105mm砲
今回はかなりハード(誰得な)なミリタリー描写が入ります。
マニア向けです。
帝国軍の105mm砲は、独特の展開方法をする。
対地、対空両用なので、砲架(支持架)が対空砲と同じ十文字なのだ。
牽引車から外した105mm砲は、砲車を人力で押して、所定の位置まで運ばれる。
それが終わったら、まずは左右の補助支持架、アウトリガーを展開する。
アウトリガーは、砲架に繋がったセーフティーチェーンと、固定バーで固定されている。2種類の固定を外し、展開されたアウトリガーは、固定バーで固定し直す。
この作業は転倒防止だ。固定を確実にしないと、砲車から下ろしたときに大砲が横倒しになり、大砲が壊れるだけでなく、周囲の兵も巻き込んでしまう。
さて、アウトリガーを展開したら、砲車を外す作業に取り掛かる。
前部砲車にはウィンチがついており、このウィンチを回すことで、支持架に繋がった鎖が伸び、ようやく105mm砲が地面に下ろされる。
兵は注意深く、ウィンチを巻き下げる。そして、105mm砲の巨体が地面の支えを受けたら、前部砲車のメインフックを支持架から外す。後部砲車も同じ要領だ。
砲が地面に降りたら、砲架の基部についている水平表示機の泡を確認しながら、支持架の根元についた調整用のハンドルを回す。
砲が水平になったら、あとは支持架先端のマウントを出して安定させる。
最後にマウントの穴からアンカーを打ち込んで、射撃準備は完了だ。
しかし、大砲の責任者である、砲兵班長(砲兵軍曹)の仕事はここからだった。
「伍長、照準器を直立させろ」
「了解」
105mm砲の照準器にとりついた伍長は、縦、横の水準器が水平になるようにノブを回して調整する。
大砲はその大きさに見合わず、繊細な精密機械だ。
砲手は地面の水平さ、高さ、そのすべてを把握する必要があった。
「本当に標定弾無しで撃っちゃうんですか?」
「基準砲が白燐弾を撃ったら奇襲にならなくなるだろうが」
「精度よりも奇襲を優先すると」
「そういうことだ。1秒たりとも反応する時間を与えたくないのさ。塹壕に避難されると、榴弾の命中はほぼ0だからな」
班長は短く言い切ると、照準器の側面に手を伸ばした。
基準方位はすでに合わせてある。次は砲列を揃える番だ。
「砲の方向を一致させるぞ! 間接照準器の対物レンズを1600ミルに振って、レンズに隣の砲の照準器を捉えろ」
「了解!」
左右に並んだ11門の砲の照準手たちが返事を返し、照準器の方位目盛を1600ミル――基準砲の方位から見て90度、あるいは270度に回す。
これで砲列の横方向が一致する。各砲は装薬や射角といった砲撃を命中させるのに必要な諸元を共有するため、一直線に並ばなければならない。
伍長は続けて、照準器の射角一位表示器に手をかけた。
榴弾の重量に合わせて、照準を調整するためだ。
砲弾の重量が変われば、照準器内部のバランスも変わる。徹甲弾のように重い弾を装填すれば、その弾道は榴弾よりもわずかに沈み、補正が必要になる。
伍長は照準器についた小さなノブを回し、主針と補針をゼロ・ミルに一致させた。
「軍曹、調整しました。高さは無視でいいんですよね?」
伍長が報告すると、班長は満足げに頷いた。
「あぁ。これで基準砲は完全に固まった。中隊、基準砲の諸元を入力しろ」
左右の砲が一斉に照準器を覗き込み、基準砲の方位と射角を写し取る。
ここまでのひたすら面倒な作業は、全てこのためだった。
並び立つ砲の主となる者を定め、それに追従させる。
そうすることで、精度を保ちながら、濃密な「弾幕」を形成する。
この手法は、第一次ヨーロッパ大戦で完成したもので、今後数十年、コンピューターが登場するまで変化することはない。
砲術とは、弾道学とは、すでに完成された技術だった。
やがて12門の105mm砲が、基準砲を中心に50メートル幅で、完全な横一列を形成した。照準器の泡はすべて中央にあり、方位は一致し、射角の誤差もない。
あとは、引き金を引くだけだった。
「ファイアー!」
大隊つき先任指揮官の号令のもと、拉縄が引かれる。
刹那、十二門の105mm砲が一斉に吠えた。
発砲と同時に、白く輝く火球が砲口に生まれる。
さながらリンゴ飴のような、どこか滑稽な様子。
だが、そう長く見つめているわけにはいかなかった。
光が瞬間的に周囲の者の視力を奪ったからだ。
白色の閃光が砲列を照らし、砲身の影が地面に鋭く刻まれた。
次の瞬間、音速を超えた衝撃波が砲列全体を叩きつけた。
空気そのものが殴りつけてくるような圧力が兵士たちの胸を揺らし、鼓膜の奥を震わせる。耳鳴りが一瞬、世界の音を奪い、代わりに低い唸りだけが残った。
爆風によって払われた前方の土は、ホウキで掃いたようになっていた。
乾いた砂塵が横一線に広がっていく。
砲架はアンカーで固定されているにもかかわらず、十字砲架の脚がわずかに沈み込み、金属が軋む音が地面を伝って足元に響いた。
砲身は反動で後座し、油圧式の駐退復座機が悲鳴のような低い唸りを上げながら、ゆっくりと前進位置へ戻っていく。
軍服の裾が爆風でバタバタと大きくはためき、帽子を吹き飛ばされるものさえいた。口の中には土の味が広がり、鼻腔にはエーテルの甘い香りが届いた。
十二門の砲が同時に放つ衝撃は、まるで大地そのものが震えたかのようだった。
砲の後では、地面に置かれた空の弾薬箱が爆風に押されてずり下がっている。
兵士たちの足元には、砲口から吹き返された砂が細かい雨のように降り注いだ。
復座した砲身が完全に元の位置に戻ると、砲手たちはすでに次弾の装填動作に入っていた。
四番砲兵が信管の調定を行い、それを五番と六番の砲兵がそれぞれ運ぶ。
二番砲兵が弾頭を押し込み、三番砲兵が白い装薬の詰まった袋――薬嚢が入った缶で蓋をするようにそれに続く。
105mm砲の装薬室が薬嚢満たされると、最後に砲の一番近くに取り付いた1番砲兵が、砲尾の開閉器を操作し、閉鎖する。
誰もが決められた同じ行動を繰り返す。
気まぐれに隣のものを手伝ってみようか、そんなことは決して起きない。
その様は、大砲をひとつのシステムによって動く生き物にみせていた。
奇襲の一撃は成功した。
あとは、この濃密な弾幕を維持し、敵が頭を上げる前に叩き潰すだけだった。




