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ペーパーバック


 休憩の号令がかかると、隊員たちは思い思いに腰を下ろした。

 ティーゲルの履帯が冷えた土を押し固め、そこにカリウスも背を預ける。

 ふと視線を横に向けると、一本の針葉樹の根元に、フユが静かに座っていた。


 彼の膝の上には、分厚いペーパーバック。

 造命種特有の無表情で、しかしページをめくる指だけは妙に繊細だった。


「……本なんて読むんだな、フユ」


 声をかけると、フユは顔だけをこちらに向けた。

 瞳は淡い灰色で、どこか観察するような色をしている。


「読むよ。中々役に立つ」


三文小説(ダイムノベル)だろそれ。そんなのが戦闘の役に立つか?」


 フユはページを閉じ、表紙を軽く叩いた。


「中隊長は、シャッフェンが戦闘のことばかり考えてると思ってる?」


「よくわからない。だから聞いてみようと思った」


「……はぁ。――あ、そうか。役に立つじゃなくて、興味深い、かも」


「興味?」


「ほら、人間は、現実ではなく『言葉の世界』に捕まる生き物だろ? この本みたいな世界を粗雑に模倣したシロモノでも、読者の心を揺らすことがある」


「ずいぶん大仰だな。ただの娯楽だろ?」


「そうはいっても、娯楽であることと、心を動かすことは矛盾しないだろ」


「まぁ、確かに」


「本の世界は現実そのものではない。偽物といっても良いけど、人間はその偽物に触れたとき、逆に『現実とは何だろう』と、考え始める」


「……偽物があまりにも本物らしくて、本物の方を疑う、みたいな?」


「そうかもしれない。言葉は物質ではないのに、人間は言葉に支配される。存在しない人物の悲劇に涙し、虚構の英雄に勇気づけられる。実に説明しづらい現象だ」


 フユは本を胸の前で軽く抱えた。


「うん。だから僕は、こういう三文小説(ダイムノベル)が好きなんだろうね」


「……なるほどな。ずいぶん人間くさい趣味してるじゃないか」


「なるほど。僕は人間ではないから、人間の性質が面白く感じているのかも」


 そう言って、フユはまた静かにページを開いた。


 その姿は、戦場の片隅とは思えないほど落ち着いていて、まるで世界の観測者が、ひとつの現象を記録しているかのようだった。


 カリウスが笑いながら肩をすくめたところで、フユは読んでいたペーパーバックを軽く持ち上げた。薄い紙が風に揺れ、表紙の角がわずかにめくれる。


「カリウス中隊長。……そもそも、ペーパーバックとは何だと思う?」


「何って……安い本、だろ?」


「正確には安く、大量に作られ、大量に読まれ、そして大量に忘れられる本だね」


 フユは、まるでいつもの偵察結果を述べるように淡々と言った。


「軽くて、持ち運びやすくて、安価。兵士の背嚢にも、学生のポケットにも、工場労働者の昼休みにも入り込む。つまり、大衆のための本」


「まあ、確かに。高い本なんて持ち歩けないしな」


「だが、面白いのはそこからなんだ」


 フユはページを親指で弾き、紙の束を揺らした。


「ペーパーバック文化には、ひとつの特徴がある。――ベストセラーが出ると、出版社が競って似たような作品を濫作(らんさく)する」


「ああ、あるな。冒険ものが流行れば、翌月には冒険ものが棚を埋める」


「そう。しかしこれは、〝粗製乱造〟ではなく、文化の即応性だ。読者の欲望に合わせて、物語が増殖し、変形し、消えていく。まるでひとつの生き物のように」


 フユはそこで一度言葉を切り、静かに続けた。


「そして、三文小説(ダイムノベル)の魅力は、その粗雑さにあるんじゃないかな」


「粗雑さ?」


「技巧を凝らした文学作品では隠されてしまう〝作者の欲望〟が、こういう軽い紙の上ではそのまま透けて見えるんだ」


 フユは表紙を指で叩いた。


「この本もそうだ。構造は凡庸、文章は平板。だが、作者が何を欲し、何を夢見て、何に憧れているか――それが、隠しきれずににじみ出ている。例えば――」


 フユは本を立てると、すらすらと朗読した。

 まるで登場人物本人のように。


「今進行している変化を気にかけているのは君たちだけだ。この宇宙の旅が何億年もの続くものだと理解して、それを語ろうという《《たわけた連中》》は人間である君たちだけだ。機械が私たちをどうするか、戦争が私たちをどうするか、思想が私たちをどうするか、誤解、失敗、災害……それに本当に気づいているのは君たちだけだ。答えのでない、無限に続く謎について、《《悩むほどに狂っている》》のは君たちだけだ。」


「……なるほどな。ひどく場違いだ」


「おもしろいだろう?」


「うん。テンプレの中に、妙なエゴが顔を出すってやつか」


テンプレ(定型)……。面白い表現だ。他者の感じていることを、自分の認識可能な枠にはめたがる。それが中隊長のエゴ?」


 カリウスは「お手上げ」と言った仕草で肩をすくめる。

 フユの声は淡々としているのに、どこか熱があった。


「この中にあるのは現実そのものではない。ただの空想、幻想。だが、人間はそれに触れたとき、逆に現実と同じ反応をする。まるで言葉そのものが世界であるように」


「……まあ、確かに。俺も本で泣いたことあるしな」


「言葉に〝人間という現象〟の核心がある。そう思っているのかも知れない」


「なら、それがお前のエゴか?」


 フユは本を閉じ、胸の前に抱えた。


「きっとそうだと思う。人間を観察したい、というのが僕のエゴだ。だから僕は、ペーパーバックを読む。粗雑な物語の中に、作者の心がむき出しで現れる。それを見たいというエゴだ」


 カリウスはしばらく黙っていたが、やがて苦笑するように息を漏らした。


「お前……そんな深いこと考えながら三文小説読んでんのかよ」


「いつもは考えてはいないよ。聞かれたからそう答えたまでさ」


 そう言って、フユはまた静かにページを開いた。

 森の薄暗い光の中で、彼の指先だけが動き続けていた。








作者<読者が逃げると分かりつつも、どうしてもこういう話書いちゃう。許してください! なんでもしますから!


妖怪☆クレクレ<こんなんぶっこむから、ユーザーが逃げて、評価ももらえないんじゃないですかね…

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