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アルデナの森の戦い(2)

 ファフニール隊の対戦車自走砲小隊の1号車が、3発目となる47mm砲の弾丸を放った頃、帝国軍は待ち伏せの衝撃から立ち直り始めていた。


 今年20になったばかりの青年、ウィラー二等兵は細い照準器を覗く。


 発砲音が何度も鼓膜を叩き、じんじんと耳の感覚を麻痺させているのに、金属の殻が砲尾のレールを滑って落ちる音が、いやに耳に残った。


(……よし、俺たちは戦えてる)


 狭い土の道路の上では、最初の射撃を受けた先頭集団の軽戦車4両が擱座(かくざ)していた。


 20mm砲を搭載したペッカードが3に、37mm砲搭載のラスプが1。道が塞がれたことで、後続は立ち止まり、道の左右に分かれて前進しようとしている。


「装填!」


 弾を込める時のわずかな砲の震えが、ハンドルを伝って手に届いた。

 砲に命が吹き込まれる瞬間が、実感としてわかる。


「ウィラー、ラスプを優先して狙え」


「了解。目標、距離400。ファイア!」


 47mm砲の反動が車体を震わせ、ウィラーの身体に空気の衝撃がのしかかった。

 だが――着弾は外れた。


 照準器の先で、ラスプの砲塔がわずかに揺れただけだった。

 次の瞬間、敵戦車の砲口がこちらではなく、歩兵塹壕の方向へと向き直る。


「まずい……!」


 ウィラーの喉がひきつった。

 ラスプの37mm砲が光り、塹壕の土壁が爆ぜて泥と破片が雨のように降り注ぐ。

 仲間の叫びが、雨音に混じってかすかに届いた。


「急げ、もう一発だ! 装填、急げっ!」


 焦りで声がうわずっていた。


 だが装填手は迷わなかった。金属の塊がレールを滑り、砲尾が閉鎖される硬質な音が、ウィラーの耳に鮮明に届く。


「……入った!」


 ウィラーは照準器に目を押しつけた。

 ラスプの砲塔が再び塹壕へ向けて旋回しようとしている。


 その動きが、妙にゆっくりに見えた。


「目標、同じ! 距離400――ファイア!」


 閃光。

 砲声。


 音が雨を裂き、ラスプの側面装甲に吸い込まれるように突き刺さった。

 爆炎はない。


 だが、表面のリベットが飛び散り、全部装甲と側面装甲の間に大きな影ができた。車体が割れ、砲塔が前に沈むように傾く。


 前進していたラスプはそのまま道を外れ、路肩で履帯を空転させながら停止した。


「……やった、倒した……!」


 安堵が胸に広がりかけた、その時だった。

 ウィラーの1号車の周囲で、木の幹が突然はじけ飛んだ。


 乾いた連射音が遅れて耳に届く。


 ――敵に見つかった。


 別の軽戦車――ペッカードがこちらを見ている。

 直後、20mm機関砲の弾が、雨を切り裂いて飛び込んできた。


 周囲の木々が次々と裂け、枝が折れ、破片が車体に叩きつけられた。

 ウィラーの頬に木片がかすめ、熱い痛みが走る。


「くそっ、見つかった! 車体、少し下げろ! 撃たれるぞ!」


 操縦手が叫び返し、1号車は泥を跳ね上げながら後退を始めた。

 だが敵の機関砲は止まらない。


 弾丸が車体の側面を滑り、金属の削れる異音が耳を刺す。


 ウィラーは震える指で照準器を再び覗いた。


 視界の端で、ペッカードの砲塔がこちらに完全に向き直る。

 ――次は、こっちが撃たれる番だ。


 喉が乾き、息が浅くなる。

 だが、砲を撃てるのは自分しかいない。


「ファイア!」


 次にウィラーが撃った47mm弾は、敵ペッカードのドライバー席を正確に貫いた。


 車体が前につんのめり、次の瞬間、砲塔の20mm砲くたりと下を向く。

 嵐のように車内を飛び回った砲弾の破片で乗員は残らず沈黙したのだろう。


「……っしゃ、もう一両!」


 勝利の実感が胸に灯った、その刹那だった。


 倒れたペッカードの影から、もう一両がぬっと姿を現した。

 雨粒を弾く砲塔がこちらを向き、20mm機関砲の口が黒く開く。


 ウィラーの背筋が凍りついた。


 ――やられる。


 T-47の装甲は、せいぜい小銃弾と破片を弾く程度。

 数ミリの鉄板など、20mm弾にとっては紙同然だ。


 照準器の中で、敵の砲口がわずかに揺れた。

 撃つ気だ。


「まずい……!」


 その瞬間――

 横合いから、鋭い閃光が走った。


 1号車の右に展開していた、3号車の47mm砲だ。


 敵ペッカードの側面に実体弾が突き刺さり、砲塔が跳ね上がるように吹き飛んだ。

 車体が泥に沈むように傾き、力なく森にうずくまる。


「助かった……!」


 ウィラーが息を吐く間もなく、無線が怒鳴るように響いた。


『全車、後退! 繰り返す、後退だ! 次の陣地へ移動せよ!』


 中隊長の声だ。

 ウィラーの心臓が、どくん、と大きく跳ねた。


 ゆっくりだった戦場の時間が、急に元に戻った。

 雨粒が落ちる音さえ、近くに感じた。


「エンジン始動! 早く!」


 操縦手がうなずき、スターターを回す。

 エンジンが咳き込み、次の瞬間、低い唸り声を上げた。


「よし、出すぞ! 掩体壕から抜けろ!」


 T-47は泥を跳ね上げながら、隠れていた掩体壕をゆっくりと後退し、やがて身を翻すように向きを変えた。


 背後では、まだ砲声が鳴り響いている。


「くそっ、4号車がやられてる」


 戦列を組んでいたその端、4号車の砲塔が完全に吹き飛んでいた。

 これで8両のうち、使えるのは7両。


(……右翼の第2小隊は無事だろうか)


 不安を胸に、ウィラーは前へ向き直った。

 傍らの弾丸ラックには、6つの空白。


 残りは14発。


 戦闘、それ自体の時間は10分あったかも怪しい。

 なのにもう弾の4分の1をうち尽くしていた。


(持つのか、これで……)


 青年の焦燥に応える声はない。

 雨の中、若い砲手の鼓動だけが、戦場の喧騒よりも大きく響いていた。 

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