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埋伏の毒

「兄さん。捕まえた将校から得られた情報はこちらです」


「うん。ありがとう」


 カリウスは将校を尋問していたアデーレから受け取った紙片を開く。

 すると、彼の手がすぐにこわばったようになって止まった。


ーーーーーー

帝国軍、一個装甲師団(2個連隊4大隊12中隊)

軽戦車:280両

支援戦車:8両

指揮戦車:10両

重戦車:8両

ーーーーーー


「一個装甲師団か。この森を墓場に変えるには十二分だな」


「えぇ。十分すぎる暴威ですね」


「正面から戦えば、ベリエ側に勝ち目はないな。師団全隊で戦車300両超……アデーレ、我々の正面に現れる大隊の構成は?」


「捕虜の供述によれば、ファフニール隊の正面は第3戦車連隊第2大隊、約70両。内訳は、20mm機関砲装備の『ペッカード』が40。37mm砲装備の『ラスプ』が25。残りが指揮、支援戦車のようです」


「なるほど。歩兵に対する突破力が高いというわけか。稼働率はいくつと見る?」


「強行軍の直後です。故障と燃料切れで、実際に戦場に到達するのは5割から6割……各中隊10両程度がバラバラに突っ込んでくる形になるでしょうね」


「各個撃破のチャンスはあるな。勝てると思うか?」


「対戦車自走砲が8両。迫撃砲もありますし、弾があるかぎりは負けないでしょう」


「……補給次第か」


「そして指揮統制次第でしょうね。側面を取られたら厳しいです」


「T-47が積んでいるのは、徹甲弾が20発。命中率を考えれば、一回か二回の会戦で使い果たすな。さて……補給のタイミングをどうしたものか」


「タイミングを間違えれば、野砲に蹂躙(じゅうりん)されますからね。むしろ――」


「あぁ。僕が怖いと感じているのはむしろ、砲兵と歩兵だ。400人規模の大隊と12門の砲兵が戦車のあとに続く。うちに重砲はない。陣地転換を素早くしないとな」


「補給はトラック2台分しかありません。物資を分散するのも難しいですね」


「うん。賭けになるな」


 カリウスは腕を組み、静かに目を伏せる。

 震える心を思考に集中して抑え込むかのように。


 胸の奥からせり上がる嘔吐感を、シャルロッテ教授の冷徹な声――

 軍学という名の劇薬で彼は塗りつぶしていく。


『敵の士気を削る? 甘い。士気など、酒や女を与えれば、いくらでも回復できる。削るべきは士気ではなく『信頼』だ。不満を煽り、指揮官と兵を疑心暗鬼にさせれば、軍は勝手にほどけていく』


「……捕虜に会いに行く。たしかチップスが見張っていたな」


「ですが兄さん、聴取はもう――」


「いや、それとは別に『やること』があるんだ」





 カリウスは妹の元を離れ、巣穴道(バロウズ)に入った。


 地下を根のように這い回るバロウズには、ところどころ木のこぶのような空間がある。普段は巣巡りの品や、森で取った根菜の貯蔵に使われる場所だが、今は入口に簡単な木の柵を置いて、仮の牢屋となっていた。


 中には、罠にかかったイノシシのように帝国軍の将校が閉じ込められている。ジャッカスに囲まれた彼は、身じろぎから咳の音まで、厳重に監視されていた。


「彼と話したい。いいか?」


「へい」


 ジャッカスが半歩動き、前を開ける。

 カリウスは服が泥で汚れるのも構わず、狭い通路を壁をこすって進む。


 牢屋に近づくと、地下特有の土の匂いが喉に張り付く。

 さらに最悪だったのは、汗と糞便からなる、獣じみた臭気だ。


 地上で活動する痕跡を消すために、ジャッカスたちは地下で用を足す。

 それがひどい匂いとなってトンネルに漂っていた。


 カリウスはふと、手をついた壁を見た。


 光苔の頼りない青色の輝きが、監視者たちの歪んだ影を壁に投げかけている。


 その影に身を沈めるように、壁に背を預けるチップスの姿があった。


「一個装甲師団。正面から挑めば、我々は全滅だ。そうだろう、チップス」


「よくわかってるじゃないか。森ごと焼かれておしまいだ。――で、どうする? この白手袋の喉を切り裂いて、少しでも腹の虫を収めるか?」


「いや。……彼には利用価値がある」


 カリウスの言葉に、将校の頬から乾いた泥が落ちた。


 看守を見上げるその顔には、命を拾えると悟った瞬間の、浅ましい安堵が浮かんでいる。


 カリウスは視線を感じる。


 だが、目の前の少佐が注視するのは、彼の瞳ではなく、こめかみの上――

 彼の緋色の髪から突き出る、2本の角に向いていた。


異種(デミ)の言葉を信じる気があるなら、君と話ができる」


 カリウスは将校の目の前にしゃがみ込み、鼻を突く汗の臭いを無視して、耳元で囁いた。


「……時に命を拾うのが一番残酷な場合もある。君の率いる実験部隊は壊滅してしまったが、その責任は誰に押し付けられると思う?」


 将校の瞳が、光苔の青白い光の中で微かに揺れた。


「君たち『愛国連隊』は、貴族が鼻歌交じりにかいた設計図ともいえないような落書き、それを元にした兵器を押し付けられているそうじゃないか」


「なぜそれを――っ!」


「囚人兵の生き残りから聞いたよ。君がかなり危うい立場にいることも」


「愛国連隊ねぇ。俺はてっきり玩具屋かと思ったぜ」


「彼は色々と話してくれたよ。愛国連隊の仕組みをね」


「クズどもめ……っ!」


 カリウスは囚人兵のアウルスから聞いた内容に虚実を混ぜて将校を揺さぶる。


 将校の反応は単純な恐怖ではなく、同等と考えていなかった下の人間から「後ろから刺された」と信じ込んだ者の、激しい憤りだった。


「なんでも成功すれば栄誉と多額の金銭。失敗すれば――まぁ、言うまでもない結果になるそうだけど……そこで相談がある」


「…………?」


「君がここで死ねば、君は名誉ある戦死者だ。しかし、全ての兵を失った君が、五体満足で陣地に帰ってきたら――奴らは君が我々に何を話したと疑うだろうか?」


「それは……くっ」


 カリウスは懐から、先ほどアデーレから受け取った紙片――

 帝国軍の編制表を取り出し、わざと将校に見えるように折り畳んだ。


「さあ、『信頼』の話をしようじゃないか。君が生き残るための、唯一の道を」


「信頼、だと……?」


「そうだ。君にはまだ、望みがある」


 将校の肩がわずかに震えた。その反応を確認してから、カリウスは懐に手を入れ、二つの小さな金属片を取り出す。


 光苔の青白い光が、血と泥に汚れたドッグタグを照らした。


「それは……囚人兵の?」


「そう。君は真実を持って帰る。――部隊の壊滅は、囚人兵アウルスの裏切りによるものだった。君はその証拠を持ち帰った、ただ一人の生存者だ」


 将校の顔に、安堵と恐怖が入り混じった歪な表情が浮かぶ。


「ま、待て……。なぜ、そんなものを俺に……?」


「簡単な話だ。君が生きて帰れば――帝国軍は必ず疑う。『何を喋った?』『何を漏らした?』とな」


 将校は「こぶ」の低い天井を見上げ、目を伏せた。


「だが、君は裏切り者ではないという証拠を持って帰る。アウルスはこちらで処分する。真相は闇に沈む。君の安全は保証される」


 カリウスは、将校の手にドッグタグを押し付けた。


「ひとつだけ仕事をしてもらう。〝アルデナの森に展開中のベリエ軍は抵抗を諦め、北のメース川を目指し、王都に向かって撤退中〟と伝えろ」


「撤退中……逃げるのか?」


「事実かどうかは関係ない。君が『そう聞いた』と言えばいい。君は有益な情報を持ち帰った将校として扱われる」


 将校は唇を噛み、泥の上に視線を落とした。


「……俺が拒めば?」


「手ぶらで戻っただけなら、帝国軍は、君が祖国を裏切って命を拾ったと確信するだろう。君の未来は非常に暗い。だが、俺の提案を飲めば、道は残る」


 将校はしばらく黙り込んだ。

 光苔の光が、彼の顔に浮かぶ葛藤を照らす。

 やがて、かすれた声が漏れた。


「……わかった。やる」


 カリウスは静かに頷き、アウルスのドッグタグを将校の膝の上に置いた。


「賢明な判断だ。君は『真実』を持って帰る」


 将校の震える手が、ゆっくりと証拠を握りしめた。

 その様子を見届けると、カリウスは立ち上がり、背後のチップスに視線を向けた。


「……準備をしてくれ。彼には、帰ってもらう。それと――」


()()()()()()()()退()()()()


 チップスは鼻で笑いながらも、何も言わなかった。

 ただ、獣のような瞳で将校を一瞥し、暗い通路の奥へと歩き出した。


 将校は、じめっとしたバロウズの地面に視線を投げている。

 その影の中には、深い笑みが浮かんでいた。


所詮(しょせん)は異種の浅知恵か。くく……後悔させてやるぞ)




カリウスが段々師匠に似て参りました。


次からようやく戦闘です。

今回の準備パート、すごい長くてすいません(汗

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