていた。
エレオノーラがそっと彼の手を握った。彼女の手もまた、傷だらけだった。
「シークフリート、自分を責めないで。……バルカスさんは、私たちに未来を託してくれたのよ」
「だが……!」
「それに、まだ終わってない。……だからここに来たんでしょう?」
彼女の言葉に、グレイはハッとして顔を上げた。
そうだ。
泣き言を言いに来たわけではない。
傷を舐め合いに来たわけでもない。
彼らにはまだ、やるべきことが残されている。守るべき街がある。
グレイは涙を拭い、アルスに向き直った。
その瞳に、わずかながら力が戻っていた。戦士の目ではない。指導者としての、覚悟の目だ。
「アルス。……頼みがある」
「なんだい?」
「俺たちに……『知恵』を貸してくれ」
グレイは頭を下げた。
プライドの高い彼が、年下の、しかも非戦闘員の錬金術師に懇願している。
騎士団出身の彼にとって、錬金術師など「道具屋」に過ぎない存在だったはずだ。だが今、彼はその「道具屋」に全てを委ねようとしている。
「俺たちの力じゃ、もうあの森には勝てない。……戦力差がありすぎる。正面からぶつかれば、次は全滅どころじゃ済まない」
「でも、放置すればアッシュバーデンが飲み込まれる。……そうだろう?」
「ああ。バリケードも突破された。このままでは、数日のうちに居住区まで魔物が入ってくる。……だから、アンタの力が必要なんだ」
グレイは必死に言葉を紡いだ。
「アンタはこの街を変えた。死の川だったドブ水を清流に変え、ゴミを資源に変えた。……その発想力と技術があれば、何か打開策が見つかるかもしれない」
「例えば、魔物が嫌がる結界とか、強力な罠とか……あるいは、森そのものを焼き払うような兵器とか……」
エレオノーラも身を乗り出した。
「お願い、アルス。私たちにはもう、あなたしか頼れる人がいないの。王国軍は見捨てたわ。……この街を守れるのは、私たちだけなのよ」
アルスは腕を組んで考え込んだ。
彼らの要求は切実だ。
そして、的確でもある。
正面突破が無理なら、搦手を使うしかない。錬金術はそのための強力な武器になり得る。彼らはアルスに「戦え」と言っているのではない。「方法」を求めているのだ。
「……あの森の危険性は、君たちが一番よく知っているはずだ」
アルスは静かに言った。
「バルカスさんでさえ再起不能になった。……そんな場所に、僕の錬金術が通用すると思うかい?」
「通用する」
グレイは即答した。
「バルカスさんは『力』で挑んだ。だが、あの森は力でねじ伏せられる場所じゃない。……『理』が違うんだ」
グレイは震える声で続けた。
「あそこには……昔から『主』がいると言われている。バルカスさんが引退を決意したのも、その『主』の鱗片に触れ、勝てないと悟ったからだ」
「主……?」
アルスの眉がピクリと動いた。
「ああ。魔物たちを束ねる、深淵の魔王だ。……今回の襲撃が統率されていたのも、その魔王の意志かもしれない。だとしたら、ただ剣を振るうだけの俺たちじゃ、万に一つも勝ち目はない」
グレイは悔しげに唇を噛んだ。
「だが、アンタなら……『ドブの魔術師』と呼ばれるアンタなら、その『理』を読み解けるんじゃないかと思ったんだ」
アルスは二人の目を見据えた。
そこには、すがるような期待と、わずかな恐怖が混じっていた。
彼らは、アルスを「最後の切り札」だと思っている。
だが同時に、アルスを危険な目に遭わせたくないとも思っている。だからこその「知恵を貸してくれ」という言葉なのだ。自分たちが実行部隊になるから、策を授けてくれ、と。
(……優しい人たちだ)
アルスは心の中で苦笑した。
彼らは知らないのだ。
アルスにとって、あの森がどれほど身近な場所であるかを。
そして、彼らが恐れる「魔王」の正体を。
「……森を焼き払うのは簡単だよ」
アルスは静かに言った。
「僕が本気を出せば、あの森ごと消し飛ばす爆弾くらい作れる。毒ガスだって撒ける。……でも、それはしたくない」
「な、なぜだ!?」
グレイが詰め寄る。
「奴らは俺たちの仲間を殺したんだぞ! 慈悲なんて必要ない!」
「慈悲じゃないよ。……理屈の問題さ」
アルスは首を振った。
「あの森は、アッシュバーデンの自然の防壁でもある。森を焼けば、今度は上層からの風が直接吹き込んでくる。それに、生態系が崩れれば、もっと恐ろしい疫病が流行るかもしれない」
「じゃあ、どうすればいいって言うんだ!?」
アルスは立ち上がった。
工房の棚から、古びた地図を取り出す。
それは『霧の樹海』の詳細な地図だった。
幼い頃、彼が遊び場にしていた頃に書き留めたものだ。クレヨンや木炭で描かれた拙い線だが、そこには自警団も知らないような獣道や水源が記されていた。
「ここを見てくれ」
アルスは地図の一点を指差した。
森の最奥部。
『深淵部』と呼ばれるエリアだ。そこに、子供の字で「マリモのおうち」と書いてある。
「ここには、昔から強力な魔力の反応がある。……おそらく、君たちの言う『主』がいる場所だ」
「主……! やはり実在するのか!」
「ああ。もし魔物が統率されているなら、指令を出しているのはこいつだ」
グレイとエレオノーラは地図を覗き込んだ。
そこには「危険! 近づくな!」という殴り書きと共に、ドクロマークが描かれている。
幼いアルスが書いた警告だ。




