キルゾーン
遠く、森の向こうから、低く唸るエーテル機関の音が近づいてきた。
カリウスは地面に耳をつけ、音を探る。
(キャタピラの音がするが……音が軽い。装甲車か?)
土の上に伏せていると、次第に地面を噛む履帯の音が大きくなってきた。
耳をつけた地面とは別に、空気の揺れる音が混じってくる。
甲高い回転音――魔導ジャイロのローターが風を刻む不快な音が、エンジン音をかき消すように重なった。
「中隊長、敵の先頭車両が見えました!」
新兵が身を乗り出そうとした瞬間、カリウスは手を上げて制した。
「静かに! 合図を待て!」
(敵の数は……装甲兵員輸送車が2両か。)
道を来るのは、2台の兵員装甲輸送車。横にせり出すように角度のついた鉄の箱に、前にタイヤ、後ろにキャタピラが付いた格好だ。
このタイプの車両は半装軌車――「ハーフトラック」という。
タイヤだけの車に比べて、不整地の踏破力に優れた車両だ。
カリウスは腰の雑嚢から、青く輝くエーテル燃料の詰まった瓶を取り出した。彼は瓶の口にそっと唇を寄せると、低く呟いた。
「天蓋に輝く猛威をもって、我、真なる暁もたらさん――轟なる暁天」
その言葉に応えるように、瓶の内部で、青白い光が脈動する。
茂みから顔をあげると、角ばった鋼鉄の箱が、ちょうどカーブの中間地点に差し掛かったところだった。
天井の開いたオープントップの荷台には六名の兵士。彼らは胸元に端末をやってそれを操作し、上空の六機の魔導ジャイロを操っている。
(よし、これなら――)
カリウスは森のカーブへ向かって瓶を軽く放った。
「火炎瓶だ、避けろ!」
車体上の銃座について見張りをしていたが叫び、車体が急ハンドルを切った。
だが瓶が地面に触れた瞬間――閃光と轟音が森を震わせ、空気を裂く。
次の瞬間、装甲車に載っていた兵士たちの動きが身構えたままぴたりと止まった。
ドライバーは閃光の衝撃でハンドルを握ったまま硬直し、装甲車は左右にふらつきながら惰性で進み、やがて力なく停止した。
(効いたな……閃光と爆音による感覚の喪失。まずは『目』を奪う)
カリウスが指を一本立てる。
その合図に、木々の上に潜む造命種の狙撃兵たちが一斉に反応した。
「狙撃班――撃て」
六つの銃声が、まるで一発のように重なった。それぞれの造命種が、寸分違わぬタイミングで車内の兵士を撃ち抜いていた。
(……さすが造命種。なんて練度だ)
空中で制御を失い、六機のドローンが同時に墜落した。
金色の機体が正面から地面に落ち、背負ったローターが変な方向に曲る。
「敵襲だ!! 散開しろ、内側の森へ――」
将校が叫ぶが、兵士たちはまだ完全には動けない。
ようやく身体が戻った者たちが車を飛び降り、カーブの内側へ殺到する。
「歩兵部隊、射撃を開始しろ! ジャッカスを撃ち抜かないように気をつけろ!」
「はい!」
カーブした道の外側をなぞるような配置で隠れていた兵士たちが一斉に動いた。
リズムを外した手拍子のようにライフルの銃声が連なり、銃声が、互いの残響を塗りつぶし合うように重なり合う。
「機銃手、気持ち高めに撃て。人を狙うと弾が地面に吸い込まれるぞ。敵の頭の上をなぞるつもりで弾を張るんだ」
「了解!」
機関銃の連続した発砲音が、途切れ途切れの銃声の間をつなぐ。
そのとき、カリウスの頭の上で空気を切るような音がした。
シャッフェンの狙撃による支援だ。
彼らの狙いは、ハーフトラックの上で機銃を構える帝国兵。
一両目の機銃手は敵を探して機銃を回している隙に喉を撃ち抜かれ、機関銃にもたれかかるようにして絶命した。
間もなく、二両目の射手も顔を撃ち抜かれて、機銃座を隠す装甲板を赤く染めた。
(さすがステラだ。こちらが指示する前に仕留めてる)
1両目はドローンを操作する兵士を乗せた車両で、2両目がその護衛だった。
後部ハッチが開き、車体を影にしてカーブの内側――
すなわち、カリウスが設定したキルゾーンへと後退していく。
車両の隙間から足をみせた一人が、つま先を吹き飛ばされて道路に転がる。
直後、追い打ちでいくつもの細い血柱が上がった。
(――っ!)
敵とはいえ、無慈悲に刈り取られていく命を見るのは気持ちの良いものではない。
軽く吐き気と酔いのような感覚を覚えながらも、カリウスは声を張り上げた。
頭に取り付いた不快な感覚を振り払うかのように。
「B分隊は魔導ジャイロの予備機と端末を確保しろ! A分隊は前進射撃! 逃げる将校を追い込め、生け捕りにするぞ!」
帝国兵の悲鳴と、容赦のない銃声が森に重なり合う。
「奇襲だ!!」
「だめだ! 皆殺されちまう!」
「バカモノ! 応射して散開しろ、装甲車を盾にして踏みとどまれ!!」
完全に戦意を失った兵士を鞭打つように、敵指揮官の怒声が響く。
だが、その声に部下を鼓舞する響きはなかった。
勇ましい言葉とは裏腹に、彼の靴先はすでに森の奥を向いていた。
一両目の後部ハッチから転げ落ちた兵士たちは、武器すら持たぬ素手だった。
二両目から降りた兵士たちは、ライフルやサブマシンガンといった小火器を持ってはいたが、装甲服や防弾ベストの類を身に着けていない。
帝国が「愛国連隊」と名付けたその実態は、消耗品として集められた囚人兵の実験部隊に過ぎない。
彼らが銃弾に倒れるのを横目に、銀モールの飾緒を軍服の胸にぶら下げた男は、誰よりも早く、部下の悲鳴を背に受けて森の茂みへと飛び込んだ。
部下を盾にし、自分だけが助かろうというその背中に、カリウスの冷ややかな視線が突き刺さる。
(逃げたな。……予定通りだ)
「ターゲットが茂みに逃げ込んだぞ! 追え!」
「逃がすか!」
「待て、深追いはするな! 撃ち方やめ! 撃ち方やめ!」
追いかけようとする歩兵の背中に、カリウスの制止する声がかかった。
装甲車から逃げ出した将校は、必死に泥を跳ね上げ、生い茂るシダの葉を掻き分けて、とある場所にたどり着いた。
――不自然なほどに開けた、小さな円形の広場。
不摂生のせいで鈍くなった身体が、広場の中心で立ち止まる。
「はぁ……はぁ……! 私は貴族だぞ! こんなところで――」
言いかけて、少佐の動きが凍りついた。
周囲の茂みがざわりと揺れ、そこから次々と「影」が姿を現したからだ。
黒と茶の毛並み。長い耳。そして、鈍く光るショットガンの銃身。
地中から、あるいは樹上の死角から。十数人のジャッカスたちが、逃げ込んできた「獲物」を嘲笑うように包囲していた。
そこは逃げ道ではない。あらかじめ地中の道で先回りしていた彼らが用意した、完璧な袋小路――「処刑場」だった。
「……汚らわしい。尻尾付きの異種どもが」
少佐は絶望を隠すように、吐き捨てるような罵声を浴びせた。
帝国のエリートにとって、獣型の異種族は家畜以下の存在に過ぎない。
「分をわきまえろ、畜生風情が! この私に触れるな!」
狂乱し、腰の拳銃に手をかけようとしたその瞬間。
正面の茂みから、欠け耳のチップスが弾かれたように飛び出した。
「へっ、威勢がいいなあ、おい」
チップスは銃を撃たなかった。代わりに、手慣れた動作でショットガンを逆手に持ち替えると、その重厚な木製の銃床を少佐の顎へ叩き込んだ。
ゴッっと、鈍い衝撃音が響き、少佐の体が泥の中に沈む。
「が……あ、っ……!」
「おっと、まだその口でクソをたれてもいいが、歯が全部なくなるぞ」
チップスは倒れた少佐の背中に乗り上げ、泥の中にその顔を押し付けた。逃げ場のない「処刑場」で、帝国の誇りは無残に泥に塗れていく。
カリウスが、ゆっくりと木々の間から歩み寄ってきた。
足元で苦痛に悶える少佐を一瞥し、チップスに短く問う。
「こいつがそうか?」
「あぁ。クソまみれになってるが、将校様には違いない」
チップスは少佐の頭をさらに強く地面に押し付け、その耳元で低く吐き捨てた。
「安心しな。あんたの身柄と、そのおもちゃを喉から手が出るほど欲しがってる連中が後ろに控えてるんだ。……だから殺さない。この程度で済んで良かったと思え」
カリウスは双眼鏡を懐にしまい、森の分厚い天蓋の隙間から覗く青をみた。
上空では、主人を失った最後の魔導ジャイロが、行き場を失った羽音を虚しく響かせていた。
「撤収だ。帝国軍の本隊が気づく前に、巣穴道を通って離脱しよう」




