断章 壁となるものたち(連盟サイド)
ベリエと連盟の国境には、塹壕線が掘られ、大砲が備え付けられていた。
帝国とベリエと戦いを監視している一個連隊6000名。その陣地だ。
連隊の指揮所では、書類ケースを持った将校が頻繁に出入りしている。
ここは連盟の戦闘の最前線でもあると同時に、戦況分析の最前線でもあった。
指揮所の中央に置かれた地図台には、いくつものエーテル乾板が並べられている。
そこで写真を広げているのは半人半馬のセントール――
ベリエの王都、ゼレガルドから帰還したばかりのベアトリス大佐だった。
「……ふむ。」
「こちらがベリエ領内で行われた航空偵察の結果です」
写真は空から撮ったのだろう。道を進む戦車の上からの姿と、それらが次の写真で腹に穴を開けて道の上でうずくまる様子が撮影されていた。
「……軽戦車15両撃破に、105mm砲12門を弾薬車と共に撃破? 大戦果だな」
「一個中隊規模の遅滞戦術としては、破格の結果ですね。とはいえ――」
「あぁ。勝っているとはいえない。負けていないだけだ」
将校は写真の一つを取って、ランプに透かして、そこに映る像を見た。
地面を走る白い影。
カリウスがティーゲルの主砲から放った「魔法」の痕跡だ。
「これは明らかに魔法だ。それにベリエの戦い方からしても、銀魔女に――」
「えぇ。非常によく似ています。諜報機関によれば、シャルロッテが最後に目撃されたのは、ベリエ大学の教授として教鞭を取っていたところです」
「ベリエの銀魔女が出張ってきたとおもうか?」
「可能性は低いと思います。彼女なら《《すでに終わっている》》はずです」
「その通りだ。だとすると……」
「彼女の弟子か何かでしょう。魔法使いが軍の指揮を取るなんて、まるで中世です」
「ちがいない。」
「……大佐はどう思われます?」
「どう、とは?」
大佐は黒鹿毛の馬体の上で組んでいた腕をほどき、栗色の三編みを弄ぶ。
すると、髪の下で古い紋章が刻まれた盾形の記章が揺れていた。
「もちろん、打って出るか、このまま連盟の耳長どもの言いなりになるかです」
そう行って将校は、どん、と机を叩く。
「連盟の政治屋どもは、ベリエを切り捨てようとしています。それも、すべての責任を我々フランクの一門に押し付ける形で」
連盟の政治中枢は、完全に腐敗しきっていた。
領土の切り取りや賄賂といった利権の分配には至極熱心だが、同盟国との信義や独立保障といった「非常に繊細な問題」には背を向ける。
ベリエを切り捨てるという決断は、本来なら政治家自身が行うもの。
そして「友好国を見捨てた」という不名誉も、彼らが負うべきものであった。
だが、彼らには都合のいい存在がいた。
中世以来、武門の棟梁として連盟を支えてきたセントールの一門である。
戦場で名誉を立ててきた彼らは、いまも「戦いはセントールの騎士が担うもの」という、暗黙の役割を押しつけられていた。
誇り高い彼らのことである。たとえ汚れ仕事であっても、命令を拒み、「無能」と嘲られることは我慢ならなかった。
連盟の政治家たちはそんな彼らの《《特性》》をよく理解し、尻拭いに利用してきた。
今回もそうだ。
ベリエ切り捨てという不名誉な判断を、「軍事的判断だった」「前線の判断だった」と言い訳できるよう、セントールの部隊に押し付けようとしていた。
戦場の現実と、政治の腐臭の間で、セントールたちは揺れていた。
誇りを守るために戦えば、政治家の思惑に利用される。
利用を拒めば、武門としての名誉を失う。
その狭間で、彼らはなおも「正しいあり方」を探そうとしていた。
ベアトリスに詰め寄るその将校もまた、セントールの一族であった。
近代的な軍服に中世の騎士を思わせる意匠を重ねたその姿は、あまりに時代がかって映る。
しかし、その古風な装束に違わぬほど、彼女の魂には今や失われつつある至高の騎士道精神が、鮮烈に宿っていた。
「敵は一個機甲師団、歩兵二個連隊。数は我々の倍以上だ。おまけに我々は騎兵連隊であり、火力は騎兵砲に頼っている。勝ち目はない」
「ですが、ベリエと協働すれば……」
「前線にいるのは、死兵となって遅滞戦闘を命じられた一個中隊にすぎない。装備は対戦車自走砲が7両、標準型が1両と、新型重戦車が1両だろう?」
規模としては、連隊の爪先にしかならない。と、ベアトリスは付け加えた。
「では、大佐は目の前の彼らを見殺しにするというのですか」
「……いや、しない。」
ベアトリスは三編みから手を離すと、地図の上の乾板のひとつを手に取った。
そこには、ティーゲル号の車長ハッチから頭を出した金髪が写っている。
アデーレだ。
「スタインドルフ将軍の娘が直々に我らのもとに来るのであれば、話は別だ。窮鳥となって懐に飛び込んでくれば、これを帝国軍のもとに返したりはしない」
「閣下、彼らが国境に来れなければ、それは結局見殺しになるではないですか!」
「そうだ。だから君が軍使として行け。」
「ベアトリス閣下……!」
「二個大隊800名と騎兵砲42門をやる。
――フランクの馬は風よりも早く、雄牛より強いことを教えてやれ」
「はっ!」
「急げ。さもなければ、ベリエはすべてを失う」
机の端には、連盟諜報局がまとめた最新の報告書が伏せられていた。
ページをめくれば、ただ数字が並ぶだけ。
だが……その内容は、軍事文書というより、災害予測に近い。
――帝国軍、国境方面に装甲師団6。歩兵師団55を展開中。
――戦車、推定3500両。
――歩兵、80万超。
――火砲、推定6000門。
紙の上に記されたそれらの数字は、軍勢というにはあまりにも多すぎた。
ベリエはすでに、農場の若者も、工場の熟練工も、役所の書記官すら前線に送り出していた。国家総動員の末期状態にあり、全成人の2割を徴兵している。
成人の五人に一人が徴兵される国など、もはや平時の形を保てるはずがない。
街には老人と子どもしか残っていなかった。
それでも、かき集められた兵は60万に届かない。
文書の数字は、戦う前から勝敗が決していることを、残酷なまでに示していた。
――ごうっ。
そのとき、指揮所に吹き込んだ風が、机の上の地図をぱたりと開いた。
露わになったのは、折り込まれていた帝国軍の配置図。
そこには、赤色の兵科記号が国境線に沿ってびっしりと並んでいた。
前線一キロあたり戦車40両。歩兵2500人。
ベリエの国境線に迫るほど、地図の白地が消えて、赤が増える。
まるで帝国軍そのものが「赤い波」となって迫ってくるようだった。
帝国はベリエを攻めるのではない。
踏み潰すつもりなのだ。
一個中隊など、この大海嘯の前にして、一滴の雨粒にもならない。
それでも、カリウスたちは、この「赤い津波」の波頭を食い止めようとしている。
天災の記録にも等しい報告書の中で、彼らの闘志だけが、そこに「人間の戦い」があることを示していた。
史実ドイツは
囮となるベルギー正面に23個歩兵師団、3個装甲師団、3個自動車化歩兵師団
主攻のアルデンヌに7個装甲師団、45個半歩兵師団を送り込んでます。
合計74.5個師団で、中小国がそのまま動くレベル。
こちらでは、元の世界より、10個師団ほど歩兵が増えてますね。
帝国としては、送ろうとすればもっと遅れるのでしょうが
道路や鉄道など、インフラの限界で後続が飢えるだけなので
手加減しています。
しかし、ベリエ西部の全ての港と制海権を押さえることができれば
連盟の防衛線の切れ目に、もっとたくさんの軍を送り込むことができます。
だから帝国は、どうしてもベリエに死んでもらう必要があるんですねぇ…




