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第二阻止線


 第二阻止線にたどり着いたカリウスは、陣地後方の掩体にティーゲル号を止めた。

 この掩体は、ガストンたちが砲撃に備えて作ったものだ。


(せっかく作ってもらったけど、105mmの直撃に耐えきれるかどうかと言ったら微妙な所だな。正直なところ、巣穴道バロウズに比べて深さが足らない……)


 ティーゲルを止めると、視界の端で何かが動いた。

 雨の中、金髪を煤けさせたレオンがこちらに手を振っている。


 泥だらけではあったが、特に負傷していない様子だ。

 大学時代のルームメイトの無事に、カリウスは安堵の息を吐いた。


「レオン、無事だったか!」


「……俺はな。隊は結構やられた。損害は自走砲が1両。歩兵が17名。そのうち6名が死亡だ」


 報告を聞いたカリウスは、レオンと同時に拳を額に当てた。

 この世界での黙祷の仕方だ。


「…………11名のうち、復帰できそうなものはいるか?」


「半分は帰って来れそうだが、手足の負傷が多い。戦力としては微妙だ」


「そうか。第二小隊が2割を損失したのは大きいな。何にやられた?」


「ペッカードが思った以上にヤバイ。機関砲で榴弾を連射してくるからな。短時間での火力は、ラスプよりずっと危険だ」


「20mm機関砲の装弾数は10発だったか。確かにキツイな」


 レオンの顔を見たカリウスは、彼が野戦将校の顔になっていることに複雑な気持ちを抱いた。


 彼の顔――というか雰囲気が、前世の自衛隊の助教よりも影が深い。


 彼は自分と変わらない20代の青年だったはずなのに、ほんの数時間の間に5,6歳は年を取っているように見えた。


 戦争というものは、ほんの10数分参加しただけでも、人間に大いなる経験を積ませるものらしい。


「ま、これですんだのはカリウスのおかげだけどな。まともに正面からぶつかってたら、こんな被害じゃすまなかっただろ?」


「あぁ。10両が広がって来てたら、半分どころじゃない数が殺られてただろう」


「カリウス。確かにお前に比べたら、俺の軍学はイマイチだけど、俺だってバカじゃない。次はその広がってくるやり方で来ると思うんだけど?」


「もちろんだ。だから――うん?」


 軽い金属音を立てて車長席のハッチが開いた。

 そして、中からひょっこりと現れた金髪の少女は――アデーレだ。


 彼女はメガネを正し、兄とレオンの間に割って入った。


「レオンさんの言う通りです。第二阻止線は放棄します」


「アデーレちゃんがそういうなら仕方ないな」


「まるで俺のいうことが聞けないみたいな言い方じゃないか」


「そうだけど?」


「おまえなぁ……」


「冗談だよ。理由は聞かせてくれるんだよな?」


「うん。阻止線で戦うより、放棄した方が遅滞の効果が高いからだ」


「あれ? でも陣地正面の地雷原、まだ完成してなかったよな?」


「ところがどっこい。完成させる必要はないんだ」


「なるほど。お前のいつものあれ……シャルロッテ教授の教えか?」


「そんなとこだ。レオンも手伝ってくれ。アデーレはティーゲルのチェックを頼む」


「わかりました。兄さん、気をつけて」


「うん。そっちもね」



 カリウスとレオンはティーゲルを離れ、第二阻止線の正面――

 鉄条網代わりの逆茂木や杭が並べられた前線についた。


 二人は雨を避けるため、※ポンチョに頭を通している。

 装具のせいで、傘のようなシルエットになったレオンが喉の奥でうめく。


※ポンチョ:四角や円形の布の中央に頭を通す穴が開いた上着。袖がなく、かぶるだけで体全体を覆う。雨具として使うが、歩兵は個人用テントとして使うことも。


「貧弱な陣地だなぁ……魔女の弟子~、なんとかできなかったの?」


「レオン。これも全部、貧乏ってやつが悪いんだ」


「なるほど?」


「――ガストン、いるか!」


 レオンと一緒に〝箱〟を抱えたカリウスが、阻止線の正面に向かって叫ぶ。

 するとと、森の岩の影からずんぐりした影がぬっと立ち上がった。


 ガストンだ。


 ショベルを肩にかけた彼は、土を噛んで黒くなったヒゲを撫でながら、どこか不服そうにしていた。


「今忙しいのがわからんか! 何の用だ!」


「ガストン、地雷原はもう良い。残りの地雷は第三阻止線で使う」


「なんじゃと?」


「残念だけど、もう地雷原の構築は、間に合いそうにないからな」


 カリウスが顎で示す先には、まだらに掘り返された地面が広がっていた。

 穴はある。鉄条網も一部は張ってある。

 だが肝心の地雷は、全体の三割も埋まっていなかった。


 その有り様を見て、レオンが「おいおい」と声を上げた。


「犬が掘り返したみたいになってるじゃないか。俺でも無理ってわかるぜ」


「なんじゃとコラ」


「ガストンさん。レオンに怒ってもしょうがないですよ。彼、人をおちょくることにかけては天才ですから」


「つまり、我らが中隊長と似た者同士ってことか。それで、どうする気じゃ?」


「ひどくない?」


「地雷原はむしろ未完成のほうがいいです。あとは《《これ》》に任せましょう」


 カリウスは抱えていた木箱を地面に置き、蓋を開けた。


 中には、細長い棒に板を打ち付けた標識が山ほど入っていた。

 板は白地に赤い文字で《地雷》と書かれていた。


 これは万国共通の「この先地雷原」という意味の標識だ。


「……看板かよ」


「そう。これが地雷原を完成させてくれるんだ」


「ニセモノじゃーん」


 レオンは非難するような声を上げたが、ガストンは腹を抱えて笑っていた。


「よし、それならすぐに終わるわい。とっととやっちまおう!」


「あぁ、やろう!」


 三人は手分けして標識を抱え、未完成の地雷原の裏側へと散っていった。


 ガストンは木槌を振り上げ、地面に杭を打ち込む。

 コンコンと、乾いた音が森の奥まで届くかのように響いていた。


 カリウスとレオンも、将校用の懐剣(ダガー)の柄頭を使って、看板を地面に差していった。


 するとレオンは、陣地正面の地雷原を見回して、胡乱げな声を上げた。


「カリウス……地雷って、こんなバラバラでいいのか?」


「ああ。むしろ規則性があっちゃ不味い。どこを踏んでも死ぬかもしれないと思わせることが大事なんだ」


「なるほどな。心理戦ってやつか」


「そそ。実際に地雷があるかどうかはあまり関係ない。危ないと思わせれば良い」


 レオンは標識を抱えながら、周囲を見渡した。

 地面には、ガストンとドワーフたちが掘った穴が、点々と残っている。


 その多くは空っぽだが、敵から見ればそんなことは分からない。


「しかし、これ……本物よりタチ悪いんじゃないか?」


「いいだろ?」


「いいだろって……庭の自慢してるんじゃないんだぞ」


「こうすれば必ず敵の工兵は慎重になるはずだ。爆導索で一気に処理するにしても、地雷を地道に探し出して、最初の安全遅滞を作らないといけないからな」


「つまり、遅滞戦術(時間がかかる)ってわけだ」


「そういうこと」


 カリウスは淡々と答えながら、標識を一定の間隔で突き立てていく。

 その動きは、まるで畑に苗を植える農夫のように静かで、無駄がなかった。


 標識を設置し終わると、未完成だった地雷原は、まるで本物の危険地帯に姿を変えていた。


 レオンが最後の一本を打ち込み、汗を拭う。


「……よっしゃ、これで敵から見れば地雷原が完成したように見えるな」


「ハッ、実際には三割も埋まっておらんがな」


「それで十分だ。たった一個でも見つければ、敵はこの先が完全な地雷原だと思う」


「カリウス、上手くいくかな?」


「いくさ。さあ、戻ろう。第二阻止線は放棄する。ここは敵にくれてやるが……時間だけは、しっかり頂いていく」


 三人は頷き、地雷原に背を向けた。

 彼らの後ろには、偽りの地雷原が静かに広がっていた。


 彼の狙いは、時間を稼ぐだけではない。

 本当の狙いは、指揮官と兵士の間に溝を作り、不信感を植え付けることだった。


 ――そう。兵士が自分たちを率いる指揮官のことを、《《敵の指揮官よりも危険》》だと感じ始めると、何が起きるだろうか?


 自然と兵士たちの意識は「自己防衛」に向かう。


 軍隊という組織は、銃や戦車よりも前に、まず「信頼」によって成り立っている。兵士は指揮官を信じるからこそ、命を賭けるという常識外れの行動を選び取れる。


 その信頼が失われた瞬間、軍は軍であることをやめる。

 命令は届かず、隊列は乱れ、兵士は国家より自分の命を優先する。


 兵士は指揮官の指示を実行するのが遅れ、さらには従わなくなる。


 最悪――軍としての形を保てなくなる。


 カリウスは、前世で起きた「あること」を思い出していた。


(……イラクでも、アフガニスタンでも、そうだった。軍は砲火によってではなく、信頼の崩壊によってほどけ、死んでいった。それを再現する。)


 2021年のタリバン復権時、アフガン国軍はほとんど抵抗せず崩壊した。


 研究者たちの意見は「兵士たちが政府を信頼していなかった」で、一致している。


 当時、アフガンでは政治家と指揮官がひどく腐敗していた。


 軍の指揮官は兵士の給料を横領するために、実際には存在しない兵士(ゴーストソルジャー)を登録して架空の給与を請求していた。


 これにより、現場の兵士は慢性的な人員不足と給与未払いに苦しんでいた。給料は遅配が慢性化し、数カ月にも渡って支払われなかったことさえあった。


 さらに指揮官は軍の燃料や食料を闇市場で売り払った。このため、最前線の兵士には「弾薬も食料もない」という状況が頻発した。


 こんな状態で、誰が命をかけて戦おうと思うだろうか。


 実際、兵士たちは、自分たちを見捨てて真っ先に逃亡する指揮官や、私腹を肥やす政治家のために命を捨てる価値はないと判断した。


 アメリカから送られた装備はあれど、兵士にやる気はなかった。


 兵士たちは「国家のために戦う理由」を失っていたのだ。


 その結果、帰ってきたタリバンに対して、アフガン国軍は戦わずに降伏した。

 指揮官が逃亡。指揮系統そのものが蒸発し、部隊単位で投降が相次いだ。


 結果、アフガニスタンの国軍そのものが消えた。


 これは軍事史上でもあまり類を見ない「信頼崩壊による軍の消滅」だった。


(狙うべきは兵士の命じゃない。彼らの「心」に、毒を送り込むんだ。)

 



おぉ…ベリエの魔王が形になってきた…

しかし、カリウスには何か懸念があるようです。

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