ひどいことするなぁ
1936年 4月21日
マインラート中佐率いる、装甲連隊が第二阻止線に到着した。
20日の戦闘で、ベリエ軍の待ち伏せ攻撃を受けた帝国軍は、無線による行進を密にし、左右に広く展開して、前進を続けていた。
先日の被害を教訓に、偵察を強化していた帝国軍は、第二阻止線にベリエ軍の姿がないことを確認した。
守るものがいない防衛線など、安々と突破できるはず。
しかし、第二阻止線に到着した彼らは、そこで完全な足止めを食った。
「クソッ、また空き缶だ」
傍らにスコップを突き刺して、地面を掘り起こしていた兵士が舌打ちする。
彼の手の中には、ベリエ軍のB型携帯食――殺人的に堅くてパサパサしたビスケットの空き缶があった。
この空き缶は、地雷代わりにカリウスが埋めさせたダミーだった。
「探知機、前へ!」
空き缶を投げ捨てた兵士が声を上げると、金属探知機を持った工兵が前に出る。
彼が手に持っているのは、先端に金属のリングがついた、長い棒だ。
リングは、棒を持つと自然に地面に対して平行になるよう、角度がついている。
棒の持ち手の終端からはケーブルが伸び、工兵が肩に下げた箱状の機械に繋がっていた。
エーテル燃料のカートリッジが付いた機械からは、さらにもう一本、別のケーブルが伸びて、工兵のヘッドセットに繋がっている。
彼ら帝国兵が使っているのは、磁場で金属を探知する方式の金属探知機だった。
リングの内部には、銅のコイルが内蔵されており、箱状の機械から交流電流を送られることで、磁場が発生している。
コイルの付近に金属があると、その磁場が乱れる。
その変化をヘッドセットに「音」として伝えるというものだ。
棒を持った工兵は、地面の上スレスレを振る。すると間もなく、ヘッドセットにハエが唸るような耳障りな異音が飛び込んできた。
「感あり! 来てくれ!」
「よし、今行く」
銃剣を持った兵士が地面にしゃがみ込み、さく、さく、と地面を差していく。
何回か繰り返していると――かちり。
銃剣の先が、何か硬いものに触れた音がした。
「……掘るぞ、退避しろ」
失敗の巻き添えを食わないように工兵を下がらせ、慎重にスコップと手を使って地面をこそぐように掘り起こしている。
そして、お目当てのものが見つかった。
「おめでとう。また空き缶だ」
「クソッタレ。なにが地雷原だ。空き缶しか出てこないじゃないか」
「……ったく、なんで俺たちがこんな手作業なんだよ。普通ならブルドーザーで掘り返すか、チェーンフレイルで叩き潰すだろ」
銃剣を持った兵士が忌々しげに息を吐くと、白髪交じりの工兵が肩をすくめた。
「工兵車両が無ぇンだから、しかたねぇだろ。
中佐殿の命令だ。細い一本の道を作って、そこに爆薬を通すんだとさ」
「爆導索で一気に吹き飛ばして、戦車が通れる突破路を開くってのは解る。スゲー解る。だからって、空き缶一個ずつ掘り返して回るってのは、勘弁してほしいぜ……」
「相手さんもなかなか機転が回るな。うちに欲しいくらいだ」
「同感だ」
彼らの背後では、工兵たちが丸太を次々と転がし、道路に敷き詰めていた。
戦車などの重量のある車両を通すための、丸太道だ。
これは毛織物に似ていることからその名が付けられた工法で、紀元前4000年の新石器時代から、その存在が確認されている。
作り方は簡単。道路の進行方向に対し垂直――つまり、丸太をひたすら横に並べて地面に埋め込むだけだ。
泥道や未舗装道路に比べればマシだが、依然として荒れた道だ。
人や馬にとっては、丸太に滑って足を取られたりと、何かと危険な道路となる。
とはいえ、アルデナの森のような悪地に重戦車を通そうとするなら、これ以外に方法はない。原始的だが、確実な工法だ。
問題があるとするなら――ただ、ひたすらに負担が大きいこと。
工兵たちがかたっぱしから木を切り、それを歩兵が並べていく。
皮を剥いでない、荒々しい木の幹の表面のせいで、彼らの手は血まみれだった。
それでも丸太は足りず、切っても切っても、道は先へ伸びていかない。
誰もが口には出さないが、苛立ちと疲労が隊全体に広がっていた。
地雷原は空き缶だらけ、背後では丸太道づくりの重労働。
戦う前から、すでに消耗戦が始まっているようだった。
「くそっ、なんで俺たちがこんな事を……」
「この上さらに戦えってんだろ? 冗談じゃねぇぜ」
銃剣を地面刺した兵士は、身体の中にあった空気をすべて吐き出すようなため息をついた。その時だった。破裂音とともに、黒土の上の小石が震えた。
ズズーンッ!!!
「またやった!!」
「おいおい、今度はどこだ!?」
工兵と兵士が振り返ると、木立の間で土煙が上がっていた。
地面に倒れ伏した木の表面が大きく剥がれ、鮮烈な黄色が覗いている。
爆風が木の皮を剥ぎ、生木があらわになっていたのだ。
「またブービートラップか。本当、やってくれるぜ……」
「まるでこっちのやることを全部読んでるみたいだ。気味悪いな」
「あれ、なんです? なんで爆発したんです?」
若い工兵が不安げな声を上げる。
すると、白髪交じりの工兵が、彼を落ち着かせるように言った。
「ベリエの連中、木の枝に迫撃砲弾をくくり付けてンだ。伐採したら弾が足元に落っこちてきて……ドカンってわけだな」
「げっ! そんなの、見たってわかりっこないですよ!」
「あぁ。揺さぶって確かめようとしてもふっ飛ばされる。とんでもねぇ性悪だ」
「班長、どうします……?」
「命大事に、に決まってンだろ。こんな露払いで死んで溜まるか。中佐殿が何を言おうと、だ。『深刻な技術的問題が発生しています』ってでも言っとけ。」
「わかりました。終わるまで……何日かかりますかね?」
「2日はかかるだろうな。ぎりぎり迂回より早い。本当に頭にくるな」
「はぁ……」
空き缶を掘り返し、丸太を並べ、木を切るたびに爆発が起きる。
誰もが苛立ち、誰もが疲れ果てていた。
だが、どれだけ怒鳴っても、どれだけ急いでも、道は延びず、罠は尽きない。
第二阻止線に到着してから二日。
帝国軍は、森の中に足止めされ続けた。
カリウスはその姿を見せないまま、確実に帝国軍の時間と士気を削り取っていた。
空き缶偽装も、迫撃砲弾のぶら下げも、実例があります。
人の悪意のこもった創意工夫には、限界がないのだ…




