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イヤーロップ

(ウサギの獣人……イヤーロップ。確か、大学の講義で聞いた覚えがあるな)


 カリウスは大学時代の文化史の授業を必死に思い返していた。


 アルデナの森では、人間種族が森の周縁部で林業や農業に勤しんでいる。だがそのかたわらで、森の深部には国家の法とは異なる掟で暮らす獣人たちがいるという。


 彼らはベリエの法を無視して密猟を行い、さらには国境を超えて様々な物資の密輸を行っていると習った覚えがある。


(ということは、彼らは密輸団(スマグラー)か? それで銃を……?)


 警戒を解かぬまま歩み寄ると、白い毛並みのイヤーロップがこちらを振り向いた。


 丸い尻尾が揺れ、柔らかい印象を与えるが、着ているのは無骨な緑色のフィールドジャケット。背中には古い背嚢、肩にはベリエ王国軍の旧式単発小銃 M1889。


 そのアンバランスさが、逆に不気味だった。


「中隊長。報告します」


 造命種の狙撃兵、フユが、無表情のまま敬礼する。


「偵察中にイヤーロップと遭遇し、情報を交換しました。彼らが持っている情報は、今後の作戦の実行に有益と判断します」


「ちょっと待つのだよ~! 聞くって言ったじゃない、話をさ!」


 フユとカリウスの間に、ぴょんとイヤーロップが飛び出してくる。

 耳がぴょこっと揺れ、カリウスはちょっと可愛いとおもってしまった。


「……えっと、君が、代表か?」


「代表じゃないのだよ! タルト、タルトと言うのだよ。薬草師(ヒーラー)なのだよ!」


 そういってタルトはふわふわの胸を張った。

 その仕草はぬいぐるみのように愛嬌にあふれるが、背負った銃と装備は本物だ。

 ギャップというより、違和感の方が強い。


 カリウスは息を整え、状況を把握するために問いかけた。


「タルトさん。話っていうのは?」


 タルトの耳がしゅんと下がった。


「そうなのだよ。森に来るのだよ。帝国の鉄の馬が! 尾根の性悪ジャッカスたちが見たのだよ。たくさん、たくさん……」


 フユが補足するように言う。


「タルトの言う〝ジャッカス〟というのは、尾根に住むウサギ獣人のことです。耳が立っていて、黒や茶の毛並みをしている連中です」


「ありがとうフユ。鉄の馬っていうのは……装甲車とかオートバイのことか?」


「そうなのだよ! ガラガラ走るのだよ。森の道を! 白と赤の棒を持って、兵隊が歩いていたのだよ!」


 タルトは尻尾を左右にぶんぶん振りながら、必死に訴えかけてくる。

 その仕草は可愛らしいが、言っている内容はまるで笑えない。


「帝国軍の先遣偵察隊が、森の道路を調査している……ということか?」


 カリウスがタルトの言葉の意味を確かめていると、フユが頷いた。


「おそらくそうでしょう。白と赤の棒はおそらく※標桿ひょうかんです。帝国軍はベリエの警戒網の隙間をすり抜け、小規模な部隊で隠密侵入しているようです」


※標桿(エイミングポストとも、単に赤白棒とも)測量や大砲の方向の一致、地図のグリッド座標作りなど、色々なことに使う便利ツール。


「ちょっと待て、それってもう帝国軍に※浸透されてるってことじゃないか……」


浸透:軍事用語の浸透は、小規模の敵が戦線の隙間をすり抜け、後方や要所に侵入すること。大規模部隊は突破。


「ですが中隊長。タルトの証言は信頼できます。」


「疑ってるわけじゃない。しかし参ったな。道路状況を確認しているってことは、帝国の戦車隊が通れるかどうか調べてるってことだろう?」


「そうなりますね。アルデナの森は、林業や農業のための道路網が整備されていますが、悪路には違いないですから」


(前世のアルデンヌの森と同じだな。機甲部隊が森を抜けるのは、不可能じゃない。〝不都合〟なだけだ。入念な準備と対策をすれば……森は突破できる)


「だから、お願いなのだよ!」


 タルトはカリウスの戦車服の袖をぎゅっと掴んだ。

 白い手袋をはめたような手が震え、瞳が潤んでいる。


「イヤーロップの集落、逃げるのだよ。子どもも、お年寄りもいるのだよ。手伝ってほしいのだよ!」


 カリウスは一瞬、言葉を失った。

 ファフニール隊のトラックは、中隊の人員を運ぶだけで手一杯だ。


 余分な車両など、一台もない。

 避難民を乗せる余裕など、どこにもありはない。


(……どうする?)


 見捨てるわけにはいかない。

 だが、輸送手段がない以上、どうしようもないのも事実だ。


 そんなカリウスのためらう姿を見て、後ろからガルムが肩をすくめた。


「お人好しにもほどがあるが……まぁ、見捨てるのは寝覚めが悪いな」


 ガストンも「ふん」と鼻を鳴らし、ヒゲをなでつける。


「集落に行けば、何か手立てがあるかもしれん。連中は森のことなら俺たちより詳しい。道がなくても、通れる道を知ってるかもしれんぞ」


 カリウスは二人の言葉に背中を押されるように、決断した。


「……よし。タルト、案内してくれ。君たちの集落へ向かう」


「行くのだよ! ついてくるのだよ!」


「あ、待って!」


 タルトはぱっと顔を明るくし、森の奥へ駆け出してしまった。

 カリウスは振り返り、休憩中だったティーゲル号のクルーたちに叫ぶ。


「アデーレ、ティーゲル号は先行する! 森の中を突っ切るぞ!」


「了解! 道なき道でも、ティーゲルなら押し通ってみせますよ、兄さん」


 エンジンが唸りを上げ、巨体がゆっくりと動き出す。

 森の木々が揺れ、地面が震えた。


「ふわぁぁぁ! 現われたのだよ、鉄のバケモノが!」


「バケモノじゃなくてティーゲル号だよ。フユも来てくれ」


「了解しました。2名続け。ウララ、こっちに」


「うん、今いく!」


 フユはティーゲルに足をかけると、垂直の壁を登るようにエンジンルームの上に乗った。バディのウララが駆けつけると、彼は雑嚢を片手に持った彼女の手を取って引き上げる。


「ガストンさん。誰かしら無線につくよう中隊の皆に伝えてください。それと、中隊は引き続き進軍をするように。僕が不在の間は――」


「兄さんの次の序列は、ステラさんですね。その次がレオンさんです」


「うん。現地に到着したら、予定通り阻止線を作ってくれ。塹壕、障害物。それができたら、ドワーフたち第三小隊は後方に下がって予備陣地の設営だ」


「おう、任された」


「どうも風向きが怪しい。戦闘の準備もしておくか」


 ガストンとガルムは立ち上がり、ビスケットのクズを払って動き出した。


「タルト、君の集落まで僕らを案内してくれ!」


「もちろん! 連れて行くのだよ、しっかりと!」


 ハッチを閉めたカリウスは、運転席につく。

 そしてクラッチを入れ、ゆっくりとティーゲル号を前に押し出した。


 カリウスはティーゲルの背に4名のシャッフェンを乗せ、帝国軍の偵察隊が迫るアルデナの森の奥――イヤーロップの集落へ向けて進軍を開始した。



ようやくストックを使い切りました。

ついでに資料読み解きのため、次回から更新ペースがちょっと落ち着きそうです。


ふと手に取った、第一次大戦時の形成外科医、ハロルド・ギリーズを描いたノンフィクション小説の「The FaceMaker」がとても良くってですね…色々と参考になりそうです。

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