白翼休戦
カリウスは偵察に出た造命種たちを見送ったその足で、ガルムとガストンを探した。
ガルムとガストンは前のヨーロッパ大戦の経験者だったはずだ。
気も知れてることだし、話を聞くなら彼らほど最適な者はいないだろう。
ガルムとガストンはちょうど近い位置にいる。
これ幸いとカリウスは、二人の間に腰を下ろすことにした。
「ガルムさん、ガストンさん。ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「おっ、なんだ坊主。鹿狩りにでも行けってんなら大歓迎だぞ。
こんなパサパサの飯より、肉が食いたいよな! な!」
そういってガルムが突き出してきたのは、ベリエのB型携行食。
中身は手に収まりきらないほどの大きなビスケット3枚と氷砂糖3パック。
味気なく、カロリーを取らせることしか考えてない戦闘レーションだった。
「いや、鹿はいいかな……それより別の話なんだ」
「それなら戦車の調子か? 食い終わったら見てやってもいいぞ」
「それとも違う。『白翼休戦』って、何なんです?
俺は大学で史学をやってたけど、それのことは戦史でしか知らないんです」
「ふぅん。さては、さっき造命種と話してたのと関係するな?」
「ほう……連中のまとめ役にでも聞いたのか?」
「そうです。『自分たちの口からは言いづらい』って。それで聞こうかと」
「あいつら、そういうところは正直だな」
「ま、自分たちで話したら言い訳にしかならんからのぉ」
「差し支えなければ、詳しい話を聞きたいんですが」
「あぁ、いいとも」
ガルムは喉の奥でうなると、ゆっくりと語り始めた。
「あれは……奇跡みたいな夜だった。帝国も連盟もベリエ王国も、白翼教団の信者がいた。だから年に一回の祝日だけは、銃を置いたんだ」
「つまり……国の決定とは別に、非公式な休戦をした?」
「堅苦しく言えばそうなるな。塹壕を出て、負傷者と遺体を回収して、敵と握手して、歌って、話して……あの夜だけは、戦争が終わったみたいだった」
「わしらは敵同士になった別の山のドワーフ共と酒を交換したぞ。あいつら、戦場に醸造機を持ち込んでいてな。そりゃぁいい酒を持ってた」
「そんなことが……」
「ま、それも大して長く続かなかったんだけどな」
「どうして休戦は破れたんです?」
「銃声だ」
「誰が撃った……なんて聞くまでもないか」
「あぁ。造命種だ」
「おう。帝国と連盟、両軍のシャッフェンが、塹壕を出ていた兵士を撃ったのよ」
「俺はあの時、帝国兵とサッカーをしててな。俺はすっ転んで泥だらけになって……そんな俺の顔を笑ってた帝国兵が、次の瞬間には倒れてた」
「ワシらは交換した酒を運んでてな。たまげた勢いで瓶を割っちまったのよ。あれは実に惜しいことをした」
「……無理やり戦争を再開した。だから、シャッフェンたちは人間と距離を取る?」
「そうだ。だが――俺に言わせりゃ、奴らは悪くない。ただ命令に従っただけだ。だが〝あいつらが撃った〟って事実だけは曲げられんがな」
「だからシャッフェンは距離を置く。人間の痛みを刺激しないようにのぉ」
「……そういうことだったのか」
「ま、面白いのはその後さ」
「?」
「白翼休戦の後、将校は自分たちの周りに人間の兵士を置こうとしなかった。周りをガッチリと造命種の護衛で固めたんだ」
「もしかして、休戦を失った兵士たちの『誤射』を恐れた?」
「その通り。笑わせるよな」
「まったく呆れたもんじゃ。誰が犯人なのか、自分で言っとるようなもんよ」
「……この缶詰を見てると思い出すな。仲間と角砂糖を集めて回って、向かいの塹壕にいた帝国兵と交渉して、雑嚢いっぱいのタバコと交換したっけなぁ」
「わしは酒じゃな。当時はそこいらじゅうの山からドワーフが集まっとってな。アラビィの砂ヒゲまでおったわ。あいつらの酒の不味いこと不味いこと」
「戦争中に何してるんですか」
「商売だ」
「文化交流よ」
「……はぁ」
カリウスが頭を抱えると、ガルムがニヤリと牙を見せた。
「まぁ、戦争なんてそんなもんだ。真面目にやってるやつほど損をする」
「ガルムさんが言うと説得力があるなぁ……」
「褒め言葉として受け取っとくぜ」
「しかしのぉ、中隊長。シャッフェンの連中を責める気はないじゃろ?」
「うん。ただ、距離を置こうとする理由を知りたかっただけです」
「ならええ。わしらはあいつらと一緒に戦った。あいつらが悪いんじゃない」
「だな。悪いのは命令だ。」
「そうですね。……ステラさんも、そんな顔をしてた」
「ステラか。あいつは頭が切れる。気も回る。だが〝人間の痛み〟には敏感すぎるところがあるな」
「敏感すぎる?」
「そうだ。シャッフェンは人間じゃない。だが、人間の痛みを理解できる」
「その方が効果的に痛めつけられるから?」
「お前、怖ぇ考えするな……何で今の流れでそうなるんだよ」
「えっ」
「まぁ、お前さんの考える理由もあるかもしれんが……」
ガルムは仕方ねぇなというように、耳の横の頭をかいた。
「俺は、シャッフェンが人間の痛みを理解できるのは、人間の兵士と協力するためだと思ってる。だから余計に距離を取るんじゃないか?」
「……なるほど」
「で、こっちは答えたんだ。そっちも説明してくれるよな?」
「え?」
「メース川を凍らしたアレだよ。あんなのがあるならもっと早く言えよ」
「そうじゃ。こっちは決死の覚悟で挑もうとしてたんじゃぞ。なんじゃアレ」
「そうだそうだ。俺としちゃ、シャッフェンよりお前のが怖えよ」
「……魔法ですかね? 僕、銀魔女の弟子なんで」
「あー、そういやそんなこと言ってたな。すっかり忘れてたわ」
「銀魔女の……弟子?」
ガストンが目を丸くして、ぼとりとビスケットを取り落とした。石を擬人化したようなドワーフが、信じられないものを見るような目をカリウスに向ける。
「ぎぎぎぎ、銀魔女の?!」
「はい。」
「ドラゴンも道を譲ると言われる、あの銀魔女の弟子か!?」
「それは見たことないけど……やりかねないと思うので、たぶんそうだと思います」
「うむぅ……さもありなんじゃなぁ」
「ったく、いまの魔法使いは杖の代わりに戦車を使って魔法を撃つのか?」
「はー、時代は進むもんじゃのぉ」
「本当は逆なんですけどね」
「逆? 何が逆なんだ」
「ティーゲル号は、強力な魔法が原因起きた災害を中和するために作られたんです。ヨーロッパ大戦の頃、銀魔女がメッシーナで強力な魔法使ったのが原因とかで……」
「あぁ。それならわかる。俺はメッシーナにいたからな」
「ガルムさんが?」
「あぁ。忘れようと思っても、あの光景は忘れられんな――」
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