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魔女の講義


 翌週。

 大学の裏庭にある古い温室――


 普段は誰も使わないその場所に、カリウスは呼び出されていた。


 シャルロッテは、草花の枯れ果てた温室の中央で待っていた。

 銀の義手が、光を吸い込むように華やかに輝いている。


「来たか、カリウス」


「……あの、ここで何を?」


「お前の魔法を叩き起こす。このまま眠りこけたままでは死ぬだけだ」


 シャルロッテは、指を鳴らした。

 ぱん、と乾いた音が響く。


 次の瞬間、温室の空気が震え、カリウスの胸の奥が熱くなる。


「っ……!」


「感じるか? それがお前の魔法の核となる部分だ。魔法とは、世に言われているような才能で使うものではない。世界の歪みを手に取る手段で、技術だ」


「歪み……?」


「理解しなくていい。いや、お前に理解できるはずがないからな」


 彼女の言葉は厳しいのに、声色にはどこか優しさのようなものが混じっていた。


「まずは風から行こう。風は理のなかでも単純な形態だからな。初心者がエーテルの感覚を掴むのに適している」


「……つまり?」


「空気に乗ったエーテルを見ろ。風を自在に扱うことができれば、その応用――

呪文を使った統制も腑に落ちるだろう」


 シャルロッテは、銀の義手を軽く振った。


 温室の空気が渦を巻き、カリウスの頬を切り裂くように吹き抜けた。


「避けろ」


「えっ――」


 言われた瞬間、カリウスの身体が勝手に動いた。

 風の流れが『見えた』のだ。


「……できたな」


 シャルロッテは満足げに頷いた。


「お前は、まだ伸びる。他でもない――〝カリウス〟だからだ」





 熱のこもった《《授業》》の後、シャルロッテはカリウスを呼び止めた。


「お前は軍略も使えるな?」


「はい。将来は軍に……」


「なら教える。戦争とは、躊躇(ためら)いなく理の外側を突けるものほど強い」


「……え?」


 シャルロッテは指折り数えるように続ける。

 だが、その内容は剣呑(けんのん)そのものだ。


「敵の補給線を断つ? 遅い。補給線など、いくらでも張り替えられる。焼くべきは線ではなく点。『補給源』だ。後方の都市を焼けば、前線は勝手に飢える」


 シャルロッテはまるで世間話のように酷薄な戦術論を語る。

 言葉は滑らかだが、その光景を見てきた者の〝重み〟が乗っている。


「敵の士気を削る? 甘い。士気など、酒や女を与えれば、いくらでも回復できる。削るべきは士気ではなく『信頼』だ。不満を煽り、指揮官と兵を疑心暗鬼にさせれば、軍は勝手にほどけていく」


 カリウスは息を呑んだ。


(……そうか。この人は、千年の戦争を実際に体験してきた。まさに怪物だ)


 シャルロッテは続ける。


「例えばだ、カリウス」


 シャルロッテは銀の義手で彼の胸を軽く突いた。


「敵の補給路を攻撃するとして――実際はどうするのか、考えたことはあるか?」


「はい。偵察を出し、補給隊の位置を把握し、夜間に奇襲を――」


「模範解答だな。だが、これは試験ではない」


 シャルロッテは冷たく言い放つ。


「補給路は敵にとって安全な場所が選ばれる。すなわち、味方にとっては危険極まりない場所というわけだ。しかも、自分たち以外に味方はいない。」


「ですので、偵察を厳に――」


「何故自分たちの兵を使う? 現地民を金を出して雇えばいい。戦争中は金に困っていて安く買えるし、土地勘もある。家族を人質にとるのも良いな。必死になって情報を持ち帰ってくるぞ」


「それは……」


 メチャクチャだ。そう言おうとしてカリウスの唇が震えた。

 シャルロッテの提案はあまりにも非人道的過ぎる。だが――合理的だ。


「おっと、基本に立ち返って考えよう。補給部隊を攻撃する必要はそもそもあるのだろうか? 現地の村を焼けば、その補給部隊は、現地民の救済や避難のために使われるだろう。より安全に敵の補給部隊に負荷をかけられると思わないか?」


「そんなことは――してはいけないと思います」


「正々堂々と戦いたいか? ならば言わせてもらう。お前が送り込んだ補給破壊部隊は〝死兵〟だ。彼らの血か、敵の血か。どちらが多いかで作戦の成否が決まる。成功にせよ、失敗にせよ、どちらの方法が、彼らの家族が喜ぶと思う?」


 カリウスは言葉を失った。

 だが同時に――理解してしまった。


(……これが、戦争の本質……)


 シャルロッテの言葉は狂気じみている。


 1000年の戦いが、シャルロッテを冷徹な戦争機械にしていた。


 背筋が冷たくなる。

 だが同時に、胸の奥が熱くなる。


(分かる……分かってしまう……これが戦争の本質なんだ)


 シャルロッテは狂っている。それは間違いない。

 だが、戦争そのものが狂っているのだ。

 彼女は狂った世界の中で、唯一通用する〝正しさ〟を拾い上げているにすぎない。


 カリウスはそれに気付いた。気づいてしまった。


(僕は……この人からもっと《《学べる》》)


 その瞬間、彼の中で何かが静かに、しかし確実に変わり始めた。


「良い顔だ。もっと具体的な方法を知りたいという顔をしている」


 シャルロッテは微笑んだ。


「安心しろ。お前は優しい。だからこそ、私の戦いを学べる。

――優しい者ほど、冷酷になれる」




◆◆◆




 ――数日後。


 大学の多目的室の中央に、立体地形模型が据えられていた。

 典型的なベリエの農村――中央に小さな村落、その周囲に緩やかな丘陵。

 机上演習としては定番の地形だ。


 今日は特別講義として、陸軍大学校から将校団が派遣されてきている。

 現役の佐官が一人、そして歴戦の大尉と中尉たちが数名。

 彼らは余裕の笑みを浮かべていた。


 佐官が腕を組み、学生たちを見下ろすように言う。


「諸君には二個歩兵小隊を与える。任務は単純だ。帝国に奪われた中央の村落を奪還せよ。我々は君たちを帝国軍の三個小隊で迎え撃つ」


 その指示に、カリウスの隣のレオンが小声でつぶやく。


「三対二か……まあ、普通にやれば負けるよな」


 カリウスは頷いたが、視線は模型から離れなかった。

 彼の目は、地形をすみずみまで読み取るように運ばれる。


 将校団の大尉が、学生たちに向けて軽く笑う。


「去年は20分で学生諸君の敗北で終わった。今年はどうだろうな。15分以内に終わると私は踏んでいる」


 学生たちが苦笑する中、カリウスだけが手を挙げた。


「質問があります」


 将校たちは「お、やる気のある学生だな」と軽く受け止めた。

 だが、次の瞬間、その表情がわずかに固まる。


「この村落の井戸は、使用可能ですか? あるいは、すでに我が軍によって毒が投げ込まれている前提でしょうか」


「……毒?」


 佐官が眉をひそめる。


「村落は、拠点として利用できる可能性が高い。ですが、味方が撤退時に井戸を汚染していれば価値は下がり、帝国軍が村落の外部に展開している可能性が高い」


 レオンが思わず振り返る。


(おい……何言ってんだよカリウス……)


 将校団の中尉が、どこか引きつった苦笑いを浮かべた。


「……井戸の汚染までは想定していない。そこまで考える必要は――」


「では、村落の住民は残っていますか? 避難済みですか? それとも、帝国軍によって『人間の盾』として残されているのでしょうか?」


 将校団の空気が変わった。

 佐官が、わずかに真顔になる。


「……住民は避難済みという設定だ」


「何時間前ですか?」


「……2時間前としよう」


「了解しました。では、直接村落を制圧するより、村落周辺の地形を利用して敵を誘導する方が合理的でしょう」


 カリウスは淡々と続ける。


「村落を奪還するために、村落に突撃する必要はありません。まずは防衛についている敵の主力を、戦場に引きずり出すことが肝要です」


 将校団の大尉が、思わず佐官に目を向けた。

 佐官は喉の奥から(うめ)くような唸り声を上げて、隣の大尉に訪ねた。


「……この学生、何者だ? 知っているか?」

「いえ、自分は……おい、名簿を取ってこい」

「は、はい!」


 他の学生たちはぽかんとしていた。

 レオンだけが、背筋に冷たいものを感じていた。


(マジかよ……これって、シャルロッテ教授の個人授業の影響……かぁ?)


 将校団はまだ余裕を崩していない。

 だが、胸の奥に小さな違和感が芽生えていた。


 ――この学生、他の学生とは〝性質〟が違う。

 その違和感が、後に額に浮かぶ脂汗へと変わることを、彼らはまだ知らない。


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