パカッと開いて(2)
カリウスたちが鹵獲した飛行機械は、陣地に運ばれ、ティーゲル号の横に置かれた作業台の上に載せられていた。
夜明け前の薄闇の中、ランタンの光が真鍮の金色の曲面を鈍く照らしている。
ガストンは機械を一目見ると腕を組み、鼻を鳴らした。
「……こいつぁ、どう見ても〝ジャイロコプター〟じゃな。しかも、わしらの祖先が200年前に作った試作機の縮小版じゃ」
「200年前って、技術復興時代の? これってそんなに古い技術なんですか?」
「古いどころか、廃れた技術じゃよ。ペガサスやグリフォンの前じゃ、こんな機械は赤子同然。空を飛ぶ意味すら失われた代物じゃった」
ガストンは工具を手に取り、魔導ジャイロの外装を外していく。
内部の構造が露わになると、彼は思わず口笛を吹いた。
「……やっぱりじゃ。回転翼の軸受け、翼の固定具、フレームの組み方……全部、わしらドワーフの古い癖が出とるな。しかし……」
彼は分解された飛行機械の上で、剥き出しになったエーテル機関を指さした。
「エーテル機関だけが新しくなって、出力が増しとる。こいつに名前を付けるなら、さしずめ『魔導ジャイロ』といったところかの」
フリンが身を乗り出す。
「つまり、帝国はドワーフの技術を盗んだってことか!?」
「盗んだか、拾ったか、復元したか……ま、どれでもええ。問題は――誰でも作れるように、ヤケクソじみて簡略化されとることじゃのぉ」
耳をほじるガストンの言葉に、カリウスの背筋が冷たくなる。
(……やっぱり、大量量産を前提にしているのか)
アデーレがエーテル機関を慎重に取り外し、分解を始めた。
内部の魔導回路を見た瞬間、彼女は息を呑んだ。
「……ウソ、こんな単純な構造で動くの?」
「どういうことだアデーレ?」
「エーテル機関って、普通はもっと複雑なんです。燃焼を動力に変換する機構はあるんですけど、安定化のための機構が省かれてます」
アデーレは指先でエーテル燃料と機関の接続部を示した。
「……これはエーテルを流すだけの構造です。ですが、ここを見てください。点火プラグを押し込み閉塞し、エーテルを逆流させれば――」
「爆発する?」
カリウスが聞くと、アデーレがこくりと頷いた。
「この機関は『動力』と『爆薬』を兼ねています。おそらく、自爆兵器として……」
フリンが顔をしかめた。
「じ、自爆って! 危なすぎるじゃん」
「いや、危ないからこそ、前線に持ち込むんじゃ。どうせ使い捨てなんじゃろコレ」
カリウスは、テーブルの上でバラバラになった魔導ジャイロを見つめた。
この小さな機体は、確実にこれからの戦場の形を変える可能性を秘めている。
「ドローンの通信能力はどうだ?」
カリウスが問うと、フリンが通信器の内部を調べながら答えた。
「思ったよりも原始的だね。画像をリアルタイムで送る機能はない。飛行経路に沿って『連続写真』を撮って、後でまとめて回収する仕組みだ」
「じゃあ、索敵能力は低いってことですか?」
「低いが、問題はそこじゃない。低いからこそ、量で補う設計になってる」
ガストンがカリウスの結論に重々しく頷く。
「なるほどのう。グリフォンは一頭育てるのに十年かかる。じゃが、こいつは……」
「いくつ作れそうだ?」
「そうじゃの……ドワーフなら、一人頭10機といったところかの」
「月産10か。思ったより手間がかかるな」
「バカいえ。日じゃよ。日に10はつくれんと、ドワーフを名乗る資格はない」
「ちょっと待ってくれ……5営業日として……いや、戦時生産なら……」
カリウスは、ふぅ、と息を吐いた。
「100人規模の工場なら、魔導ジャイロを1日1000機生産できる。つまり、1週間なら7000機。一ヶ月なら3万機。考えるのも馬鹿らしい物量だな」
「しかも、材料さえあれば……ドワーフなら誰でも作れるときたもんじゃ」
フリンがドローンの操作用の通信器を持ち上げた。
「兄ちゃん、操縦者も……囚人兵だったんだよな?」
「そうだ。操縦者は、愛国連隊とかいう機関に無理やり引っ張られた囚人だった。エーテル工学についてまるで無知な囚人が操縦できていたということは――」
「帝国は、熟練兵を使わずに空の軍を作れるということですか?」
「そうだ。この魔導ジャイロは、この世界で最初に完成した、空の兵器体系なんだ」
「……ドワーフの古い技術が、こんな形で蘇るとはのう」
カリウスは拳を握りしめた。
イラクサに刺された指先が、じんわりと熱を帯びる。
「帝国は……もうドローン戦争を始めている。俺たちが知らない未来の戦い方を、すでに手にしているんだ」
魔導ジャイロの残骸が、ランタンの光を受けて鈍く光った。
それは、静かで、冷たく、確実に迫る新しい戦争の影だった。
ガストンは、魔導ジャイロの回転翼を指で弾いた。
金属が軽く震え、カリウスの耳にちんと、乾いた音が届く。
「中隊長よ。こいつは確かに空を飛ぶ。飛ぶがな……その実、飛んでいるように見えるだけじゃ」
そういってガストンは、金色のドローンのことを鼻で笑った。
「詳しく話してくれ」
「ジャイロコプターの上にある回転翼は、エンジンで回しとらん。風を受けて勝手に回っとるだけなんじゃ。つまり――」
ガストンは、指でテーブルの上をなぞりながら続けた。
「前に進まんと、揚力が出ん。足が止まったら、まっさかさまじゃ」
「つまり、空中に留まることができない?」
「そういうこっちゃな」
「今の操作系統だと大きな問題になるな。くるくる回さないといけないわけだ」
「それにな、こいつのローターは軽すぎる。風に弱い。横風を食らえば、簡単にひっくり返る。森の中は乱流が多い。どういうことかわかるか、中隊長?」
「風にとって、森林は障害物だ。風が木に当たって渦を作り、樹冠は空気を下に押しやる。魔導ジャイロはそれに巻き込まれやすいということだな?」
「その通り。完璧な理解じゃ」
アデーレが驚いたように目を見開く。
「じゃあ……弱点だらけじゃないですか」
「そうじゃ。わしらドワーフが200年前に〝これ〟を捨てた理由はそこにある。ペガサスやグリフォンの前じゃ、こんな機械は玩具同然。風にあおられてひっくり返り、魔獣に追われてすぐに墜ちる」
ガストンは、魔導ジャイロのフレームを叩いた。
「じゃが――帝国は弱点を承知で使っとる。なぜか分かるか?」
「……使い捨てだから、か」
「まさにそうじゃ!」
ガストンがもはや残骸と化したドローンに指を突きつけた。
「こいつは、安くて簡単。そして――《《壊すために使う》》。だから、弱点があっても構わんのじゃ」
ガストンは、回転翼を外しながら続けた。
「中隊長、この意味がわかるな?」
「あぁ。魔導ジャイロは弱点を解決できない。安いという利点が消えるからだ」
「その通り。こやつのコンセプト、それ自体が弱点を必要としているんじゃ」
「……それで具体的には、どうやって魔導ジャイロは破壊すれば良い?」
ガストンは、分解した一本のローターを持ち上げて見せた。
「まずは風じゃ。森の上空、高い空は乱流だらけ。本家よりさらに小型化され、軽くなった魔導ジャイロはさらに風に弱くなっておろうなぁ」
「つまり、高度を取れない。歩兵の銃でも射程範囲内に収まる」
「そうじゃな。下手すれば散弾銃でも届くんじゃないかの?」
「それなら……猟銃をもたせるのがいいかもしれない。散弾――バックショットを使えば、ライフルで狙うより楽だろう」
「魔導ジャイロは、飛行に速度を必要とするゆえ、止まることができん。何かをよけようとする時、必ず速度を落とす。この瞬間が一番もろい」
フリンが何かに気づいたように顔を上げた。
「えっとつまり……入り組んだところに逃げ込めば、遅くなって反撃しやすい!」
「そうじゃ。向かい風があれば空中に留まることができるが……それと――」
ガストンは、分解したローターの付け根を指差した。
「この軸受けは、わしらドワーフのクセが出とる。引っ張りには強いが、横からの衝撃に弱い。木や枝に引っかかればイチコロじゃ。」
ローターの耐久性の説明に、えっ、とアデーレが声を上げた。
「これ、そんなに脆いんですか……?」
「そりゃそうよ。荒っぽく使うことは考えとらんもの」
「なるほど。木と木の間にネットを張るだけでも行動を阻害できそうだな」
「ジャイロコプターはもろい。それが昔からの弱点じゃ」
ガストンは、魔導ジャイロの残骸を見下ろし、低く呟いた。
「帝国は、わしらが捨てた技術を拾い、使い捨ての兵器として蘇らせた。
だが――その弱点まで、しかと再現しとるわ」
カリウスは、ゆっくりと頷いた。
「……ありがとう、ガストン。その弱点、全部利用させてもらう」
カリウスが親指を立てると、ガストンは破顔し、豪快に笑った。
「おうとも! こいつの原型は、わしらが作ったもんじゃ。壊し方も心得とる!」
ジャイロコプターは、ヘリコプター(マルチコプター)よりはるかに簡単に作れる飛行機械です。
名前は似ていますが、実態は異なります。
1920年代に開発された初期のジャイロコプターは、ローターをエンジンで回さず、前進する風で勝手に回る構造でした。そのため、複雑な制御装置や強力なエンジンを必要としませんでした。
この世界のドワーフがルネサンス期にジャイロコプターを作れたのも、「ヘリコプターほどの技術的ハードルが存在しない」という現実の歴史と同じ理由です。
そして、帝国軍が魔導ジャイロを量産できるのも、簡単に作れる飛行機械というオートジャイロ本来の性質がそのまま活かされているからです。




