支えていた者たち
ウィラーの1号車が最初のラスプを撃破した直後。
その少し前線寄り、街道に面した第一塹壕では、歩兵たちが泥にまみれながら必死に射撃を続けていた。
帝国軍のトラック列が混乱し、随伴歩兵が慌てて荷台から飛び降りてくる。
だが、その瞬間をベリエ兵は逃さなかった。
雨に濡れた銃を抱え、散開しようとする兵士に向かって銃弾が降り注ぐ。
「撃てっ! 頭を上げさせるな!」
班長の怒号が、小雨が梢を叩く音をかき消す。
機銃手が引き金を絞ると、カカカッと、工場の精緻な機械が金属板を刻むような特徴的な発射音がした。
彼らが使っているのは、連盟の設計をそのままコピーした30年式機関銃。カリウスの前世でイギリスが使った「ブレンガン」に酷似した見た目となっている。
上から突き出したマガジンが不格好に見えるが、その性能は折り紙付きだ。
まるで故障知らずで、戦場の頼れる兄貴分だった。
「交換!」
弾が切れると、すぐさま給弾手が空になった弾倉を抜き飛ばし、上から新しいマガジンを押し込む。
「よし、行け!」
給弾手が射撃手のヘルメットを叩くと、すぐに射撃が再開された。
交換された弾倉が5つ目に入ると、銃身から湯気が上がり始める。だが、いずれ焼き付いて止まるその時まで、彼らは撃ち続けるしかなかった。
一方、帝国の歩兵は、道路を離れ、側溝の陰に隠れようと走っている。
道路上は、ウィラーたち対戦車自走砲の47mm砲で火破壊された車両で完全に塞がれている。敵兵は遮蔽物のない場所で、機動を強いられる格好になっていた。
「帝国兵がまわりこんで来るぞ、右側面! 投げろ、投げろ!」
塹壕の右端で、側面の支援についていた狼獣人が、地面に並べられていた手榴弾のピンを抜いて前に向かって放った。
帝国兵の集団の前方で、気の抜けた爆発の音がする。
直後、飛び散った手榴弾の破片が、灌木や梢の葉をパシパシと撃ち抜く音がした。
土と破片が舞い上がり、敵兵が散り散りに伏せる。
その一瞬の隙に、配置替えを終えた機銃が、塹壕の側面に向かって火を噴いた。
「いいぞ、追い払え!」
「よし、押し返してる! 撃ち続けろ!」
だが、押し返しているというより、押しとどめているだけというのが正確だった。
帝国歩兵は数が多い。
トラックから次々と飛び降り、散開し、撃ち返してくる。
塹壕の縁に弾丸が食い込み、泥が顔に降りかかる。
隣の兵士が短く悲鳴を上げ、肩を押さえて倒れ込んだ。
「衛生兵っ! こっちだ!」
班長は歯を食いしばり、ライフル銃を構え直した。
視界の先では、帝国兵がまだ無事な戦車の後方に集まり、反撃の態勢を整えつつある。
――ここで止めなければ、ウィラーたちが撃たれる。
対戦車砲が制圧されれば、後は歩兵である自分たちがゆっくりと料理される番だ。
その事実だけが、歩兵たちを踏みとどまらせていた。
「クソッ、迫撃砲の支援はまだか? 中隊本部に連絡! 目標座標B2へ即時集中射撃を要請しろ!」
「了解! 中隊本部へ、こちら第二小隊。座標B2に敵歩兵集団あり。効力射を求む!」
『こちらカリウス。第二小隊が側面を突かれている。座標B2、敵歩兵の足止めを急げ! 弾種、榴弾。全門、即応効力射、全力で粉砕しろ!』
『了解、座標B2。仰角、方向修正――送れ』
すぐさま、ポーン、ポーンと、迫撃砲の特徴的な発砲音が後方で連続した。
数秒の静寂の後、帝国兵の頭上に迫撃砲弾が降り注ぐ。
悲鳴と怒号が混じり、敵の散開が一瞬止まった。
「弾着、今! 効果を認む!」
「今だ、撃てっ!」
軽機関銃が再び火を噴き、帝国兵の前進を押し返す。
その火線が、ウィラーの1号車の側面を守る形になっていた。
ウィラーが一方的に撃てたのは、この薄い歩兵線が、帝国歩兵を正面で押しとどめていたからだ。
だが、その薄さは限界に近かった。
「班長! 別の敵が左から回り込もうとしてます!」
「わかってる! 全員、持ち場を離れるな! ここが崩れたら戦車隊が死ぬ!」
雨と泥と血の匂いが混じる塹壕の中で、歩兵たちは歯を食いしばり、銃を握り直した。
――まだ、退けない。
その覚悟だけが、彼らを戦場に立たせ続けていた。
軽機関銃の銃身が赤くなり始め、給弾手の手袋が泥で重くなる。
それでも歩兵たちは撃ち続けた。
帝国兵が散開し、戦車の後方からじわじわと押し寄せてくるのを、必死に押しとどめていた。
「まだ来るぞ! 撃て、撃てぇ!」
班長の怒号が雨に溶ける。
帝国兵の弾丸が塹壕の縁を削り、泥が顔に降りかかる。
隣の兵士が顔を撃たれて倒れ、衛生兵が這うように駆け寄る。
その時だった。
――背後で、青い光が立ち上がった。
「……なんだ?」
誰ともなく呟いた。
エーテルの青い光は見慣れている。
戦車も自動車も、あの青い輝きで動く。
だが、今見えているそれは、まるで違った。
空気が震え、森の奥が青白く照らされる。
次の瞬間――竜が咆えるような音が、戦場を貫いた。
白い奔流が、森の木々を押しのけるように帝国兵へ向かって走った。
風ではない。
煙でもない。
――霜だ。
奔流が触れた瞬間、木々が白く凍りつき、枝が重さに耐えきれず折れて落ちる。
帝国兵は走る姿勢のまま、声を上げる暇もなく凍りついた。
まるで時間が止まったかのように。
塹壕の中の兵士たちは、息を呑んだ。
(……同じだ。メール川を凍らせた、あの時の……)
中隊長――カリウスが使った「魔法」。
川を凍結させ、軍を渡らせたあの光景が脳裏に蘇る。
自分たちは、何に仕えているのか。
その答えを突きつけられたようで、足がすくんだ。
だが――
「撤収だ! 今のうちに呼び陣地に下がるぞ!」
班長の怒鳴り声が、凍りついた空気を破った。
衝撃を受けているのは、自分たちだけではない。
帝国兵は、まるで意味のわからない現象に動きを完全に止めていた。
パニックというより、畏怖。
恐慌に近い沈黙。
「負傷者に手を貸してやれ! 急げ!」
兵士は肩を撃たれた仲間に肩を貸し、泥の塹壕を這い出た。
頭を低くし、雨と霜の匂いが混じる戦場を後にする。
彼の背後では、白く凍りついた帝国兵と木々が、静かに立ち尽くしていた。




