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夜の虫取り


 夜の森は、昼間とは別の生き物のように息づいていた。

 湿った空気が肌にまとわりつき、針葉樹の影が黒い刃のように地面へ伸びる。


 カリウスは、イヤーロップの巣穴道(バロウズ)の出口に身を潜めながら、耳を澄ませた。


――ブゥゥゥン……。


 あの重い羽虫のような回転音が、再び森に忍び込んでくる。


「兄さん、来ました……」


「よし、深夜の昆虫採集と行こう」


 隣でアデーレが息を呑むなか、カリウスはニヤリと笑った。


 フユは無言で狙撃銃を構え、瞳孔をわずかに収縮させた。

 魔導ジャイロは、昼間と同じ軌道をなぞるように、木々の間を低く滑っていく。


 ジャイロは一定の速度を保ちながら、大きく弧を描いては再び戻ってくる。その軌跡は、まるで見えない鎖で繋がれた獲物が、杭の周りを回っているかのようだった。


「中隊長。ドローンはずっと円を描いている……。中心点は、あの北側の岩場です」


「……やはり、操作に何らかの制限があるのか。アデーレはどう思う?」


「あ、はい。機械から伸びるエーテルの流れが見えます。おそらく、無線機と同じような機構で遠隔操縦していると思います。それと――」


「それと?」


「空中を漂うエーテルの流量から見て、通信量はそこまで多くありません。映像の類は送っていない。恐らく目視で操作指示を行ってます」


(やっぱり、危険を犯してでもアデーレを連れてきてよかった。)


 妹の分析が確かなら、ドローンにはカメラがない。

 操縦者は飛行を監視し続ける必要があり、目を離せない。


(となれば――操縦者はフユのいう「円の半径」の中心に潜んでいるはず。有視界の短距離操作なら、必ず近くに「操縦者」が必要だ。)


 カリウスは、巣穴道の地図を思い浮かべた。

 ウサギ獣人たちが何世代もかけて掘り広げた地下網。


 地上の地形を無視して、森の下を縦横無尽に走る秘密の道。

 帝国軍の兵士が知らない「裏道」だ。


「フユ、アデーレ。行くぞ。――操縦者を捕まえる」


 闇の中、声を返さずに二人が頷く。


 カリウスたちは、森の各所にある「避難経路」の入口を押し開けた。

 イヤーロップの村長から教えられた、秘密の入口だ。


「よっと……」


 戦車のハッチを同じぐらいの狭さの入口を、カリウスは身をよじって入った。

 巣穴道(バロウズ)の中は、湿った土の匂いが濃く、天井は低い。


 だが、道はしっかり踏み固められているし、蛍石や光苔の照明がある。

 むしろ慣れれば地上よりも進みやすかった。


 幸いなことに、ドローンはとてもうるさい。

 その特徴的な飛翔音は、地下でも容易に耳に入るほどにやかましかった。


 カリウスはドローンの騒音を頼りに、地下で並走するように進んだ。


 やがて、巣穴道の天井に通った空気穴越しに、かすかな声が聞こえてくる。


 「……高度維持。エーテル出力安定……よし……」


 帝国軍の兵士だ。

 若い声。それも単独行動。

 完全に飛行機械(ドローン)の操作に集中しているようだ。


 カリウスは、フユに手で「行くぞ」と、合図した。

 隠密戦闘なら、彼ら造命種(シャッフェン)に任せれば確実だ。


 巣穴道の壁に開いた小さな緊急脱出口をカリウスは指さした。


 フユが頷き、押戸に静かに手をかけて、隙間をゆっくりと広げる。

 彼の手に銃はない。ただ一本のナイフだけだ。


 カリウスは護身用の拳銃を構え、フユが出ていくのを見守る。

 シャッフェンは、影の中を音もなく伝い、そっと地上へ這い出た。


 月明かりの下、帝国軍の兵士が背を向けて立っている。

 手には何かの機械。

 彼が視線を向けるその先には、木々の間を飛ぶ魔導ジャイロ。


 カリウスは、息を殺した。


(……かかれ!)


 手で合図すると、影と同化したフユがすっと動いた。


 無音で背後に回り込み、兵士の喉を押さえ、脇腹に短剣を当てる。


「動くな。声を出せば殺す」


 兵士の体が硬直した。


「よし、今だ!」


「はい!」


 アデーレが素早く彼の手から機械を奪い、動力を切断する。

 すると、ドローンが、空中でふらつき、ゆっくりと落下していった。


 カリウスは駆け寄り、落ちてくる機体を両手で受け止めた。


(……っと! 想像していたのより、ずっと軽いな)


 実際にドローンを手に取ってみると、実に小さな飛行機械だった。

 大きさとしては、猫を抱いているのに近い。


 機械の背面では、エーテル機関の光がまだ微かに脈動している。


「……これが、帝国のドローンか」


 カリウスは、震える指でドローンの表面をなでた。


 機体は真鍮製で、滑らかで冷たい。どこか優美な印象を持たせるそれは、黄色い色もあって、ドローンの語源であるハチによく似ていた。


「兄さん……どう?」


 兄はすぐには答えなかった。ただ、肺の奥に溜まった淀んだ空気を吐き出すように、ゆっくりと、長く、息を吐いた。


「想像していたのよりも、ずっと雑な作りをしてる。……だからこそ危険だ」


 カリウスの指先が、機体の継ぎ目に残る荒い研磨跡をなぞる。


 それは精緻な工芸品に対する敬意をどこかに置き忘れた、ただ「機能」だけを冷酷に追求した跡だった。


「それって、やっぱり……」


「うん。これはそこまで高度な技術じゃない。だから、量産できる。素材さえあれば……帝国は、これを何百、何千と作れるかもしれない」


「じゃあ……」


「そうだ。グリフォンやペガサスのような切り札に類する貴重な戦力じゃない。これは……使い捨ての兵器だ」


 カリウスは、魔導ジャイロを抱えたまま、夜空を見上げた。

 星の間を、別の魔導ジャイロが飛び回っている。


 不気味な羽音が唸りを上げ、黄色い影が森の静寂を切り裂いていた。


「……帝国は、もう次の戦争に踏み込んでいる。ずっと、ずっと先にある、俺たちがまったく知らない戦い方を、すでに始めているんだ」


「では、中隊長。――どう使いますか? その鹵獲機(ろかくき)を」


 カリウスは、魔導ジャイロを見つめた。

 この小さな機体は鬼子だ。本来ありうべきではない、未来の存在。

 ならば、やるべきことは一つしかない。


「……分解して構造を調べて、弱点を探すんだ。そして――帝国より先に、これの『対抗策』を作る」


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